第29話 ご褒美デート①

「こんな感じでいいかな」


 ご褒美デート当日。

 朝食を終えた俺は自室で服装のチェックをしていた。飛鳥とのデート(ご褒美)だから、下手な格好をする訳にはいけない。


(同棲してるからオフの服装も知られているから、あまり意味ないと思うけど)


 そんなことを思いつつ、最後に薄手の上着を着ているとトントンとドアをノックする音がした後、ドアの外から声が聞こえてきた。


「風磨くん、準備終わりましたか?」


 そう聞きながら、飛鳥は部屋に入って来た。


「ちょうど着替え終わったところだよ」

「………」


 飛鳥はジーッと視線を向けながら、俺の服装を上から下に下から上へと見てきた。


(なんだか、ファッションチェックされているみたいで恥ずかしい)


「あ…飛鳥。そんなにじっくりと見られると恥ずかしいんだけど…」

「あっ…!あまりにも新鮮で格好よかったので、その姿を堪能していました。ごめんなさい」


 やっぱり地味な服装にしなくて正解だった。

 ただ堪能されるとは思わなかったな。飛鳥が俺の姿を堪能したのなら、俺だって飛鳥の姿を堪能する権利はあるよな。


「いや、謝らなくて大丈夫だよ」

「ですが、風磨くんが苦手そうにしていたので」

「全然平気だよ。だって、俺も飛鳥の服装を堪能させてもらうから」

「わ…私の服装をた…堪能するのですか?!」


 飛鳥は顔を赤ながら聞いてきた。


「もちろん。飛鳥が俺の服装を見たのなら、俺だって飛鳥の服装を見てもいい権利はあるよね?」

「それを言われますと、確かに私には反論をすることは出来ませんね」

「てことで、飛鳥のことを見るよ」

「事前報告してくれるのは有り難いのですが、もう少し言い方には気を付けてくださいね。私以外の人だったら一発でアウトになりますから」

「それは気を付けないとだな」


 そう言いながら、飛鳥の服装に視線を向ける。


 白いTシャツと紺のデニムでシンプルながらも、その上に着ているパーカーによってメリハリがあるコーデになっていた。この姿はあまり見たことないので、俺にとってもかなり新鮮な姿だった。


「飛鳥の服装も新鮮でいいと思うよ」


 飛鳥に感想を言うと、不満そうに両頬を膨らませてきた。


「俺、何か不満になるようなことを言った?」

「言葉が足りなくて不満なのですよ。私は風磨くんの服装を見て何と言いましたか?」


 それを言われて、数秒前のことを思い出す。


 確かに飛鳥が言ったのは……『新鮮で格好よかった』だよな。


 つまり言葉が足りないのはカッコよかったの部分になる。男性で“格好いい“なら、女性にいう言葉は“可愛い“だよな。


(俺が可愛いと伝えるのか?!)


 飛鳥に視線を戻すと微笑んできた。


「何が足りないか分かりましたか?」

「分かったけど…言い慣れていないから、かなり恥ずかしいんだけど」

「それは私だって同じです。私だって本人を目の前にして格好いいと言ったことありませんよ」


 それは意外だな。

 飛鳥だったら、いろんな男子から『俺、格好いいでしょ?』や『俺のことどう思っている』と聞かれてもおかしくないはず。


 と思っていたら、飛鳥は補足してきた。


「ちなみにですが、いまのは一般人に限った話なので、父親や俳優さんは入りませんからね」

「それは分かってた。仮に俳優さんたちにも言っていなかったら、それはそれで凄いと思うけどね」

「それは無理でしたね。子供の頃から父親の仕事現場に行き、共演者の俳優さんを見るたびに格好いいと言っていましたから」


 「格好いいの安売りですね」と飛鳥は苦笑しながら付け加えた。


「そんなことはないと俺は思うな。子供の頃の憧れは誰にだってあるものだし」

「ふふふ。とても風磨くんらしい考え方だと思いますけど、私に対しては言ってくれないのですか?」

「そ、それは…」


 上手く話が逸れていたと思ったけどダメか。

 確かに素直に“可愛い“の一言を言えばいいのだけど、その勇気がなかなか出てこない。


 突然、飛鳥は俺の手を握ってきた。


「って、急に手を握ってどうしたの?!」

「いつまで経っても言ってくれそうにないので、言ってくれるまで悪戯をすることにしました」

「それは…つまり…」

「こーゆうことですよー!」

「 !? 」


 握っていた俺の手を自分の頬の位置まで持っていくとすりすりとしてきた。


「飛鳥さん?!」


 俺の反応を楽しんでいるのか、今度は握っていた手を離して俺の頬をむにむにして来た。


(これは悪戯ではないよな?)


 そもそも悪戯は人に迷惑をかけるものだけど、俺は迷惑というより段々とご褒美に近い。

 だけど、これ以上のことをされると俺の心身が持ちそうにない。


(やるしかない)


 そう決意した俺は、飛鳥の手を優しく掴んで頬から離した。


「どうしましたかー?」


 分かっているはずなのに、分かっていないフリをする飛鳥。


「今日の飛鳥の服装なんだけどさ」

「はい」

「と…とても可愛いと思いました」

「風磨くん、よく出来ましたね」


 そう言いながら、飛鳥は頭を撫でてきた。


 俺の顔が熱くなるのを感じた。


「どうして俺は頭を撫でられているのかな?」

「時間は掛かりましたけど、ちゃんと言えたことによるご褒美になります」

「………子供かよ!」


 俺がツッコむと、飛鳥は「ふふふ」と笑った。


「確かに風磨くんは子供みたいですね」

「納得いかないな…」

「では、もう一度私のことを可愛いと言ってくれたら子供認定を取り消しますよ」

「そのシステムは何?!」


 でも、たった一言を言うだけで子供認定が取り消されるなら断る理由はない。

 それに「可愛い」と言うのは二度目になるから、さっきよりも恥ずかしさは無くなっている。


「本当に子供認定を取り消すんだよね?」

「もちろんです」

「分かった」


 俺は深呼吸をして、飛鳥の目を見た。


「飛鳥、可愛いよ」


 そう伝えると、飛鳥の顔がだんだんと赤くなっているように見えた。


「えっと…これでいいかな?」

「大丈夫ですけど…色々と反則すぎます」

「何が反則なの?」

「それに関しては風磨くんは知らなくていいです」


 そして飛鳥は「十五分後に玄関前に集合です」と言って、俺の部屋から出て行った。

 

「一体、何が反則だったんだ?」


 そんなことを考えながら、部屋で時間を潰した。

 

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