第26話 初動捜査

第26話 初動捜査


 藤原総務部長は、報復人事など県庁には存在しないと、予め断りながらも、その人事を最終決定したのが自分であることを認めた。

 そしてその理由は、懲罰的な左遷などという意味は全く無く、むしろ彼を将来の幹部職員候補と見て、一時的に弛緩していた竜野の目を覚まさせることと、近い将来、東金市を中心にした近隣五市町村の合併問題を検討し、その問題点、実現可能性を調査させることが大目的で、その為には、三年間と云う長期の派遣期間が必要だったと説明した。


 尚も老練老獪ろうれんろうかいな亀山が、遠まわしに藤原を攻略した結果、前年度の彼の勤務振りは、数年前に見られた積極性の影も見えず、定時退庁は当たり前、特に前年末の繁忙時期に、五日間の連続全日休暇を取ったことがあると云う情報を得ることが出来た。

 前年度の同僚数人を部長室に呼び出してもらって、事情聴取した結果では、公募小説の締切が迫っていて、その為に心苦しい連続休暇を取得したと云う事情を知る者も居た。


 同じ日。

 刑事部捜査第一課の小湊こみなと警部補と夷隅いすみ巡査部長のペアは、貝原洋を当たることになった。

 小湊はほっそりとしており、端正な顔立ちをしている。夷隅は相当な長身で、目つきは鋭い。

 現場検証の後、夷隅は、貝原の自宅へ電話を掛けてみたが反応は全く無かった。

 夜中の数度の電話に対して、それを取る者が無いことで、彼に家族とか同居人などがいないらしいことが推測された。

 そして、貝原が未婚であることは間も無くわかった。


 貝原の遺体のジャケットからは、小振りの手帳が出て来た。

 その住所録には、主に出版社等の仕事関係の連絡先が記入されており、他には作家仲間や知人友人関係と思われるメモがあった。

 か行の欄には、貝原姓の男性名と鹿児島県の住所が記載されていた。

 読書好きの署員から、貝原洋は本名をペンネームにしているので、それは恐らく彼の実家でしょうと云う意見が出た。


(鹿児島じゃ時間が掛かり過ぎるな)

 夷隅は、身内による確認を諦め、住所録に記載のあった出版社の中から、大和屋出版へ連絡し、貝原洋の担当編集者に安置所まで来てもらい遺体確認を行った。

 彼から得られた情報は非常に少なく、貝原が主に執筆活動の場としていたのは、大和屋出版ではなく、太平洋書店であることがわかった程度だ。

 その情報に従い、夷隅は太平洋書店にも事故状況を電話連絡し、貝原の実家へは、太平洋書店サイドから先ず連絡してもらうことにした。

 太平洋書店から聴いた実家の連絡先は、手帳にあったものと同じだった


 太平洋書店に連絡した後、夷隅は一時間後に貝原の実家に電話したのだが、十分話が伝わっていたからだろう、洋の母圭子は比較的落ち着いていた。

 貝原洋は、若い時分に家族の反対を押し切って上京した為、その厳格な家風から、父に勘当され、それ以来ずっと親子は絶縁状態になっていたようだ。

 従って、貝原の両親は、最近の貝原についてはマスコミを通じて知るのみで、それ以上の情報は得られなかった。


 老母圭子は最後にこう言った。

「息子の洋の葬儀は、太平洋書店のご親切で、全て取り仕切っていただけることになりました。

 ですから洋の遺体は、会社の担当者に返還していただけると助かります。

 私ら夫婦は、十二月十五日通夜と、十六日告別式の為に、十三日に揃って上京するつもりでおります。

 事件については妙な噂もあるようですが、何卒警察の捜査で、息子の無実を晴らしていただくようにお願いいたします。

 夫の清は、今度のことで発作を起こし寝込んでおります。息子の葬儀にだけは出席できるようにと、安静、養生しております次第で、事情聴取にも応じられなくて、誠に申し訳なく思っております」


 「妙な噂」の点について、誰から聴いたものか夷隅は訊ねたが、洋の母は、さあて、誰からだったでしょうかと言葉を濁した。

 恐らく、貝原の葬儀を取り仕切る太平洋書店の誰かが、事情をしつこく訊ねる洋の母に、無責任な情報を漏らしたのだろう。


 貝原に家族が無い以上、仕事先、交友関係から、できるだけ情報を集めようと小湊は考えた。

 そこで先ず二人が向かったのは、東京神田にある、太平洋書店本社の総務部だった。

 その総務部の話では、「交差点」編集部の町村博信が、貝原の担当編集者をしていて、彼に訊けば公私に渡る情報が得られるだろうと言う。


 「交差点」編集部に移動した二人は、応接室で十分ほど待たされた。

 そこに現れた男は、四十代前半に見える筋肉質の中背で、一見して体育会系タイプとわかり、その掠れた声に特徴があった。


 小湊こみなとは町村博信に対し、初めの挨拶で、学生時代のスポーツの話題を振った。

 小湊が思ったとおり、町村は高校時代に応援団をやっていたことがあり、その時代に声帯を痛めたのですと話した。

 挨拶が終わると、小湊は先ず、昨夜起きた事件の概要を町村に話した。

 町村は既にその辺の事情を知っていた。

 貝原の実家の親と連絡を取ったのは自分だと、彼は言った。


 小説家貝原洋は、太平洋書店専属ではないが、弊社メインで活動してもらっていたので、先生の死については非常に残念だが、弊社が全力を上げて、葬儀等を取り仕切らせていただくつもりだと云う事を、町村は述べた。


 その町村に対し、小湊警部補は先ず、貝原洋と竜野信也の接点について、率直な質問をした。

 町村は短く答える。

「二人には、直接的な面識は無いと思います」


 その答え方で小湊は、町村が、もう一人の被害者竜野を知っているようだとの印象を持った。


「町村さん、ひょっとして、竜野信也さんについても、何かご存知なのでしょうか?」


「知ってるも何も、竜野と私は、S大学の同期生で今も友人です。

 今度の事故の件では、実は私自身が一番驚いているんですよ。

 同じ場所で、友人と貝原先生が同時に亡くなるなんて、一体どうしたことなのでしょうか……」


「それはお気の毒です。

 しかし、これは何とも奇妙な偶然ですな。

 あれが事故か殺人事件かはまだわかりませんが、町村さんは死んだお二人と深い関係があると言うのですね?」

 小湊は形ばかりのお悔やみを言ったが、その吟味するような視線に町村は不安を感じた。

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