第2話
「いざとなると、何すればいいか分かんないな」
呟いた菇藍蘭は、両手の指を絆の手と絡め、ぎゅっと握った。
「何かするんですか?」
「だって、心羽が何してもいいって言ったからさ。うーん、やっぱりキスとか?」
ぐっと詰め寄って、その唇を見つめる。
この距離感もすっかり慣れた。最初の頃は、長い指にきめ細かな肌、腰の細さや見え隠れする項などなど、自分との違いにいちいちドキドキしていた。もちろん今でも魅力的に映っているが、言葉が出なくなったり、焦って変な動きになったりすることはなくなった。
絆の方は、違うようだが。
「き!? き、キスですか!!?」
ハグくらいのいつもの甘えたいモードかなと思っていた絆は、菇藍蘭からの『キス』という単語に再び頬を染める。甘い雰囲気、ってわけでもないし、思いつきで言っただけだろう。とはいえ、咄嗟に目の前の唇を凝視してしまう。
「いやか?」
「嫌じゃないですけど! だって、お付き合いしてるわけだしそれくらい。でも急っていうか、緊張するしやり方知らないし、」
「俺は知ってるぞ」
「はい?」
「絆だって知ってるだろ。一緒に映画観たじゃないか」
「それはそうですけどっ! 見るのと実際にするのとは違うっていうか」
恋愛モノが好きな絆の脳内では数々の映画や漫画のキスシーンが再生され、ますます顔が熱くなる。
付き合う前、そんな絆の好きなものにたくさん触れてきたのだから、菇藍蘭はキスも、それ以上のことだってもう知っているのだ。
キスって、どんなキス? 触れるだけのキス、舌を絡めるキス、短いキスをたくさんしたり、唇を舐めるキスなんかもある。
意識し始めると、恥ずかしくて、逃げたい。
だけど両手は菇藍蘭に握られていて、顔を背けることしかできない。
「むしろ、絆の方が詳しいじゃないか。通話越しの隣の声に解説入れてたし」
「わ、忘れてくださいっ」
菇藍蘭は星花女子学園の寮に住んでいる。それも、2人部屋の桜花寮は壁が薄く同室のカップルも多いため、夜になると愛し合う声が聞こえるのは日常茶飯事。
しかし、実家暮らしの絆は違う。通話となれば一瞬、かすかに耳に届いた程度だろうに、どんなカップルがいるのか聞き出して妄想を広げ一人で盛り上がり、菇藍蘭を困惑させた。
こんな話をしながらこういうプレイをしてそうだとか、どっちがネコかタチかとか、馴れ初めはきっとこんな感じじゃないかとか。
実際のところは菇藍蘭も親しい友人というわけではないため分からないのだが。
まだ絆に片想いをしていて、やっと交換した連絡先に震える手で電話をかけた初めての通話。それまで学校で見ていた絆とずいぶん雰囲違っていていて印象に残っているのもあるけど。
「忘れない。絆とのことは。絶対な」
「ダメです! その部分だけでいいですから記憶から消して!」
「いやだ」
はっきりと拒否すると、先ほど玲希にしてみせたように頬を膨らませた。それがあまりにも可愛くて思わず噴き出すと、片手は繋いだままに、瑞々しくぷっくりとしたその唇にゆっくりと指を這わせる。
絆は突然のことに驚いたものの、いつもとは違う菇藍蘭の大人っぽい笑みに目が離せなくなった。
そうだ、キスの話をしていたのだった。
妹の心羽と玲希は、自分たちよりももう少し付き合いが長い。キスはもちろん、その先にだって進んでいて
対して絆と菇藍蘭はお互いに初めてのお付き合いで、恋人になったからといってどんな風にこれから距離を縮めていけばいいのか、まだ探っているところで。
そもそも菇藍蘭は、ずっと縁と2人で1つ。それで十分だと思っていた。
だけど、やっぱりもっと、絆が欲しい。頭を撫でたり、ハグをするだけじゃなくて、恋人同士でしか、できないようなこと……。
唇をなぞった手をそっと頬に添えて、緊張しきって強く目を瞑る絆に顔を近づける。
息がかかる距離。心臓が、飛び出しそうなくらいドクドクと脈打っている。初めて会って手を握った時、あの時も菇藍蘭はすごく緊張していた。そう、今みたいに、まつげが長いなぁ、なんて少しだけ現実逃避をして気を紛らわそうとした。
このまま顔を眺めているのも悪くない。そう思い始めていたら、絆がぷるぷると震え始めた。
それが愛おしくて、緊張が魔法みたいにほどけて、そして、ついに2人の唇は重なった。
「絆、息して」
「は~~~~」
菇藍蘭が絆と出会ってから数えたってそこらの乙女とは比べられないほど恋愛作品に触れているだろうに、自分のこととなるとこんなに顔を真っ赤にするなんて。
「じゃ、もう一回しようか」
「え……?」
「今度はベッドで」
「え、菇藍蘭さん?」
可愛い。もう少しだけ意地悪したい。
「キス、もっとしたい」
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