第5話 可愛い同級生とナンパ対策

 ゴールデンウィーク最終日。

 霧宮さんとお出掛けをする当日になった。

 そして現在、数日前に打ち合わせで決めた待ち合わせ場所ーーーゾウの銅像の前で立っていた。


 そもそも、まだ同棲はしていないので、霧宮さんは山神さんの家にいる。つまり一緒に行くことは可能だったのだけど、


『友達との待ち合わせに憧れているので現地集合にしましょう!』


 と言われた。

 まあ霧宮さんに憧れていると言われたら断ることも出来ず、ただ頷くことしか出来ないんだよな。


(押しに弱いな、俺)


 それに彼女なら何度も現地集合を経験しているとは思うけど、それらはカウントしないのかな…?


 ふと、あの日のことを思い出す。


『あの人たちにとって、私はただの自慢要素。普通の友達同士とは掛け離れているのよ』


 やっぱり、カウントされないんだろうな。


 そう結論付けて、ポケットにしまってあったスマホを取り出して時間を確認した。


「待ち合わせの十一時まで後少しか」


 待ち合わせまで後少しと分かったのでスマホゲームを起動させた。そしてクエストの中から、どのクエストをやろうかと選んでいると、


「待ち合わせに急いでいるので離してください」


 聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。

 

 スマホをポケットにしまい、声のする方に視線を向けると、霧宮さんが金髪の男に絡まれていた。

 

(霧宮さん?!)


 よく見ると、男は霧宮さんの腕をとしっかりと掴み逃げられないようにしている。

 何とか体を左右に揺らして逃げようとするも、彼女とは体格と力に差があり振り切れない様子。


(やばいな)


 信号が青になったタイミングで俺は霧宮さんの元へと駆け寄った。そして彼女の腕を掴んでいた手を強く掴み、彼女の腕から引き離した。


「おい、何するんだよ」

「それはこっちの台詞だ。 彼女は俺の連れだから、今すぐにどこかへ消えてください」

「うるせーな」


 男は手を勢いよく振り払い、そして嘲笑した。


「地味なお前がこんなにも可愛い子の連れな訳がないだろ。 正義のヒーローごっこは辞めて、お家に帰るんだな」


 何を言っても耳を傾けてくれない男。

 さて…どうしたものか。霧宮さんだけでもこの場所から離れさせたいけど……難しいよな。


 例え、男が諦めたとしても、違う場所で鉢合わせになったら報復や彼女を無理矢理連れて行かれる可能性もある。穏便に済ませる方法はないかな…。


 思考を巡らせていると、突然右腕にふにゅ…と柔らかい感触を感じた。視線を向ければ、霧宮さんが俺の右腕に抱き付いていた。


「彼は私の……彼氏です。 なので、早くお引き取りください。 初デートの邪魔をしないでください」

「き…霧宮さん?!」


 彼氏ってどうゆうこと?!

 俺たちはまだ付き合っていないし、デートではなくて普通のお出掛けをしに来たはずだよね。

 

「マジで彼氏だったらあり得ないわ。 君みたいな可愛い子と付き合えるのは俺みたいなイケてる男。 そんな奴とは別れて俺と楽しいことしようぜー?」

「貴方なんか私の好みではありません。 それに自分をイケてる男と言う人は嫌いです」

「おい、可愛いくても言葉には気を付けた方がいいと思うぞ? 痛い目に遭いたくなければな」


 男は握り拳を見せて脅しをかけてきた。


 それでも霧宮さんは屈しなかった。


「何度でも言います。 私は貴方のことなんか好きではありません。 どこかへ消えてください」

「もういいわ。 素直に俺の言うことを聞いていれば、痛い思いを済まずに済んだのにな」


 男は握り拳を霧宮さんの顔に向けて振り下ろす。


(霧宮さんには絶対に怪我をさせない)


 俺は男と彼女の間に割り込み、腕を前に出して防御の姿勢をとった。そして男の握り拳が後少しで届きそうになった途端、


「お兄さん、そこの交番まで来てくれるかな?」


 目を開けると、男の握り拳は目の前で止まっており、横に視線を向ければ警察官が男の肩と腕を掴んでいた。


「なっ…?! 警察だと!?」

「君たち大丈夫だったかな?」

「はい。 助けていただきありがとうございます」

「ありがとうございます」

「これも警察官の仕事だからね。 さて、君には事情聴取として交番に行こうか」

「離せ。 俺は何もしていないだろ」

「それも交番で聞くから暴れないの」

「くそっ…」


 抵抗を諦めた男は警察官と共に交番の中へと消えていった。

 

 これにて一件落着かな。

 霧宮さんを見たところ外傷はなさそうだし、メンタル面も大丈夫そうだ。あの時の強気な彼女を見てれば、そんな心配はいらないのかも…な。


 霧宮さんは微笑した。


「柳木くん、お疲れ様です」

「あ…ありがとう。 本音を言えば、立ち向かうのは少し怖かったけどね」

「それでも立ち向かった柳木くんはカッコ良かったですよ」

「強気に反論をしていた霧宮さんに褒められると、少し嬉し恥ずかしさがあるね」


 そう言うと、霧宮さんは赤面したように見えた。


「その…恥ずかしいです。 自分の身は自分で守れと父によく言われていたので……恥ずかしい」


 流石、俳優の娘さんだ。

 霧宮さんの父親は有名なアクション俳優だった。

 そんな父親の元にいたのだから、強気な反論も頷けるし、護身術も完璧に違いない。


「大事にされていたんだね」

「そうですね」


 少し暗い雰囲気になってしまったけど、霧宮さんに聞かないといけないことがあるな。

 先程、彼女が口にした『彼氏』と『デート』だ。

 この二つの真相を聞かないと、ずっと気になってお出掛けに集中が出来なくなってしまう。


「その…霧宮さん」

「どうしました?」

「さっき男に言ったことなんだけど…『彼氏』と『デート』はその場を逃れる為だよね?」

「 !! 」


 言葉を聞くと、自分の言葉を思い出したのか再度赤面をした。そして左右の人差し指をツンツンしながら口を開いた。


「ダメでしたか?」

「ナンパ対策の完璧な対処だったと思うよ。 だけど俺たちは付き合っていないから、再度別の場所で鉢合わせになった時のことも考えないとね」

「柳木くんらしいですね…」


 ため息をつく霧宮さん。

 そして首を軽く振った後、微笑しながら右手を差し出してきた。


「では、お出掛けからデートに変更しましょう!」

「……えぇ?!」

「そして柳木くんは今から私の彼氏(仮)です!」

「色々と思考が追い付いていないんだけど…一つだけ聞きたいのは(仮)とは?」

「まだ私たちは付き合っていません。 同棲をしたとしても付き合うとも限りません。 なら、(仮)にすれば付き合った経験はゼロになります」


 可愛い同級生がドヤ顔で謎理論を言っている。

 つまり自分の恋愛経験に罰を付けたくないとか言っているようなことだろう…か?


「それにデート形式にすれば、お互いのことをより良く知ることが出来るかもしれませんよ?」


 こっちが本命ぽいな。

 でも霧宮さんの提案には一理ある。これから一緒に住む者同士、色々と知らないことだらけだ。

 

 だから、俺は彼女の提案に頷く。


「分かった。 その提案で一日過ごそう」

「では」


 再度、右手を差し出してきた。


「こちらの手を握ってください」

「……はい」


 俺は霧宮さんの右手を左手で掴んだ。


「それでは、繁華街の方へと移動しましょうか」

「だな」


 同級生の女子と手を繋いだのはこれが初めて。

 少し耳が熱くなるのを感じながら、俺たちは繁華街に向けて歩き出した。

 




 

 

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