第24話 窮地

第24話 窮地


 委員長の巽は、その考えは論外だと判断した。

 風見は、そうですよねと笑って引き下がった。


「盗作となれば、やはり、どちらが先に書かれたものかと云う事になりますかな」

 神林英彦が重々しくそう語ると、貝原以外の委員達は一様に深く頷いた。


「そうなりましょうね」

 黒木アユは、左側の貝原洋の反応を横目で探る。


「貝原先生の本は、いつ頃入稿したものですか?」

 巽は意外に丁寧な言い方で、右隣の男に質問した。


「六月末位ですね」貝原は誰とも目を合わせずに即答した。


 そこで神林は、面々を見渡しながらゆっくりと口を開いた。

「役所君のは、締切が去年の大晦日だから、その前に書かれた事はまちがいないですな」


 貝原は、正面の神林を説得するように弁明する。

「私がシンプルライフのエレベータでアイデアを思い付いたのは、それよりもずっと前です。

 私は、そのトリックをどう使うか暖めておりました。ですから、あの本の入稿時期はそれほど重要ではないと認識しております」


「うむ。それもそうですな」神林は貝原に同意を与えた。


「ちょっとよろしいですか?」

 ここで町村が発言を求めた。


 貝原が思わずほっとした表情を見せる。

 いぶかしげに巽は町村を見る。


 次の巽の物言いには、少し棘があった。

「町村君、何だね?」


「貝原先生は、シンプルライフのエレベータの鏡を見て、そのトリックを思い付かれたとおっしゃいましたが……」

 町村は、思わせ振りに発言をそこで止めた。


 巽はイライラを隠せずにその続きを促した。

「それがどうしたというのかね?」


 町村は貝原をちらと見やりながら、問題発言をした。

「あのエレベータに鏡が付いたのは、今年四月の改装の時からです。

 その前には、鏡があるエレベータはありませんでした」


 貝原の口が、呆気に取られたようにぽかんと開いた。

 神林がほおほおと笑う。皆が神林を見た。


「ほお、それはそれは…… かなり問題がありそうですな」


「貝原先生 説明してください」黒木アユがそう詰問した。


「いや、そういうことなら、他のSCのエレベータだったかも知れません」

 貝原は巨体を縮めるようにして、そう釈明した。顔面は蒼白である。


 既に味方は一人も残っておらず、最後の頼りとしていた町村博信が、十三人目のユダであることを貝原は漸く認識した。


「それは一体どこのSCでしょうか?」

 ぎょろりと目を向けて、痩身そうしんの巽はさらに追求する。


 貝原は腕を組んだまま短い沈黙を置いて、さらに深呼吸してから虚しい返答をした。

「今ちょっと思い出せませんので、後で調べておきます」


「納得の行く説明を期待いたしますよ、貝原先生」


 打ちひしがれた貝原洋を眺め、もう十分と見た巽龍介は、そこで切り上げることにした。


「さて、本題の最終選考の議題に戻りたいと思いますが。

 私は役所信也君の『欲望の罠』を、推理新人賞に推したいと考えます」

 巽龍介は自分の支持作を表明した。


 黒木アユも巽に続いた。

「そうですね。私も役所君を推しますわ。貝原先生は、どの作品を推されますか?」黒木は形式的に貝原に振った。


「私は利害関係者になるようだから、今回は棄権したいと思う」

 消え入るような声で貝原がそう述べた。


「それもしょうがないことですね」

 巽は哀れみを込めた視線を貝原に送った。


 投票は進行し、町村は投票の集計結果を纏め始めた。

 貝原が、何故なんだという問い掛けの目を向けたが、町村は無表情にその視線を受け流した。


 町村が掠れ気味に、投票結果を読み上げる。

「では現時点の評価順位をまとめます。

 委員五名中、三名が役所信也の『欲望の罠』を一位、一名が上杉直哉の『銃声と流星』を一位としています。

 次点は上杉君が三名、役所君が一名。委員一名は白票を投じております…… 投票結果は以上です。

 尚、次回は十二月二十日開催で、この二人による決戦投票を行います。

 その結果に基づき、同月二五日に正式発表と云うスケジュールになります。委員の皆様日程の調整よろしくお願い申し上げます」


 貝原洋は窮地に立たされた。

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