第9章 殺されたのは

第25話 二人の死

第25話 二人の死


 十二月九日金曜日夜、その事件は発生した。


 その翌朝からTV、ラジオ、新聞による報道が始まったが、初期のTVニュースの報道は次の通りである。


『十二月九日金曜日の午後十時過ぎ、千葉県JR総武線津田沼駅前にある、Yショッピングセンター建物裏側で、二人の男性の死体が発見されました。

 死亡原因は、同SC付属立体駐車場八階からの転落と思われます。

 死亡した男性の一人は人気小説家の貝原洋さん五一歳、もう一人は千葉県庁職員の竜野信也さん四十歳です。

 千葉県警では、事故と刑事事件の両面から、捜査に全力を上げておりますが、今の所詳細はわかっておりません……』


 続いて、貝原洋の小説家としての華々しい履歴の一部が、写真と共に簡単に紹介され、事件現場となったSC全体と、八階駐車場の様子が映し出された。


 その翌々日十二日、月曜日の午後になると、TVワイドショーと、夕刊紙などでは、太平洋書店の「交差点推理新人賞」の選考が、事件に深い関係がありそうだとされた。 二人の接点はそこにしかないと云う論点である。

 取材が進むにつれて、貝原洋の最新作に、竜野信也の応募作品からの盗用があることが判明し、十三日火曜日午後のワイドショーでは、どうやら貝原洋が竜野信也を呼び出してトラブルになり、現場では二人もつれ合うようにして落下したのではないか、との報道が中心になった。

 しかしその十三日には、実は別の形で事件は解決されていたのである。




 千葉県警刑事部では先ず、本事件の捜査本部を習志野警察署におくべきか、県警本部におくべきかが検討された。本来は発生現場である習志野におくのが順当だが。


 東京在住の有名小説家、貝原洋関係を中心に捜査を進めるのであれば、東京に近い習志野が利便性が高いとの意見が出た。別の意見は、竜野信也が県庁職員であることから、県庁と隣り合う県警本部内に設置すべきであるというものである。

 事件当事者が有名小説家と云うことで、管轄外の東京警視庁からの関与も懸念されて、後者の意見が優勢となり、捜査本部は県警本部に置かれ、戒名かいみょうは「津田沼Y駐車場複数転落死事件」とされたが、転落死事件から殺人事件に変更される可能性は大であると見られていた。

 現場では、金品等の紛失が見られなかったことから、第三者による強盗殺人の線は除外し、二人の被害者の周辺関係および二人の接点を中心とする捜査が始まった。




 遅くなるとの連絡も無しに、深夜になっても一向に帰宅しない夫に対し、竜野広美はいらいらをつのらせていた。携帯が通じないのである。

 友人の誰かと、急にお酒でも飲みに行くことになったのだろうか、そしてその飲み屋がビルの地下にでもあるのか? そんなことを考えながらうとうとしていると、夜中に警察から電話があった。

 津田沼で転落死亡事故が起こり、その死者が竜野信也氏だと思われるので、身内に確認して欲しいと云う、とても信じられない連絡だった。


 間違いであって欲しいと駆けつけた、千葉県警の遺体安置所で、広美は信也と悲しみの対面をすることになった。

 警察からは事故状況の簡単な説明があったが、広美の頭の中は真っ白になって、ほとんどそれを理解できなかった。


 間も無く、信也の父母も到着した。母親の方の取り乱し方は尋常ではなかったが、一通り号泣してしまうと、その落ち着き振りは大したものだった。

 信也の父母は、広美の悲嘆から来る自失状態を気遣い、一旦自宅へ戻って一眠りしなさいと忠告した。信也の葬儀などについては、明日相談しようと云う事になった。

 どちらにしろ、変死体として、信也の肉体は司法解剖に付されることになるので、遺族への返還は数日後になるのだ。



 朝方帰宅した竜野広美は、ベッドには入ったものの、もう一度眠ることなどとてもできなかった。相変わらず考えることは、同じ場所を行ったり来たりしていて、一歩も前へ進まない。


 午前十時過ぎ、そのショック状態の渦中に居る広美の所に、二人の刑事がやって来た。刑事部捜査第一課の亀山警部補と高滝巡査部長である。

 亀山は小柄だが筋骨質で肩幅も広く、鼻筋も眉毛も唇も真っ直ぐだ。高滝は中肉中背で、柔和な顔立ちをしている。

 刑事達は、竜野信也と貝原洋との関係に付いて、どんな些細なことでもよい、何か知らないかと訊ねたが、今の広美に答えられることはただ一つだった。


 ……夫の竜野信也と、作家の貝原洋が知り合いだったと云う話は、これまで一度として夫から聞いたことはありません。

 ただ、信也が日頃から投稿小説のことで相談していたのが、信也のS大学時代からの親友で、現在太平洋書店勤務、月間文芸誌「交差点」編集者の町村博信さんで、その町村さんが貝原洋の担当編集者であることを聞いたことがあります……



 その午後。亀山と高滝は、竜野の職場である、東金市役所の総務課を訪れた。

 ここには、竜野に小説の趣味があることを知る人すら居なかった。

 彼の上司と、部下達から得られたその他の情報によると、竜野は千葉県庁から、三年間と云う異例の長期間で、東金市に派遣されている事実が一つ明らかになった。

 彼の上司からは、それが左遷人事らしいことを匂わされた。


 その他には、彼の日常の勤務振りには特に問題はなく、毎日定時にぴたりと帰宅していたことがわかった。

 少し気に掛かったことは、彼が五月から毎月二回の休暇を木曜日に取っていたこと。

 普通は土日にくっつけて、三連休とか四連休で取る人が多い中で、竜野の休暇の取り方には特徴がある。その休暇理由については、竜野の上司は特に訊かずに許可したと言う。

 竜野が上部官庁からの派遣職員であることで、無用な摩擦を避けたと云う事情もあるようだ。


 亀山と高滝は、その足で千葉県庁へ戻り、東金市役所派遣人事に関わった幹部職員と面会した。

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