第37話 舞台鑑賞①
「突然ですが舞台を一緒に見に行きませんか?」
体力テストから数日が経ったある日の休日。
全身の筋肉痛と戦いながら朝食を食べていると、飛鳥がそんなことを言う。
「本当、突然だな。それでどうして舞台なんだ?」
「昨夜山神さんからメールがありまして『舞台の演出をしているから見にこないか』と聞かれましたので、『行きます!』と答えたからです!」
「誇らしげに言ってるけど、もし俺が予定を入れていたらどうするつもりだったの?」
「風磨くんに予定がないことは確認済みです!」
人の予定を把握されているよ…。
そもそも俺は手帳とか持っていないのに、どうやって把握したんだ。
「その顔はどうやって風磨くんの予定を確認したのか気になっていますね?」
俺はコクリと頷く。
「ご名答。俺は基本的にはメモをしない人だ。だから俺の予定を把握することは他人には不可能なはずなんだよ。遊ぶ相手以外は、ね」
「色々な方法はありますよ。ですが、今後出来なくなる恐れがあるので黙秘しますね」
「それは…俺の身の回りの物が関係する?」
「…………さぁ?」
視線をずらしながら返答する飛鳥。
これは正解だな。
そうなれば大体の想像は付くけど、今更怒っても仕方がないんだよな。既に把握されているし、どうせ予定がないのは確定だったから。
「まあいいや。それで舞台は何時からなんだ?」
「少し待っててください」
飛鳥は机に置いてあったスマホを手に取り、画面を操作すると視線をこちらに戻した。
「十四時からになりますね」
リビングにある時計を確認すると現在の時刻は九時半過ぎ。開演まで約四時間半しかなかった。
「ちなみに場所はここからどれくらいで着くの?」
「えっとですね…何事もなけば一時間になります」
「……」
えっと…現地には一時間前には着きたいとしたら十三時頃に到着。いまから三時間後。
それで移動に一時間も掛かるとなると、家を出るのは十一時半過ぎくらい。
あと二時間で身支度をしないといけない。
「悠長に朝食を食べている場合ではないじゃん!」
「大丈夫ですよ。まだ時間に余裕がありますから」
「そんなことはないだろ?飛鳥だって身支度を整えるのにいつも時間掛かっているだろ?」
男性よりも女性の方が支度に時間が掛かるとよく言う。飛鳥もその内の一人になる。
「そこは安心してください!何故なら、私は昨日のうちに準備を済ませておりますので!」
飛鳥はサムズアップをしながら言う。
「なら、俺にも昨日の段階で教えてほしかったよ」
「ですが、サプライズの方が嬉しいですよね?」
「まあ否定はしないけど…」
「そーゆうことなので、私が片付けをしますので風磨くんは準備を進めておいてください」
「そうさせてもらうよ」
残っていた朝食を急いで食べ終え、俺は自室へと向かった。
自室に着き、まず悩んだのは服装だ。
こちらは招待されているので、下手な格好をして相手に失礼になってしまう恐れがある。
その為、服装はきちんとした格好で行きたい。
(そう言っても、手持ちでまともな服は少ないから選択肢が限られているんだよな)
そうなると、この前のご褒美デートの時に着た服装になるんだよな。あれが俺の手持ちの服の中で一番まともな服になるし。
そう決めた俺はタンスからポロシャツ、クローゼットからジャケットを取り出して着替える。
「これなら大丈夫だろーーーっん?」
部屋にある鏡で確認していると、ドアをトントンと叩く音が聞こえてきた。
「ドアを開けてもいいですか?」
ドアの外から飛鳥の声が聞こえてきた。
「大丈夫だよ」
そう返事を返すとドアが開き、飛鳥が「失礼します」と言って部屋の中へと入って来た。
部屋に入って来た飛鳥は朝食の時とは違った格好をしていた。いつの間に着替えたのか。
「どうしたの?」
「そろそろ時間になりますので、風磨くんの準備状況を確認しに来ました」
「時間?」
スマホを確認すると、いつの間にか時刻は十一時を迎えていた。
「マジか!? そんなに時間経っていたのか」
「かなり集中していたんですね」
「そんなことはないんだけど…それよりも飛鳥は準備万端って感じだね」
飛鳥の格好はノースリーブの上にアウターを羽織り、それに合うズボンを履いている。
そして貴重品類が入る大きさのショルダーバッグを既に肩に掛けていた。
「いつでも出発することは可能ですよ!」
「そんなに楽しみにしていたんだね」
「当然です! 久しぶりの舞台ですからね!」
「それなら早く行かないとだね」
俺は急いで貴重品類をショルダーバッグに入れ替え、そして肩に掛ける。
「よし、準備が出来たから出発しようか」
「はい!」
俺たちは目的地に向けて家を出た。
◯
電車を二回ほど乗り継ぎ、俺たちは目的地の劇場がある最寄駅へと着いた。そこからさらに数十分程歩くと一軒の小さなお店が見えてきた。
「ここが舞台をやる劇場になります」
「こんな場所で舞台をやるのか」
そのお店の入り口はまるで舞台をやっているようには見えない雰囲気で、寧ろ飲食店のお店と言った方が分かりやすい入り口だった。
「とりあえず、中に入りましょうか」
「今更だけどチケットが無いけど大丈夫なの?」
「それを含めて中に入りましょう」
そう言い、飛鳥は劇場の中へと入る。
「どうゆうことだ?」
理解が出来ないまま、俺も飛鳥の後ろに続いた。
中に入ると目の前には机が横に二つ並んでおり、その前には二名のスタッフが立っていた。
よく見ると、机の上には何かの紙が置いてある。
「風磨くん、こちらですよ」
「あっ、うん」
飛鳥に呼ばれて机の前へと向かう。
「チケットをお持ちでしょうか?」
スタッフがチケットの有無を聞いてきた。
(チケット無いからどうするんだ?)
そう思いながら飛鳥に視線を向けると、飛鳥は口角を少し上げて口を開く。
「山神さんからのご招待です」
それでいいの?!
まさかの舞台を見るのが無料になる感じ?
「山神さんですね。少々お待ちください」
スタッフは机の上に並べられていた紙に視線を向けて、一枚一枚紙を確認し始める。
数秒程で確認を終えると、スタッフが机の上から二枚の紙を取る。
「こちらになりますね」
そして飛鳥に手渡した。
「ありがとうございます。こちらが風磨くんの分のチケットになります」
飛鳥からチケットを渡される。
俺はチケットを受け取る。
「ありがとう。それでチケット代を払っていないのに、どうしてチケットが貰えたんだ?」
「単純な話です。今回の舞台チケットを払ってくれたのは山神さんになるからです」
「そうなの?!」
「私たちは山神さんからの招待なので、山神さんがチケット代を払ってくれたのです」
「つまり招待者によって払う人も変わるのか」
「そうですね。ですが招待と言っても、様々な理由で招待する人もいますけどね」
招待と言っても色々とあるんだな。
それにしても山神さんには感謝しかない。
今回みたいに招待とか無ければ、舞台を観に行くことは無いんだろうな。
「そうなんだ」
「ですが、山神さんの場合は普通に観劇して欲しいだけでしょうけどね」
「それは一理ありそうだね」
お互いに微笑していると、背後から聞いたことがある声を掛けられる。
「おっ、二人とも来たね!」
後ろを振り向けば、山神さんが立っていた。
「お久しぶりです。本日はご招待ありがとうございます」
飛鳥は一礼をする。
「山神さん、お久しぶりです。本日はご招待ありがとうございます」
飛鳥と同じように挨拶をし、俺も一礼をする。
「久しぶり過ぎて二人とも固くなっているね。もっと気楽に話してほしいね」
飛鳥はコクリと頷き、口を開く。
「山神さんも元気そうで何よりです」
「飛鳥ちゃんも元気にやっているみたいだね」
「はい。風磨くんと元気良くやっています!」
あ、飛鳥さん?!
その言い方だと、色々な誤解を生む可能性があるから気を付けてほしいんだけど!!
「あはは。それは良かったね」
山神さん?!
そこは納得しては駄目なところですよ!?
山神さんはこちらに視線を向けてきた。
「風磨くんも元気そうだね。それに飛鳥ちゃんと何やらいい雰囲気みたいじゃないか」
「いやいや、色々と誤解がありますよ。確かに飛鳥とは仲良くしていますけど、いい雰囲気にはなっていませんからね?」
「そんな…!! 私との添い寝やゴスロリの姿を想像したことは嘘だったのですか?」
「待て待て待て。 飛鳥が言うと本当の意味で別の意味で聞こえてくるから少し静かにしてようか」
山神さんは「あはは」と笑った。
「誰がどう見てもいい雰囲気じゃないか」
「山神さん…」
これはただ飛鳥に揶揄わられているだけです。
「だけど風磨くんとの同棲はいい方向に向いているみたいだね。数ヶ月前に比べて、飛鳥ちゃんの笑顔が素敵になったよ」
嬉しそうに飛鳥に視線を向ける山神さん。
「えへへ、全て風磨くんのおかげです!」
頬に手を当てながら喜ぶ飛鳥。
「風磨くん、ありがとうね」
「俺は何もしていませんよ。全て飛鳥の頑張りだと思いますよ」
「風磨くんがそう言うなら、そーゆうことにしておこうか。それじゃあ、もうすぐで開場になるから楽しんでいってね」
「「はい!」」
そして山神さんは舞台の方へと戻っていった。
見届けた俺は飛鳥の方に視線を向けた。
「飛鳥」
「何でしょうか?」
「あれは意図的にやったのか、それとも無意識にやったのかどっちだ?」
「う〜ん」
飛鳥は顎に手を当て考え事を始めた。
「そこで悩む理由はないだろ?」
飛鳥は口角を少し上げ、そして口を開く。
「確かに悩む理由はないですね!なので、風磨くんの質問に対しての返答は秘密です!」
「秘密にする理由もないと思いますが?」
「ふふふ…また疑問が増えてしまいましたね」
悪戯顔を浮かべる飛鳥。
「疑問が多すぎーーー」
そして言い返そうとした瞬間、スタッフによる「開場します」の声が館内に響いた。
「だそうなので、質問はこれにて終わりです」
「唐突だな」
ほとんど質問していないんだけどね。
「まあいいじゃないですか。いまは舞台のことだけを考えて、舞台を楽しみましょ!」
「………そうだな」
どうせ飛鳥のことだから聞いたところで答える気はないんだろう。いつものことだしな。
なら、舞台のことを考えた方がいい。
「では、中に入りましょうか」
「そうだな」
俺たちは劇場の中へと入場した。
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