第42話 何事も想像通りにはいかない
「俺の呼び出しに応じてくれて嬉しいよ」
室内に入ってくるなり、彼は両手を広げ、満面の笑みを私に向けながら言ってきた。
私が飛び込んでくるとでも思ったのかな。
呼び出しには応じてあげたけど、彼に飛び込む理由は一つもないのだけど。
「あの写真を送りつけておいて、よく言いますね」
「はっはは。それについては許してほしい。霧宮さんを呼ぶにはあの方法しかなかったものでね」
「そうですか」
それにしても…彼の話し方がおかしい。
私に告白してきた時はもう少し真面目系で、こんなチャラチャラした感じではなかった。
「それよりも話をするなら手前よりも中央か奥の方で座って話さない? 手前だと真面目な話も出来ないだろうし?」
………予想通りの発言がきた。
そして彼が扉の場所から未だに動こうとしないのは、鍵をかけて逃げ場をなくすつもりなんだろう。
それにしても色々と駄々漏れ過ぎて、少し拍子抜けもいい所。まあ回りくどくなくていいんだけど、近くで待機してもらっている風磨くんに少し悪い気がする。
「お断りします。それに私が先に奥に行ったら、貴方が何をするか分かりませんし」
「信用されてないな、俺。 確かにこの位置にいたら、霧宮さんに警戒されてもおかしくないね」
彼は「やれやれ」と言いながら、扉から離れて窓際の方の座席に座った。
「これで信用してくれるかな?」
扉に鍵を掛けた様子はない。
それに扉から離れたから、何かあったら私の逃げ道は確保されている。
「分かったわ」
そう言いつつも、心の中では信用していないけどね。簡単に人を信用するなと教えられているし。
私は彼から数個離れた座席に座り直した。
「それで本題に入りますけど、本当に噂を流した真相を教えてくださるのですよね?」
「もちろんだとも。その為に霧宮さんをこの教室に呼んだんだからね」
「それなら早く教えてください。あまり時間を無駄にしたくないので」
「霧宮さんはノリが悪いな〜 放課後のとても楽しい時間なのに無愛想な顔をして。折角の可愛い顔が台無しだよ。あと俺のこと名前で呼んでくれないのかな?」
誰の所為で無愛想な顔になっていると思っている。そうだよ、君の所為だよ!
そして名前で呼んで欲しいって……ほんと図々しい男だな。それで貴方の名前は何だっけ?
「その顔は…もしや名前を忘れられている?」
彼から疑い深い視線を向けられる。
「忘れたというか…名前を知らない…的な?」
「……告白した時も知らなかった、と?」
「はい」の意味を込めて頷く。
というよりも、告白してくる人の名前を覚える理由はないよね。私にとってはその他大勢の一人に過ぎないのだから。
彼は落ち込んだ表情を見せた。
「マジかよ… 一学年の中ではかなりイケメンと言われる程の俺なのに…」
どこがイケメンなのか分からないな。
普通にチャラい見た目の面倒くさい男にしか見えませんけど。皆んなのイケメンの概念はどこから来るんだろう。私としては風磨くんみたいに性格が良くて頼りになる人をイケメンだと思うけど。違う?
「そんなことはどうでもいいので、早く本題の話をしてください。時間の無駄です」
「どうでもは良くないさ! 名前を覚えてくれないと俺が悲しいからね!」
「そ、そうですか」
別に名前を覚える気はないんだよな。
この件が片付いたら、彼との関わりは一切なくなるわけだから覚える必要はない。
だけど名前を覚えないと話が進まないんだよな…既に彼が来てから十五分は経っているし。
「では自己紹介をお願いします」
「よく聞いてくれた。俺の名前は青崎翔平だ。気軽に翔ちゃんと呼んでくれ」
青崎翔平は私に向けてウインクをしてきた。
「……」
確定。この人はチャラチャラした人であり、そして自分をカッコいいと思っている人だ。
そうでなければ、自信満々に一度告白して振られた女子に向けてウインクはしてこないよ。
(まだ風磨くんにやってもらっていないのに!!)
うん…この人、嫌いだわ。
「それで青崎さんが噂を流した理由は何ですか?」
「翔ちゃんと呼んでくれ!」
「青崎さん」
「ダメダメ。翔ちゃんじゃないと」
「……」
め…面倒くさい人だな。
別に苗字でもいいじゃない。そこまでして名前で呼んでほしいなら他の女子にしてもらいなさいよ。
「………翔ちゃんが噂を流した理由は何ですか?」
諦めて私は彼に言われた通りに名前で呼んだ。
青崎翔平はニコッと微笑んだ。
「もちろん、あの男を困らせる為だよ。 本当は霧宮さんの方には迷惑を掛けたくなかったんだけどね」
「彼、柳木くんは関係ないじゃないですか。明らかに貴方の私情がありますよね」
「確かに霧宮さんの言う通り、これには俺の私情がかなり入っている。だってそうだろ?大好きな霧宮さんが冴えない男と一緒に歩いているのを目撃して許せる訳がない。それでもなにか間違っていると言うのか?」
青崎翔平は余裕な表情で聞き返してきた。
「貴方の…」
「翔ちゃんな」
「………翔ちゃんの言い分は間違っています。そもそも誰と付き合おうが振ろうが、それは私が決めることです。そんなのただの逆恨みですよね?」
手紙と一緒に入っていた写真だってそうだ。あれもただ私の気を引く為の道具にすぎない。
そんなことで風磨くんに迷惑を掛けないでほしい。
「逆恨み…ね。俺自身はそんなつもりはないけど、霧宮さんに振られた他の人はあるかもね」
「いやいや、どっからどう見ても逆恨みですよ」
「へぇ〜 普段のイメージと全然違うね。霧宮さんがツッコミを入れるなんて初めて見たよ」
あっ…やらかした。あまりにも面倒くさい言い訳にツッコミを入れてしまった。
こんなことは学校ではしないのに…風磨くんだけにしたいのに…私の馬鹿。
私は一つ咳払いをする。
「そーゆう時もありますよ。 それで私から翔ちゃんに求めることは二つあります」
人差し指を立てる。
「一つは噂の撤回をしてください。これでも私と彼はまだ付き合っていませんので、彼に迷惑は掛けたくありません」
中指を立てる。
「もう一つは写真のデータ削除です。スマホ内、そしてクラウドに保存しているデータを削除を求めます。もちろん、パソコンにデータを共有している場合も削除をお願いします」
噂については発信源から再度『見間違いでした』や『勘違いでした』と言えば収まるはず。
だけど問題なのは写真データの方だ。
こればかりは確認が出来るのがスマホだけしかない。わざわざパソコンの中身を確認する為に青崎翔平の家に行くわけにはいかない。
(それまでに私が風磨くんと正式に付き合えば問題はないのだけど……難しいかもな)
というよりも、私が求める恋愛にこだわり過ぎているのもあるけど。
青崎翔平は不敵な笑みを浮かべた。
「いいだろう。その条件を飲もうではないか」
「………随分と引き際がいいのね。この話を出すまでに子供のように駄々を捏ねていたのに」
「とても辛辣な言葉をありがとう」
いや、褒めていませんから。
「確かにこのまま引き下がるのも良くないね。では、こちらからも一つ要求をだそう」
「なっ…何を要求するつもりなの」
これまでの行動を考えたら、必ず良くないことを言ってくるに違いない。何を要求するつもりなの。
「俺と一日デートしてほしい」
「……………っえ」
「よく聞こえなかったかい? もう一度、ゆっくりと伝えるから耳を澄まして聞いてくれ」
青崎翔平は一つ深呼吸をする。
「霧宮さん、俺と一日デートをしてくれ。この要求を受けてくれるなら、君の要求を飲もう」
失敗した。あの時に変な返しをするべきではなかった。あそこで話を終わらせて、さっさと教室を出ていれば、こんな話にはならなかったのに。
だけど、ここまできたら私が青崎翔平の要求を飲まない限り、私の要求は通らない。
さて…どうしたものか。
「当然、デート中は変なことをしない約束をしよう。信用出来ないなら、場所や時間指定も霧宮さんに任せるよ。 これでどうかね?」
「そうね。 全てこちらが決めていいのなら、何も問題はないわ。あっ、連絡先の交換はNGだから」
もし連絡先を渡したら、数十分に一度はメールを送ってきそう。私の中の偏見だけど、間違いはないはずだ。連絡先は風磨くんと信頼出来る人だけで間に合っているしね。
「分かった。俺は紳士だから霧宮さんの望むままに受け入れよう。それでデートはいつにするかい?」
「その話は後日でもいいですか。 そろそろ帰宅したいのですが」
あれから約一時間が経っていた。
本当なら今頃は帰宅をしていて、夕食の買い出しの為にスーパーにいたはずなのに。
(憎たらしい男です。青崎翔平め!)
そんな男とデートはやはり憂鬱だ。
「俺としては早めに決めて起きたかったけど…霧宮さんも要求を飲んでくれたことだしいいだろ。その代わり、来週までには返事を貰おう」
「分かりました。 それまでには考えておきます」
それを聞くと、青崎翔平は「楽しみにしているよ」と言って、普通に教室を出て行った。
「………一件落着かしら、ね」
だけど色々と面倒くさいことが付随してきたな。
彼とのデートは嫌だけど、要求を飲んでもらうにはこうするしかなかったしーーーとりあえず風磨くんに報告をして勝手に決めたこと怒られてきますか。
教室を出た私は近くで待機をしている風磨くんの元へと向かった。
知人の俳優さんが可愛い同級生と訪ねてきました〜勝手に話が進み同棲生活が始まることになりました〜 夕霧蒼 @TTasuki
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