第27話 町村の聴取

第27話 町村の聴取


「そうですね。偶然と言えば偶然なんでしょうが……」

「実に興味深いですな」

「あの刑事さん。まさかそんなことで、私が何か事故に関与していると思っている訳では無いでしょうね?」


 町村がはっきりとした不安の言葉を口にすると、漸く小湊は頬を緩めた。

 小湊こみなとには人が悪い所がある。本当に疑惑を持った時の小湊はポーカーフェイスだが、そうでもない時には、相手を不安がらせる癖が有るのだ。


「私は、小湊です。そしてこいつは、夷隅いすみです。

 まあ刑事さんでも構いませんがね。できれば、個性を象徴する名前で呼ばれた方が、やっぱり気分が良いのですよ。

 まあそれはそれとして、別に町村さんを疑うとか、今の段階で、そんなことはありませんよ。先ずは情報を集め、事故か刑事事件なのか、その点をはっきりさせてからのことです。

 私が興味深いと申し上げたのは、二人の当事者に接点を見つけたからに他なりません」


「はあ……」


「先ほど町村さんは、二人の間には直接的な面識は無いと思いますと言われましたが、間接的な面識はあったとお考えですか?」


 小湊は先ほどのことはもう忘れた様な素振りだ。


 町村は気を取り直した。

「ううん…… いずれわかることなのでお話しましょう。でもこれから話すことは、多分に推測が混じることがありますので、予めご承知下さい」


「承知しました。その時はその推測するに至った、事実関係を中心にお話し下さい」


「はい。それでは順を追ってお話いたしましょう……実は竜野君から、ウチの『交差点推理新人賞』に応募したいと云う話がありましてね」


「それはいつ頃のことですか?」


「去年の夏です」


「その賞はどのようなものですか?」


 町村は、業界での本賞の位置付けと、賞金、出版化などの特典などを説明し、それが新人作家にとって大きな登竜門になるものだと解説した。


「なるほど。竜野さんのような、作家志望の新人にとっては重要なものですね」


「そうです。彼は既に他社の新人文学賞にも二作品を投稿したと言ってました。それで、三作目を当社にと、そういう話です」


「その二つは結果が出ているんですか?」


 小湊の質問の狙いは、事故あるいは事件当時の、竜野信也の心理状態を知ることである。

 傍らの夷隅巡査部長は、きちんとメモを取り続けている。


 町村もすっかり平静を取り戻していた。

「一つ目は選外佳作になったようです。二つ目は最終候補作の一つに選定され、来年の春に最終選考が行われると聴いてます」


「なるほど、そうすると彼は有望新人と見ていいですか?」


「有望です。ウチのクリスマス賞、あ 失礼、さっき説明した交差点推理新人賞の別名です。そのクリスマス賞でも、竜野君の『欲望の罠』が最終候補作五点の中に残っています。

 あともう少しだったのに竜野の奴……」


 町村の心は曇った。竜野があれほど頑張るとは、正直期待していなかったからだ。


「と言いますと?」


「推理新人賞は、クリスマス当日に発表されるので、そう呼ばれているのですが…… 実は選考委員会の中間投票では、彼の作品が第一位でした。その決選投票は今月二十日を予定しています」


「ほお、それは竜野さんにとって良いはなむけになりそうですな」


「いいえ、そうは行きません。

 推理新人賞は飽くまで、将来有望な新人に贈られる賞ですから、彼が死亡したとなると、恐らく中間投票で次点になった人に授賞する可能性が高いでしょうね」


「なるほど、それでは、その次点の方のお名前と、連絡先を教えてもらえませんか?」


「何の為にですか?」

 小湊の意外な要求に町村は驚いた。


「もしもあれが事故で無かった場合ですね、誰かの死亡で利益を得るのは誰かと云うことが、非常に重要になるのですよ。まあ念の為と云う事で」


「はあ、そんなものですか。彼のペンネームは上杉直哉ですが、後は調べてお知らせしますよ」


「一つよろしく。それで話を元に戻しますと、去年の夏、竜野さんは何故あなたの所へ、わざわざクリスマス賞応募の話をしに行ったのでしょうか?」


 自分なら良い結果が出る前に、わざわざその出版社に勤める友人の所へ相談に行くことはないだろうなと、小湊の隣で夷隅は考えていた。


「そうですね。これは推測ですが、彼は私が賞の第一次選考に関わっていると知って、その力添えが欲しかったのではないかと思います」


「竜野さんは、そういう意味のことを匂わせていましたか?」


「選考に裏工作みたいなものがあるのかと訊きました」


「なるほど、それでどのように答えましたか?」


「裏など一切無いと言いました」町村は静かにそう答えた。


「竜野さんはどんな反応を?」


「少しがっかりしていたようです。

 それなら編集者を文学関係のプロと見込んで、専門的立場から自分をコーチしてくれないかと竜野は言いました」


「どういう意味でしょうか?」

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