第42話 集団転移
人間とエルフはイシスという同一の女神を信仰しており、神話によると、生前に善行を積んだ人間がエルフに生まれ変わるとされている。
一方、ドワーフはムーという男神を崇拝しており、お互いに異教徒であるということが、現在のそれぞれの関係性に大きな影響を与えている。
王国にはイシス教の教会が各地にある。各教会の運営は全て女性が行っており、神父ならぬ神母が取り仕切っているが、その神母をエルフの女性が務めている。人間はシスターとして、神母の配下で働いている。
王都には教会の総本山であるイシス大教会があり、そこには女教皇であるコリネがいる。コリネはエルフ聖女団と呼ばれる大魔法使い四人に護衛されていた。
***
イシス大教会では、年に一度の大集会が行われていた。各教会の神母が一堂に会し、本国からの指示の共有と、魔石の配給を受けるのだ。
王都近郊のミスラス教会の神母テレネは、昨年神母として本国から教会に派遣され、大集会は今回が初参加となる。
大聖堂を埋め尽くす二百席には、各教会の神母が着席していた。テレネもその一人だ。
神母たちの前方には、イシス像が掲げられている壇上があり、そこにコロネが腰掛け、斜め前と斜め後ろをコロネを囲うように聖女団の四人が守護をしている。
「それでは、大集会を始めます」
壇上の右端に本日の司会を担当する神母が立ち、開会宣言を行なった。
「まずは、転移者の件について、本国から教会宛にいくつか注意事項が来ております。すでにご存知の方が大半とは思いますが、念の為、この機会に改めて情報共有致します」
テレネは本国からフォンで聞かされた注意事項を思い出した。
転移者十一名が地上に出て、ドワーフに協力していること
生産職含め、全員がキリネ様と同等の力を持つ化け物であること
王国駐在のエルフ兵全員が拉致されてしまったこと
転移者が自由に本国には入国できないように魔法契約を結んだこと
司会者の話はテレネが知っていることがほとんどだったが、知らないことが一つだけあった。他の神母も初耳だった人が多かったようで、少し会場がざわついている。
(転移者の四人がエルフ側についた!?)
転移者を調略したこと自体に驚きはない。聞くところによるとまだ十七年しか生きていない転移者を、数百年も生きているエルフが調略できないはずはないのだ。
驚いたのは、調略出来たことではなく、調略という手段を長老会が選択したことだ。下等生物である人間を殺しもせずに、味方として本国にかくまうという判断を長老会がしたことにテレネは驚いた。
(残っている転移者を警戒しているということなのかしら?)
そのときだった、司会者の右側に突然人間の男女が現れた。
男の方はいかにも人間らしい平凡な顔つきだったが、女はエルフに匹敵する整った顔立ちをしていた。胸が大きくなければ、エルフと見分けがつかないほどの美貌だ。
会場は一瞬騒然となったが、さすがは本国で選抜された神母たちだ。すぐに自身に守護結界を張り、身を守った。
コロネと聖女団の四人が、すぐに人間に攻撃魔法を放ったが、人間は赤色のシールドを張り、魔法を全て弾いてしまっている。
(何をしているのかしら?)
人間が張った赤いシールドは半透明で、中がうっすらと見える。
(胸を揉んでいる……?)
男の方が女の方の胸を揉んでいるように見えるのだ。人間は年中盛りがついていることは知っていたが、まさかこんなときにまでもお盛んだとは、テレネは人間の性への執念に恐怖すらした。
だが、コロネと聖女団の魔法を弾くなど、尋常ではない。あの人間たちが相当な強者であることは間違いない。
「皆さん、すぐに会場を出てください!」
司会者に言われるまでもなく、それぞれの神母が会場から出ようとしたとき、猛烈な揺れが会場を襲った。立ってはいられないほどの大きな揺れだ。
揺れは十秒ほど続き、ようやく収まった。
人間二人はまだ赤いシールドを出したままだが、会場の入り口が開いて、新たに三人が入って来た。容姿は整っているが、恐らく全員が人間と思われる女だ。
そのうちの二人が聖女団に魔法を放ったようで、聖女団の四人が紙切れのように聖堂の壁まで吹き飛んでいった。逆にテレネには、ものすごい重力がかかり、テレネは無理矢理床にうつ伏せの状態にさせられてしまった。
テレネは体を起こすことができない。目だけ動かして辺りを見ると、神母全員がうつ伏せになっているのが見えた。
コロネの方を見ると、赤いシールドを張っていた男女が、シールドを解いたようで、コロネの両脇を抱えて、抵抗できないようにしているようだ。
(エルフの私たちが、こんなに簡単に人間に制圧されるなんて……!)
テレネは起きていることが信じられなかった。エルフ二百人が、人間五人に手も足も出ないのだ。そういった状況の中で、一人の人間の女が壇上に上がって、神母たちに向かって話をし始めた。
「エルフ諸君。私は安田恭子だ。転移者の一人だ。君たちはドワーフ国に教会の大聖堂ごと転移した。呪縛の効果も付与した転移魔法だ。この収容所から、君たちは一生出られない」
テレネは声を出そうにも声を出すことが出来ない。他の神母たちも同様だ。聖女団の四人は壁に張り付いたまま身動きがとれないでいる。
二人の人間が目をつぶっているのが見えたが、恐らく彼女たちが重力魔法を発動させているのだろう。とんでもない威力だ。
「我々の仲間四人と諸君たち二百人の人質交換をエルフの本国に申し入れるつもりだ。結果を待っていてくれ。それまでの間、機織りに精を出してもらう。詳細は監督官の説明をきくように」
そう言い残して、転移者と思われる五人は消えた。
重力から解放され、よろよろと立ち上がって、扉から大聖堂の外に出ると、四方を高い壁に囲まれた収容所の中にいた。
テレネが収容所の建物に入って行くと、そこには機織り機がずらりと並べられていた。機織り機に座っていた女性が立ち上がって、テレネたちに近づいて来た。
「私が監督官のルミエールです。幻影体ですので、攻撃しても無駄です。今から、機織りの手順を説明します。ノルマは一日一反です。ノルマが守れない人は娼館に送られます。そんなことは私もしたくはないので、頑張って下さい」
テレネは自分に突然降りかかった不幸に、なかなか適応出来ないでいたが、他の神母と同じように、やがて静かに機織りを始めた。
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