第6章 第二次選考合同会議

第16話 クリスマス賞第二次選考 第三回最終合同会議その1

第16話 クリスマス賞第二次選考 第三回最終合同会議その1


 八月末。

 ここはクリスマス賞第二次選考の、選考委員と編集者による、第三回最終合同会議の席上である。会場には太平洋書店最上階大会議室がてられた。


 床から天井まで解放された大窓の向こうには、まだ強い夏の光が差し続けているようだが、調光ガラスが程好くその光を弱めている。

 議長席の背後には、大型スクリーンの設備もあるが、チーク材加工の観音開きのカバーで綺麗に覆われていた。

 床には長い毛足のカーペットが敷き詰められ、足音は殆ど響かない。

 この日のテーブルは、参加者がお互いの顔を見られる様に、円形に並べられていた。

 余ったテーブルと椅子は後方に片付けられ、間仕切りの様な木製のカーテンで上手に隠されている。



 議長席では、スーツ姿でがっしりとした体型の、鬼瓦の様な顔の男がしゃべっている。声は掠れ気味だ。


「前回、前々回と審査を進めてきた訳ですが、いよいよ本日は、十作から最終候補五作に絞らなければなりません。

 さてここで、最終合同会議の審査開始前に、既に皆様はご承知かとは思いますが『交差点推理新人賞』の選考方法について、これまでの経過を含めて、おおまかな方針を申し上げます」


 五人の編集者の代表として、町村博信が、合同会議の進行司会役を兼ねて議長を務めているのだ。


「昨年末締切で、本賞には作品総数百一点の応募がありました。その中から、本年四月末の第一次選考編集者会議で、十作が選考されました。

 第一次選考の目的は、プロ作家五名で構成される選考委員会の負担を減らす為の、審査対象作品の絞込みであります。

 選考基準としては、編集者の目から見て、相当の基準に達してないものを除外すること、各編集者が強く推薦したいものを残すことの二つですが、編集者によって、著しく評価が分れる作品については、プロ作家の審美眼に委ねる為に数点残しました。


 第二次選考の合同会議では、主に編集者達から、作品推薦の理由を述べ、選考委員の指摘によるディスカッションを行ってまいりました。

 第二次選考の目的ですが…… 太平洋書店および交差点編集部としては、有望な新人の発掘と、授賞作品商品化の可能性を考慮されることを期待しております。

 これはもちろん、選考委員会による最終選考においては、なんら考慮いただく必要はありません」


 議長席の男が二次選考の目的に触れると、彼にきつい視線を送り始めた男が居た。

 小柄だがすばしっこそうな目をした、アルマーニを粋に着こなした男は、話の切れ目ですかさず挙手した。

 町村は議長席からその若い男に、「風見委員どうぞ」と言った。


「販売部数が期待できない作品を、この二次選考で除外すべきだという意味でしょうか?」

 今回初めて、文学賞の選考委員になった新進気鋭の風見新一からの質問である。


 町村は動じる事も無く答える。

「選考委員の方々に対して、選考の自由を規制をしようと考えておる訳ではありませんが、出版社はあくまで営利事業ですので、最終候補作五点が、全てマニア向けの新傾向作品で固まるようなことを危惧しているのです。

 結果として、最終選考でそうした作品に授賞したとしても、当社および当編集部に異論はありません」


「やはり私には、売れそうも無い小説は選ぶなと言ってる様に聞こえますがね」

 町村の率直な説明に対しても、風見委員の憤懣ふんまんと不信は収まらないようだ。


 そこでかなり年配の、青いの和服を身にまとった男が挙手した。重鎮の神林英彦である。

 髪はグレーで、眉毛は太く、長くくっきりした人中を持ち、顎は四角くえらが張り、全ての造作が強い意志を感じさせるが、優しげな眼差しと重ねたよわいが、その角を消し去っている。


 神林は、風見を見詰めていたその目を一層細くして、そのまま一つ頷いてから、おもむろに口を開いた。その口調は極めて穏やかである。

「まあまあ、風見君。君は選考委員は初めてだから一言助言するがね…… 新人賞が存続しないことには、新人にとってもチャンスが無くなるとは思わないかね?」


「はあ……」風見は意味がわからず、口を閉じるのを忘れた。


 ほおほおと笑いながら、神林は話し始めた。

「どこぞの新人賞を見たまえ、後何回続くことやら。まあ賞の名前は、あえてここでは言わないがね。

 新人賞授賞作品であまりに斬新なものが続くと、肝心の読者が付いて来ないからね。そうなると、その新人賞の箔が落ちるだろう。そんな新人賞はもらっても価値が無いわな。有望な新人は他所よそに流れる。

 まあそういう訳だから、二次選考は会社の顔を立て、最終選考はプロ作家を立てる。

 何事も順番だから、ここはそれ位にしておいたらどうかと、ワシは思うがな」

 そこでまた神林はほおほおと笑った。


 風見はかしこまって、重鎮に頭を垂れた。

 確かに授賞作品の評判が芳しくなくて、凋落ちょうらくして行く文学賞がある。それはチャレンジャーにとってチャンスが減ることを意味する。そんな簡単なことに、風見はやっと気が付いたのだ。


「わかりました。神林先生」


「先生と言われるほど老いちゃいないつもりだが、まあいいわな、人に毒ずくのはこれ位にしておこう」

 神林はもう一度、ほおほおと笑ってみせた。


「はあ」風見はため息のような返事を発した。


 二人のやり取りを見極めたように、町村はこう言って挨拶を締めくくった。

「では、進行させていただきます。本日は最後に、各委員および各編集者には、ご自分の推薦作品を二点ずつ投票いただきます」


 他に質問者は無く、第二次選考の最終審査が開始された。

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