第3話

 コンコン、というノックの音で意識が浮上する。

 隣にあった温もりが離れていくのが分かって、ゆっくりと目を開いた。

 視界の端で菇藍蘭が縁に抱き着いているのが見える。

 何してたんだっけ、とボーッとした頭をゆっくり回転させる。ベッドでのキスでさらに密着した菇藍蘭の体があたたかくて、だんだんと高ぶっていた気持ちが落ち着いてくると、今度は眠気がおそってきて。


「……寝ちゃったんだ」


 絆を気にして縁が慌てたように眠そうな顔の菇藍蘭を引きはがす。

 時計を見ればもう午後2時を回っている。心羽のプレゼントも準備ができたようで、あとは両親の帰りを待つだけとのこと。


「みんなでランチに行こうかって話してたの」

 

 数時間眠っている間気づかず、ランチという単語に菇藍蘭のお腹がきゅう、と切なく鳴いた。

 特に場所についてはまだ話し合いをしていなかったらしく、金欠だという彼女の希望により、近所のファミレスに決定となった。

 菇藍蘭を真ん中に挟んで絆と縁、向かいに心羽と玲希が座る。注文が済んでひと息つくと、絆は意を決してくるっと隣を振り向いた。


「そういえば菇藍蘭さんに言おうと思ってたんですけど」

「うん?」

「前みたいに部活に遊びに来てくれていいのにって」

「あー……なんか、邪魔になるかなって。部活に行かなくても会えるし」


 そもそも絆たち姉妹が菇藍蘭と縁に出会ったのは、彼女らが所属する社交ダンス部に、ふらりと2人が遊びにきたのがきっかけ。しばらくするとある程度踊れるようになったしもういいかな、と最初に言い出した縁が行かなくなってしまった。付き添いのような気持ちでいた菇藍蘭は1人では行きづらく、絆と踊れないのを残念に思いながらもそれ以降足が遠のいたのだ。


「玲希も来ていいんだからね」

「心羽先輩は時々しか部活行かないでしょ?」


 大会に向けて気合いを入れるというよりは誰でも気軽に楽しむための社交ダンス部。絆がいるからという理由で入部した心羽は、現在気まぐれにしか部室に行かない幽霊部員だ。


「う。まあそうだけど。わたしたちは実家生だから、寮生同士の子たちと違って一日のうち一緒にいられる時間が短く感じるの。お泊りだって頻繁にできることじゃないし……」


 ぶつぶつと言い訳する心羽に首を縦に振ってから菇藍蘭の手をギュッと握った。


「そう! そうなの! だから、遠慮せずいっぱい遊びに来てほしいんですっ!」


 最近の放課後は時々ラクロス部の様子を見に行ったり行かなかったり。さっさと寮に戻ってだらだら過ごしていることも多く、遠慮していただけで時間的余裕はある。


「そんなふうに考えたこと、なかったな。まあ絆がそう言うなら、行くよ。なんか絆って……」

「?」

「どんどん可愛くなるな」

「え!? なな、なんですか急に!!」


 突然の誉め言葉に身を乗り出して食って掛かるのは、姉のことが大好きな心羽。


「そうですよ! ねーねはいつだって最高に可愛いんですけど!?」

「ちょ、心羽先輩は黙って、」

「いやそうなんだけど、可愛さに上限がないというか、毎日びっくりするというか。甘え上手になったよな」


 じっと見つめられ菇藍蘭のまっすぐな言葉に恥ずかしくていたたまれなくなった絆は、慌てて縁に話題をふった。


「そ、それより、縁さんはどうなんですか? 和来わこ先輩と!」

「え、和来先輩と縁さんが……? 大変そう……」


 明らかな話題逸らしだったが、急に話題を振られた縁は動揺し、寝耳に水だった心羽も反応する。

 社交ダンス部元部長である和来は、おとなしそうな見た目に反して夜の話が尽きず、しかし特定の人物と付き合っている話は聞いたことがない。

 カップルの多い部活で、体験入部の生徒を教えるメンバーは自然と特定の相手がいない部員に決まっているのだが、彼女もその一人。


「どうもなにも、あいつとはそういうのじゃない」


 しばらくは心羽が縁を教えていた。菇藍蘭が絆に近づこうとする気配を察知して部活に顔を出すことが増えたからだ。すっかり教えるのが板についたかと思えば、ある日顔を出さない日があった。その時に絆が紹介したのが、和来だ。


「じゃあまだ体だけかぁ」

「ちょっと」


 同級生である和来とはその日初めてまともに話したのだが、存外盛り上がったので部屋に遊びに来ないかと誘われた。縁にとっても楽しい時間だったし、断る理由もなくOKしたのだが、実際は眠れない夜を過ごすことに。翌日は謎の筋肉痛と睡眠不足でぐったりとした。

 そんな放課後、眠そうな和来にあの後どうだったかと問えば、彼女は「あまりにおいしそうだったから食べちゃった♪」と茶目っ気たっぷりに言う。聞いた絆が喜びの悲鳴をあげたのは記憶に新しい。


「いや、和来先輩が彼女作るとか想像できないよね」

「縁さんとすごく相性良さそうだなって思ったんだけど……」

「ないから。ほんとに無いから」


 それからしばらく進展のなさそうな2人に、絆はやきもきしているのだ。もちろん自分は部外者だと分かってはいるのだが。


「けど、時々夜いなくなるの、そいつのとこに行ってるからなんだろ?」

「え、気づいてたの?」

「うん」

「寝れない時だけよ」


 これには絆もぱぁっと顔を輝かせる。


「疲れたら眠くなりますもんね!」

「絆ちゃん? ……菇藍蘭とそうなったら根掘り葉掘り聞くからね」

「は!?」


 思ったことをそのまま口にしたものの、余計な事を言った自覚のない彼女は反撃される。

 先程から表情がコロコロ変わる絆を楽しそうに眺めていた菇藍蘭は突然の飛び火にギョッとした。


「ねーね、そういう話すごく聞いてくるもん。ねーねの話聞けるの楽しみ」

「え」


 そんな冗談まで言えるようになるとは。なんて菇藍蘭はつい本題を忘れて心羽に感心したが、隣の絆は見事に顔が真っ赤だ。

 実際は昨日初めてのキスをしたばかりの2人にその先の行為を想像するのは難しい。とはいえ絆の方は知識だけは豊富なため、人から聞いたアレコレが一気に頭を駆け巡った。

 

「もう、ねーねも恋バナは聞くだけじゃなくて、話す側でもあるんだからね」


 言い終えると、ちょうど続々と料理が届き始め会話は終わった。恥ずかしそうに顔を真っ赤にしたままの絆。なんにせよ、自分のことを考えてくれているのであろうと、いつも以上に可愛く見える彼女の頭を、菇藍蘭はそっと撫でた。

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