第39話 可愛い彼女と冴えない男の噂

 舞台鑑賞などのイベントがあった休日が終わり、また月曜日がやって来た。体力テストの時になった筋肉痛は大分良くなってきてはいるが、まだ痛い場所は所々ある。


 そんなこんなで苦痛に耐えながら無事に学校に着き教室に入ると、いつもと雰囲気が少し違うことに気付いた。何かの話題で盛り上がっている感じか?


(それに妙に視線を感じるな)


 違和感を覚えながら机に鞄を掛けて、椅子に座って一息吐こうとすると、後ろから声を掛けられる。


「おい、柳木!! お前、霧宮さんとデートしたってどうゆうことだよ!!」


 西城がただならない表情で聞いて来た。


 ………はっ?!

 どうしてデートのことを知っているんだよ。

 とりあえず顔に出ないように否定しないと。


「俺には何のことか分からないな」

「しらばっくれても無駄だぞ。それに噂として既に広まっているからな」


 西城は「耳を澄まして聞いてみな」と教室内を差しながら言ってきた。


 言われた通りに俺は耳を澄まして聞いてみる。


「霧宮さんと柳木くんがデートしてたらしいよ」

「柳木くんって、あの冴えない男でしょ」

「霧宮さんと柳木くんでは全く合わないよ」


 聞こえてくる内容のほとんどが否定的だった。


( 皆さんの言う通り、俺は冴えない男ですよ)


 自分のことを卑下しながら、チラッと飛鳥の方に視線を向ける。


「霧宮さん、いま出回っている噂はほんと?」

「流石に柳木だけは辞めといた方がいいよ。時々、西城と馬鹿やっているんだから」

「てか、霧宮さんと柳木くんだと天と地の差がありすぎて不釣り合いだよね」


 怒涛の質問で飛鳥の顔は困惑気味に見える。

 そして握った拳に少し力が入ったように見えた。


「噂として広まっていただろ?」

「広まるの早過ぎない? 西城はこの話をいつ聞いたんだ?」

「登校した時には既に広まっていて、聞き耳を立てて知った感じだな。それで噂の出所は分からないけど、女子経由なのは確かだろうな」


 確かにこの噂の広まり方は女子経由だな。


 西城は顔を近づけて言葉を続けた。


「それで噂の真偽はどうなんだよ」

「男に顔を近づけられても嬉しくねーよ」


 俺は西城の肩に手を置き押し返しす。


「あと真偽とか関係なく俺には分かりません」

「…………」


 今度はジーッと目を見つめてくる西城。


「何で見つめてくるんだよ。男に見つめられて喜ぶ趣味はねーぞ」


 そう言うと、西城は嘆息し口を開く。


「俺が男が好きみたいな言い方をするな。クラスの女子たちに誤解されるだろ」

「全て西城が悪い」

「それはおかしいだろ。今までの行動は柳木が嘘を付いていないか確認する為だったのに」

「それなら別の方法で調べろよ!」


 これでは俺まで男が好きと周囲に認知されてしまうだろ。俺はちゃんと異性が好きなんだよ。


「嘘発見機があればいいんだけどな」

「非現実的な物を望むんじゃない」

「やっぱり柳木の口から自供させるしかないか」

「自供って…」


 これは面倒くさい展開になる予感…。


 その予感が的中するように西城はスマホの画面に親子丼の写真を表示させて目の前に置いてきた。


 そしてーーー。


「これが食いたければ自供するんだな」


 まるで刑事ドラマの取り調べが始まった。


 いや食いたければ自供しろって言われても、目の前にある親子丼は写真で食べれないんだから、自供する訳ないだろ。


 例え、本物の親子丼だとしても話さないけど。


「黙秘」

「やはり黙秘権を使って来たか。だがしかし、それは想定済みなのだ」


 そして鞄からお菓子を取り出し、西城は「これなら話す気になるだろう」と言ってきた。


(随分とランクが下がったな…)


 これで話す気になる人なんていないだろ。


「黙秘」

「くっ…これでも自供しないとは手強いな」


 当たり前だろ。

 ずっと秘密にしてきたことを、こんなにもあっさりと話す訳ないじゃん。永遠に黙秘だよ。


「ていうかさ、もし俺が霧宮さんとデートしていたのが真実だとしたら、西城はどう思うの?」

「何だよ急に。その質問は噂の内容を認めた上で俺に聞いてきているのか?」

「違うから。ただの興味本位だから、さ」

「興味本位…ね」

「そう、興味本位だから教えて欲しいな〜って」


 西城はガシガシと頭を掻き、「仕方がないな」と言って言葉を続けた。


「とりあえず肩パン一発は確定だな。俺を差し置いて抜け駆けして霧宮さんと仲良くなっていたから」

「か…肩パン一発」


 西城の肩パンは地味に痛いんだよな。

 以前、その場のノリと勢いで受けた時に腕にアザが出来ていた。つまり、手加減をしないのだ。


「もし…もしもの話だけど、肩パン以外の選択肢はないのかな?」

「今の所は無い! 肩パンが一番早いからな!」

「はっ…はは」


 これで西城には秘密にすることが確定した。


「もう一度聞くけど、柳木と霧宮さんがデートした話は本当なのか?」


 振り出しに戻ったよ…。

 

 どう返答しようか悩んでいると教室の前方の扉がガラガラと開き、担任が入って来た。


「ホームルーム始めるぞ」


 よし…これを言い訳に話を終わらせられる。


「ほら、先生が来たから話は終わりだ」

「そのはぐらかし方は怪しい…が、先生が来たからいまは見逃してやるよ。いまはだからな」

「は…はは」


 俺は前を向いた西城に向けて小さく手を振った。



 放課後。

 西城やクラスメイトに噂を追及される前に、俺と飛鳥は急いで帰宅した。そして夕飯を準備を始める前に作戦会議をすることになった。


「それでは作戦会議を始めたいと思います」

「よろしくお願いします」


 机の上には紙とペン。そしてクッキーとお茶が入ったコップが置いてある。


「まず噂に関してですが、私が登校した時には既に広まっていたので、八時前に誰かが噂を流したと考えられます」


 飛鳥が学校に登校したのは八時頃になるから、飛鳥の考えは間違っていないだろう。


「一瞬、SNSの可能性も考えたけどーーー」

「その場合でしたら投稿された内容を私や風磨くんに見せてくると思います」

「だよな。そうなると学校内での犯行になるな」


 それにしても早朝からよく頑張るな。

 そんなに俺か飛鳥に恨みでもあるのか?


「私も出来る限り情報収集をしたのですが、やはり情報源はほとんど分からなくて…」

「こっちも西城に聞いたけど駄目だったよ。逆に噂の真偽を問い詰められたよ」

「私も問い詰められましたが上手く躱しましたよ。少し気に入らない台詞もありましたが、それについても我慢しました」


 あの時か。確かに我慢していたな。


「よく我慢したね」

「ここで怒ってしまったら、私と風磨くんの関係がバレてしまうと思ったからです」


 まあ無関係のはずの飛鳥が、俺の悪口で怒ったらバレる可能性は高まるな。噂の尾鰭として。


 だけどバレるのも時間の問題かもしれない。

 そうなるとーーー。


「噂を流した人を見つけないと駄目だな」

「噂の中心人物である私たちが否定しているので関心はすぐに薄れるかもしれませんが、今後のことを考えると噂を流した人物を見つける必要はありますね」


 飛鳥は真剣な表情で呟く。

 そしてクッキーを一口齧った。


「だけどここまで噂の出所が分からないとなると、それを見つけるのは苦労しそうだな…」

「存外、すぐに見つかるかも知れませんよ。この噂を聞く限りだと対象は風磨くんより私に向いていると思いますので」

「寧ろ、俺の方だと思うんだけど」


 もし飛鳥のことを対象にするなら、俺のことは伏せて『男と歩いていた』になるだろう。

 だけど噂の内容は『霧宮さんと柳木くんがデートしていた』だ。完全に俺の名前が出てる。


「そうなると…私と風磨くんに恨みがある方?」

「それか飛鳥に告白して来た中の誰かとか?」

「…………」


 それを聞き、飛鳥は顎に手を添えて何かを考える仕草を始めた。


 この時は邪魔が出来ないので俺はクッキーを食べながら待つことにした。


 数分後ーーー。


「風磨くん。やはり犯人はすぐ見つかるかもしれません」

「その根拠は?」


 すると飛鳥はニヤリと口角を上げて呟く。


「明日は噂以上のことが起こりそうな予感がするからです」

「それは予感だから実際に起こらない可能性の方が高いのでは?」

「確かにその可能性もありますが、明日は私個人を狙ってくる可能性があると見当しています」


 飛鳥は胸に手を当てて真剣な表情で言う。


「その理由を聞いても?」

「犯人ですが…私に振られた方の誰かになります」

「要するに逆恨みみたいなものか」


 クラスで可愛い女子が同じクラスの冴えない男とデートしている姿を目撃した。同時に俺の方が格好いいのにどうしてあいつなんだ…的な。


(好きな子に対して迷惑を掛けるなよ。こちらとしてはかなりの迷惑なんだから)


 それにしても飛鳥に逆恨みするとは…ね。


「はい。どなたか知りませんが、風磨くんに迷惑掛けたことは許せません」

「怒ってくれるのは嬉しいんだけど、飛鳥って学校に入学してから告白されたのは何人?」

「………三人ですかね」


 あれ…俺が知らない間に二人くらい増えてる。

 顔に表情が出ていたのか、飛鳥はクスリと笑みを溢し、三人の内訳を話し出した。


「一人目は他クラスの男子に告白されてお断りしたと話した方です。二人目は先輩になるのですが『私には好きな人がいます』と言ってお断りしました。三人目も先輩でして、こちらも同じようにお断りしました』


 うん。これは犯人の目星が付かないわ。


「これ…俺大丈夫かな?」

「先輩方は元々駄目元で告白してきたらしいですよ。要するに罰ゲーム的な?」

「そ…そうなんだ」

「ですから、何かあればすぐに呼びますので、明日は早めに支度は終わらせておいて下さいね?」

「無いとは思うけど、ね。一応、準備はしとくよ」


 俺は苦笑しながら返答したが、飛鳥の言ったことが本当に起こるとはこの時は思わなかった。

 


 


 

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