第4話

 週明けの月曜日。菇藍蘭は恋人の絆の希望通り、さっそく社交ダンス部に顔を出した。


「菇藍蘭さん、久しぶりに踊るのにすごく上手ですね」

「意外と覚えてるもんだな。あの時は自分でも練習してたってのがあるかもだけど」

 

 その足取りは軽く、簡単なおさらいだけですぐに感覚を取り戻したようだ。頻繁に来ていた頃と同じようにはいかないが、ひとまず動けている。


「そうなんですか? 初めて来た時に柄じゃないなんて言ってたのに。すごく様になってます」

「絆にかっこつけたかったんだよ」


 もちろん2年間ここに所属している絆と渡り合えるわけがない。しかし部室でしか会えなかった頃は、その少しの時間にできるだけ良いところを見せるために必死だった。


「菇藍蘭さん、もっと他の曲も練習してみませんか? 私、いろんな曲を一緒に踊りたいです」


 もちろん異論があるわけではなかったが、絆のやる気が少し不思議に思える。


「もちろん俺はいいけど……絆って、どちらかというと恋愛が好き、ってのが理由で入部したんじゃなかったっけ」

「そうですね?」


 質問の意図が分からずきょとんとする絆に、こちらも首を傾げながら菇藍蘭が答える。


「いや、ちゃんとダンスも好きなんだなって思って。ついでだと思ってた」

「それは……」


 少し考えるように俯いたかと思うと、そっと耳に囁かれる。


「多分、菇藍蘭さんと一緒に踊るのが楽しくて好きなんです」

「そっ……そっか。じゃあ、俺も覚えるの頑張らないとな」


 ふい、と逸らされた顔は真っ赤なのが見え見えだ。

 鼓動が速くなり、思わず頬に伸ばしかけた手を、すんでのところで引っ込める。背中にチクチクと刺さるような視線を感じたからだ。

 最近は心羽と比較的穏やかに会話できているためすっかり忘れていたが、ここにいる部員はカップルが多いとはいえ、全員がそうではない。中等部や高等部1年の後輩たちは特に、面倒見の良い絆を慕っている。心羽がいるせいで下手な動きができなかっただろうが、密かにこの場所を狙っていたのかもしれない。

 そう考えると、お互いに初めてのお付き合いを始められたのは心羽のおかげといえる。今度お礼を言っておこう。

 そんなことを考えていると、昂った感情が少しだけ落ち着いてきた。


「それで、昨日はどうだった?」

 

 結局、少し遅めのランチの後、もうすぐ着くという絆たち姉妹の両親からの連絡を受け、その場で解散となった。

 縁、玲希と三人で寮に戻った後、菇藍蘭はお腹いっぱいになったおかげで連絡をとることもなくすっかり眠ってしまっていた。

 何気ない問いだった明らかに動揺した絆は、ふらりと体勢が揺らぎ菇藍蘭の足を踏んでしまう。


「ご、ごめんなさい菇藍蘭さんっ!!」

「いや、気にしなくていい。どうしたんだ?」

「えぇっと……」


 言いよどみながらニギニギと手を握る。


「今度、ホームパーティすることになってっ! こ、菇藍蘭さん来てくれませんか!?」

「え、お、おぅ……?」


 突然の剣幕に押されてつい了承したものの、話の流れが分からない。


「その……あ、ちゃんと用意したものは喜んでくれたんですけど心羽が、あっさり私達のことを親に喋っちゃって、そしたら会いたいって、言われたんです……」


 絆は母から最近イベントに全然こないわね、と言われた。アパレルブランドの社長をしており、付き合いで母が参加するイベントに、以前は絆も広告塔として参加することが多かった。メイクやドレスでおしゃれをするのが単純に楽しかったし、コネクトを作っておいて損はないからだ。

 しかし、最近母について行かなくなったのは、できるだけたくさん菇藍蘭と過ごすため。それを言えずに口ごもっていたところを、見かねた心羽が話した。助かったというべきか、やはり自分で言うべきだったような気もして絆の心境は複雑だ。


「へぇ。でも、心羽だって玲希と付き合ってるじゃん」

「それが、」


 心羽の方はとっくに報告しており、なんなら何度か食事をしたこともあるらしい。その場に呼ばれてないし聞いてないと抗議したところ、その頃には既に週末のほとんどを菇藍蘭と過ごしていた。2人が会わないよう最初は妨害していた心羽だったが、それも面倒になってきてたから放置したとのこと。恥ずかしいやら悲しいやら、とにかくひどい話だ、とため息を漏らした。


「すごいな。俺、絆と付き合えることに浮かれて親に紹介することなんて全く考えてなかった……」

「私もです。なんか、緊張しちゃいますよね。せっかくだから縁さんも呼びましょう。心羽も玲希ちゃんを連れてくるそうですし、賑やかな方がきっと楽しいです」


恋人の親に会うなんて、想定外すぎる。でもせっかくの機会だし挨拶はしておいた方がいいはず。縁にもいてもらった方が精神的に助かる。と、行く決意を固めた。


「パーティ、なら、お洒落して行った方がいいのか? でも俺そういうの持ってないし……」

「それは大丈夫です。うちでやりましょ。母もその方が喜ぶから。来る時はいつも通りでいいですよ」

「分かった。楽しみにしてる」


絆はようやく緊張が解けたようで、ふにゃりと笑う。


「よかったぁ……当日は美味しいご飯もたくさん準備するので楽しみにしててください!」

「え、ご飯の準備?」


つい先日の渡橋家でのやりとりが頭を駆け巡る。自覚があまり無さそうだがあの様子じゃ料理が上手くはないはずだ。そういえばバレンタインの対策を立てないと、などと危機感を募らせる。


「はい! 父の作るものは全部美味しいんですよ〜」


絆自身が準備するわけではないと分かり、菇藍蘭はホッと肩の力を抜いた。

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