第23話 盗作疑惑

第23話 盗作疑惑


 町村博信の朗読が終わると、ごく短い静寂がその場を支配した。

 初めに声を出したは黒木アユだ。それは独り言とも、同意を求める意見ともとれる呟くような言い方だった。

「おどろいたわ。役所信也君の『欲望の罠』と同じトリックね」


 痩躯そうくたつみ龍介委員長は、にやりとして貝原洋に矛先を向けた。

「この事実は、役所君が、貝原先生から盗作したと云う事でしょうかねえ?

 貝原先生はどう思われますか?」


 貝原にはまだ本筋が見えていない。

 貝原は、役所信也の『欲望の罠』第三章「雄三」が、自分への中傷目的で書かれていると、第二次選考合同会議の席上で糾弾したが、胸糞の悪いその小説の続きは全く読んでいなかったのだ。


「いやはやなんとも…… どうなっているのか、私の方が聞きたい位です」


 巨体の男から歯切れの悪い答弁を聞いて、巽は、貝原が役所作品から盗作したと確信した。


「では、役所君を呼び出して、ここで聴聞しますか?

 ただ落選させて済む話ではないでしょう?

 元々貝原先生は、役所君の作品が気に入らないとおっしゃっていたようですから、ここは厳しく臨むべきではないですか」


 貝原は、他の委員達がどう考えているのか測りかねていた。

「いや私はそこまでは考えておりません。彼も前途有る新人ですから、厳重注意程度でよろしいのではないでしょうか」


 巽は鼻で笑った。

 そして各委員達に、ほらねとでも言うようにアイコンタクトして行きながら、皮肉っぽい口調で貝原に追い討ちを掛けた。


「ふむ。なるほど、貝原先生は心の広いお方だ。

 まあ役所君を査問する前に、貝原先生ご自身が、このトリックのオリジナル性を証明して下さると助かるのですが……」


「私を疑うと言うのですか?」

 貝原は気色ばんだ。


 どうして人気作家の自分が、本を出したことも無い新人から盗作をするなどと、ベテラン作家達が考えるのか全く理解できなかった。


「どうでしょうか? 他の委員の方々の意見は」

 巽は委員達に水を向けた。


「そうだね。そういうことなら、ワシも、貝原先生がそのトリックを思い付いた経緯などがあれば、是非教えてもらいたいね。何か元ネタがあるのかね貝原君」


 重鎮じゅうちんの神林英彦も、貝原が候補作品からネタを拝借したと考えているようだ。

 彼の貝原を見る視線には哀れみが混じっていた。


 貝原はこの時、自分の置かれた状況がかなり苦しいことを認識した。

 そして、町村があのトリックを考え付いた場所を思い出した。

 貝原はやや余裕を取り戻した。


「簡単なことですよ。実はあのトリックは、私の住んでる街の駅前に在る『シンプルライフ』と云うショッピングセンターの、エレベータに乗った時に思い付いたのです」


「ほお」

 委員達の中で最も若手の風見新一は、思わず感嘆の声を漏らした。


 それには何の意図も含んでいなかったが、貝原はバカにされたと思い込み、ヘアスタイルを颯爽さっそうと決めて、薄く化粧まで施している風見を睨みつけた。

 風見はおお怖いと云う感じで肩を竦め、左隣の黒木女史に救いを求めた。


 黒木アユは左側の貝原を見ることができず、右はす向かいの大島紬おおしまつむぎを着込んだ神林を見る。

 その神林は、さすがにほおほおとは笑わなかった。


 巽は相変わらず、にやにやと口の端をゆがめている。

 町村は無表情の中に、陰湿な笑いを隠していた。


 そうとも知らず、貝原は、ちらちらと町村に視線を送りながら説明を続ける。

「そこのエレベータも電光管表示で、奥に鏡がありましてね、あのように2が5に見えますし、5は2に見えるのですよ」


 巨体貝原の視線は自分の味方を必死に探していた。

 その視線を受け止めようとする委員は一人として居ないようだ。


「なるほど、シンプルライフのどこのエレベータですか?」

 巽は尋問をするようにそう言った。


 この場の味方は、町村編集者しか居ないと貝原は観念した。

「あれは確か、正面玄関右脇のエレベータですよ。

 町村君もあのエレベータは知っているよね」


 貝原から助けを求められた町村は、掠れ気味の声を出してそれに答えた。

「ええ。貝原先生宅のお近くの『ひばりが丘』駅前にあるあのSCには、私も寄り道して行くものですから良く知っております」


 巽は、町村の心中しんちゅうを推し量るように見詰め、こう訊ねた。

「で、そのようなエレベータがあるのかね?」


「ええ貝原先生のおっしゃる通り、そのエレベータはあります」


 貝原は町村の答えに、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 ここで漸く、貝原に味方する委員が一人現れた。貝原の盟友黒木女史だ。


「なるほど、そうなるとやはり、役所君のは選外と云う事になりますわね」


 貝原は黒木アユに感謝の目を向ける。

 それに対して、黒木は一瞥しか与えなかった。

 まだ状況は、逆転する所までは行っていないのだ。


「使われたトリックが、偶然一致したということはありますでしょうかね?」

 風見新一の質問だった。


 これまでの選考会議に退屈していた風見は、この愉快な状況を心から楽しんでいた。


「いや、エレベータのトリックを立体駐車場と絡めている所も同じですし、役所君の場合も、二基あるエレベータを鏡のあるものと無いもので使い分けているのですよ。

 そこまで一緒というのに、偶然と言うのはどうですかね」

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