1-2 それは知らなかったよ、お嬢さん?




「中途半端に助けんなぁぁあああああぁっ!」

 ────タァンッ!



 ミリアの声。背中に何かの感触。


 後ろで静かに音を立て転がる何かに、彼は背を伸ばし立ち止まる。振り向きざま、視界の隅。黒く青き瞳が捕らえた「落ちている靴」が状況を物語り────



「……………………は…………?」



 エリックは瞬時に理解した。

 自分が今、何をされたのか。

 足元に落ちた靴から、流れるように女に目をむければ、そこには。フルスイングの姿勢でこちらを睨みつける──ミリアの姿。


 バチッと目があったと同時に、彼女は勢いよく口を開く!



「助けるなら最後まで助けろっ! わたしの意思! どうなる! どうみても! 無理じゃん! そういうの! 良くないと思う! 一番良くない!」

「……………………ちょっと。」

 


 飛んできた文句にエリックは思わず勢いよくきびすを返し、ミリアのハニーブラウンの瞳を捉えながら、嫌味と怒りを込めて聞き返す。



「随分と乱暴な引き止め方をするんだな? こんなこと、初めてなんだけど?」



 この女、ひ弱な声で『……助けてください……!』と縋るならまだしも、靴を投げつけてきやがったのだ。

 そんなことをされて黙っていられるほど、エリック・マーティンは穏やかでもお人よしでもない。 


 苛立ちそのまま、『スマート』をかなぐり捨てて、彼はミリアに不信の目を向けると、



「……靴を投げるなんて何を考えてるんだ?」

「中途半端良くないと思う!」


「あのな……! 助けを求めるのなら、それ相応の頼み方があるだろ。もっと可愛らしくできないのか?」

「可愛らしいとかよくわかんない!」



 ノータイムで返ってくる反応。ミリアのはちみつ色の瞳と、エリックの暗く青い瞳がバチッと絡まり対峙して、次の一手はミリアの口から放たれた。



「今そんなモード出ない! 可愛らしくなんてできない! ……っていうかこんなふうに困ってるのに、そうやって見捨てるのってどうかと思う!」

「困ってるように見えないからそうなるんだろ?」


「困ってるじゃんどう見ても!」

「喧嘩を売ってるじゃないか!」

「……おい、女!」



 いきなり始まったエリックとミリアのドンパチを前に、ナンパ男がアピールの声を上げる。しかし。



「喧嘩なんて売ってない、売られた方だし! だいたい、こんな汚いカッコして声かけるとか、舐めてるとしか思えないでしょ!?」

「ならどうして無視をしない? 君が最初から相手にしなければ彼だって」

「……だぁからぁ、無視するの苦手なの!」


「────へえ。それは知らなかった。初耳だよ。お嬢さん?」

「うわあムカつく〰〰! なんだそれ!」

「おい、お前!」



 横からアピールするナンパ。

 自分をよそにドンぱち始めた二人に『無視かコラ!』と物申したい────が。



「そりゃそうでしょうね、言ってないもん! っていうか、今初めてお会いしました! ”どうも初めまして!”・”助けてください!”」

「……は? 今それを言うのか? そんなヤケクソ気味に言われても助けようという気持ちが起こらないんだけど?」

「そこを何とか起こすのが筋じゃない!?」

「いや、前提が無理だろ。君もさっき言ってたじゃないか『的外れだ』って。頼み方にもあるんじゃないのか?『的』ってやつが。」


「……ああ言えばこう言う~!!」

「…………──ハ! どっちが?」



 割り込む隙など、ありはしなかった。


 鼻で嗤うエリックに噛み付くミリアは気付いていない。

 「無視するのが苦手」といいつつ、今思いっきりナンパ男を無視していることに。怒りの対象が完全に切り替わっていることに。

 ──そしてそれが、ナンパ男を無意識に煽っていることに。


 売り言葉に買い言葉で加熱するミリア相手に、黒髪のエリックはというと、首を引き、見下ろしながら笑い捨てるのである。



「……まあ? そうだなぁ。君が可愛らしく『助けてください』って頼んできたら……、助けてあげてもいいけど。でも、どうかな? 君は口が減らないみたいだし、実際 初対面の俺ともここまで話している。そいつとの会話にも困らないだろう?」


「困る困らないんじゃないんだなぁ〜〜〜っ! 嫌なの、むりなの! 生理的に無理! わたしにも選ぶ権利というものがある!」


「…………だから。『最初から相手にしなければ良かったん』」

「だぁ・かぁ・らぁ! 無視はできないじゃん! 柔らかく断ってるうちに下がってほしかったのにこんなことになって、っていうかこいつ!」



 ────びしいいいいいっ!



「なんか臭いしまじで無理!」

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