第25話 経験者
暗くなると、廃都ナハには強力な魔物が出現することもあるため、日のあるうちに俺たちは地上に戻って来た。聖女がすぐに聖女官邸への転移魔法を唱えた。ダンジョンから地上への転移魔法は発動しなかったため、地上に着いてから起動させたのだ。
聖女官邸でいったん各部屋に戻って、着替えなどを済ませた後、今後の方針を確認すべく、聖女隊も招集して、会議部屋で打ち合わせが開かれた。
聖女から聖女隊にこれまでのあらましが説明された。
絵梨花の告白を受け、絵梨花の精神を健やかにするためにも、俺は自分が彼女の側にいる時間が増えるように、一刻も早く地上に彼女を連れ出すべきだと思い、聖女に協力を要請したのだ。
「召喚魔法で異世界人を召喚している事実は、人間界には知らされていなかったわ」
聖女がそう言って、ルミエールに視線を移した。
「ドワーフにもそういった話は出ていないと思います。エルフでも知っているのは一部ではないでしょうか」
「ルミさん、『エルフ様』ね。人間界ではエルフ様への不敬罪が適用されるから、気をつけてね」
「あ、わかりました。すいません」
「エルフ様にお会いできるのは限られた人間のみ。ましてや、エルフ国を調べまわるなんて、出来るわけないわ。ユウト、何か考えはあるの?」
聖女から聞かれて、まだまとまっていないが、俺は自分の考えを口に出した。
「エルフ様に化けられるといいのだが、ルミはエルフ様に変化できるよな。それで、バレたりはしないのか?」
「私のはバレないです。エルフ様には特有の『魔紋』があって、エルフ様の血が流れていれば、この『魔紋』が現れますので、関所でもエルフ様であることは証明できます。ただ、ビザがないので、入国審査で身元証明ができないです」
「いったんエルフ国内に入ってしまえば、何とかなるのか?」
「はい、大丈夫だと思います」
「聖女が招待されるようにして、ルミがお付きとして入国できれば、エルフ様に化けて、調査できるということだな」
「そうですね。ね、私って使えるでしょう?」
こいつは調子に乗らせないようにしないといけない。絶対に褒めたり、ありがたがったりしてはいけない。
「問題はどうやって聖女を招待されるようにするかだ」
「私に考えがあるわ。これを使うのよ」
聖女はそう言って、ダンジョンから持ってきた魔石を俺に見せた。
「なるほど。では、そちらは聖女に任せよう」
「ええ。ユウトのお手伝いの件は以上ね。次は聖女の次の任務について話すわよ」
***
聖女の任務のメインは病院の巡回だ。俺がついて行く必要性があるかどうかは甚だ疑問だが、今日も聖女隊とともに、聖女の病院訪問に随行した。ルミエールもキュアが使えるので、聖女隊見習いとして付いてきている。
聖女を先頭に病院内を巡回して、患者一人一人に適切な処置を行う。
「聖女様、ありがとうございます」
「聖女ちゃま、ありがと」
王国内に病院は100か所以上あるが、転移魔法を使って、1ケ月で100か所を回る。
「もっとペースを落とすように進言しているのだが、アナスタシア様は患者が首を長くして待っているのにそんなことはできないと聞き入れてくださらないのだ」
イブがため息交じりに教えてくれた。
国内に実用可能なレベルのキュアやヒールを使えるのは、聖女と聖女隊のみだ。病院には薬師や治癒師がいるが、聖女たちが来るまでの応急措置を行い、本格的な治療は聖女たちが行う。
「ルミさん、あなたが加わってくれて助かったわ」
確かにルミエールのキュアは強力で、聖女に匹敵する。しかし、聖女、それを言ってはいけない。ルミエールが調子に乗ってしまう。
「ほ、ほら、お兄ちゃん、私、役に立ててるみたいです」
「次の患者が何か言っているぞ」
聖女も聖女隊も若くて美しい娘ばかりなので、男の患者の鼻の下は伸びっぱなしだ。瀕死の患者にセクハラする余裕はないが、病状の軽いもののなかには不届き者がいたりする。
聖女や聖女隊の苦労を考えれば、恩を仇で返す許しがたい行為なのだが、俺は例によって、感情の起伏が乏しく、腹は立たないが、多少イラっとはする。かといって、せっかく聖女たちが治療した者を殺したりはしない。
聖女や聖女隊もそんなアホに構っている暇はなく、気にも留めない。だが、ルミエールはそうはいかない。次から次へとチャームをかけ、不届き者には財布を持って来させていた。
「はい、お触り料1万円になります。毎度あり」
聖女たちは笑って、ルミエールの好きなようにさせていた。
ルミエールはムードメーカーとしても役に立っているが、こいつはどうして俺たちにくっついてくるのだろう。「ヤマダ」という組織の方針なのか?
聖女たちが診察をしている様子を見ながら、俺は隣にいたルミエールに聞いてみた。
「おい、ルミ。お前、何が目的だ? どうして俺たちに付きまとう?」
「正直に言いますね。お兄ちゃんはエルフ様を倒せる唯一の存在なのです。恩を売っておけ、と組織から言われているのです」
「俺ではなく、聖女に恩を売っているんじゃないか?」
「お兄ちゃんの役に立つには、体で払うしかないです。だから、いつでもしていいって、言ってるじゃないですか。溜まってないのですか? 感情には乏しいけど、性欲はあるのでしょう?」
確かに睡眠欲、食欲、性欲はある。だが、こいつとするとテイムされてしまう。
「なるほど。いつか俺が手を出すことを狙っているのか?」
「まあ、そういうことです」
「俺をテイムしなくても、絵梨花を外に出してくれたら、何でも手伝うぞ」
「ええ、それは期待していますが、そのミッションはハードル高すぎです。ですので、私に手を出させる方が簡単だと思うのです」
「困ったやつだな。俺が絵梨花を泣かせるようなことをするわけがないだろう」
「絵梨花さんには黙っておいてあげますから、いつでもどうぞ。鍵は開いてますから。お兄ちゃんも鍵開けて寝てくださいね」
「厳重に戸締りはしておく。ところで、一つ聞きたいのだが、お前、処女か?」
「お兄ちゃん、ス、ストレートすぎます。乙女に対して、そんな質問あり得ないですっ」
「そうだっけか? 経験者かそうでないか、どのスポーツでも普通に聞くだろう? どうなんだ?」
「こ、このセクハラオヤジ、信じられないです。ノーコメントです。アナさんにも同じ質問できますか?」
「聖女にこんな質問できないに決まっているだろう。ルミなら問題ないと思って聞いているんだ」
「私は妹で身内だからという親近感の現れということで許します。でも、どっちに回答しても気まずいじゃないですかっ。そういうのは聞かないでおくのが紳士ってものです。ノーコメントですっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます