第24話 告白

 俺の追放処分は撤回され、いつでも自由に屋敷に出入りしていいことになった。市岡と佐竹は最後まで反対していたが。


 聖女とルミエールはすぐに女子たちに打ち解けて、話が弾んでいるようだ。ヒミカとカナも意外なことに女子たちに割と溶け込んでいて、談笑の輪に加わっている。


 利害が一致すれば、仲良くやれるということか。


「桐木くん、ちょっと二人で話したいのだけれど」


 談笑の輪から一人外れている俺に絵梨花が話しかけて来た。


「ああ、じゃあ、俺の部屋で話すか?」


「えっと、外の庭でいい?」


「もちろんOKだ。ヒミカさん、少し絵梨花と外で話して来ます」


「いいぞ。青春して来い」


 ヒミカは意味ありげに微笑んだ。この人、本来はこんなキャラなのか?


 俺と絵梨花は言葉を交わすことなく、玄関ホールを通って、外に出た。庭には加世子が作ったというベンチがあり、そこに二人で座った。


「絵梨花、憑依中の俺も呼んだ方がいいか?」


「ううん、このままがいい」


 感情のない今の俺、感情のある憑依中の俺、その二つが融合した本当の俺、俺には三種類いるが、憑依中の俺と本当の俺がフラれた瞬間だ。


「桐木くんは何歳なのかな?」


「肉体的には十七歳だが、精神的には四十二歳だ」


「奥さんやお子さんはいたの?」


「いなかった」


「どうして?」


「どうしてかと質問されてもな。縁がなかったとしか。付き合っても長続きしなかったし、仕事は死ぬほど忙しかったし。今から振り返ると、ただ単に生きていただけの人生だったかもな」


「どうして過去に戻って来たの?」


「戻って来たのは俺の意思ではない。死神に頼まれて来たんだ」


「でも、OKしたのでしょう?」


「タイムリープは問答無用だった。だが、クラス転移は一度断った。そうしたら、御堂絵梨花がいるぞ、と死神に言われて、だったら、転移してもいいかと思った。だが、その思考は今の俺が分離する前のオリジナルの俺のものだ」


「……。じゃあ、憑依しているほうの桐木くんを呼んでくれる?」


「分かった」


 俺は憑依体を呼び戻した。


(おい、このタイミングで呼ばれるとは思ってなかったぞ)


(絵梨花が話があるそうだ。俺を制御していいぞ)


(なあ、制御ではなく、人格の融合はできないのか?)


(出来るが、融合すると、いったん俺とお前は全く同じになる。その結果、感情がないという長所が失われてしまう。死神に再度、調整を頼まない限り、元に戻せなくなる)


(感情がないのは長所か?)


(目的を果たすためのマシンになれるのは長所だ。俺は人生を幸せに生きるという目標を持っているわけではないからな。短所にはならない)


(だが、こんな大切な話のときに、本当の自分でないなんて、あり得ないだろう)


(絵梨花は憑依中の俺を呼んでくれと言ったんだ。まずはお前が話せ。融合して欲しいとは言われてないぞ)


(分かったよ)


 俺は体の主導権を憑依体の俺に渡した。憑依体の俺が話を始めた。


「御堂さん、三分だけ話せる。何か大事な話?」


「クールな桐木くんからは一生守ると言われたけど、よく考えたら、あの聖女さんの騎士と同じじゃないかな。スキルが『絵梨花の騎士』だし、あれってプロポーズではないと思う」


「そう言われてみれば、そもそもクールな俺は、結婚とか考えないしな……」


「だよね。でも、あなたも同じ気持ちだって言ったでしょ? あれはプロポーズなの?」


「この先もずっと一緒にいたい、という意味だからプロポーズだ。ただ、別に結婚にこだわりはないから、一緒にいられれば、結婚しなくても問題はない」


「例えば、私が他人の妻で、その夫婦の友人として、一緒でも問題ない?」


「それは違うな。結婚はしなくてもいいが、一番の伴侶としてそばにいたい、という意味だ」


「はっきり言うね。私はクールな桐木くんが好きなの。でも、彼は絶対に私を愛してくれないと思う。だって、彼にはそういう情がひとかけらもないから。でも、そんな桐木くんを私は好きでたまらないの」


「そうか。なぜ俺に話す?」


「あなたのプロポーズへの答えのつもりよ」


「俺はフラれたということか」


「うん、ごめんね」


「一ついいか?」


「どうぞ」


「俺のどこがダメなんだろうか」


「ダメなんかじゃない。ただ、好きな人が別にいるってだけ」


「それも俺なんだが、俺とはどこが違うのだろうか」


「私のことを好きでないところに惹かれるの。私のことを第一に考えてくれて、私のことをいつも守ってくれる。でも、私を好きだという愛情を全く感じない。私にはそれがとても心地いいの。私は人からの愛を重く感じてしまうから」


「分かるような、分からないような……」


「うん。クールな方の桐木くんは、こういう私の気持ちを分かろうともしないはずよ。私がどうであれ、彼は常に私を受け止めてくれて、守ってくれるの」


「でも、いつか奴の愛が欲しくはならないだろうか」


「今でも欲しいわよ」


「うーん、よく分からないかも」


「心の説明は難しいし、人の心を完全に理解することなんて出来ないと思うよ」


(おい、あと十秒ぐらいだ)


「そうかもな。でも、はっきり言ってくれてありがとう。そろそろ時間だ。また、明日」


「うん。あなたの方を好きになったら、よかったのに」


 憑依体が去った後、絵梨花がしんみりと呟いた。


「最後の台詞は奴には聞こえなかったぞ」


「うん、そう思って言ったの。聞こえていてもよかったけど。桐木くん、話は聞いていたのでしょう?」


「直接聞いてはいなかったが、あいつの記憶は俺の記憶に同期されるから、聞いていたのと同じだ」


「私、あなたのことが好きでたまらないみたい」


「そのようだな。だが、俺に絵梨花に対する恋愛感情がなくても、そう悲観する必要はない。俺は絵梨花のことを常に第一に考えている。確かに恋愛感情は持っていないが、俺の行動そのものは、絵梨花一筋で絶対的な愛に満ち溢れているぞ」


「そうなのよね。それは分かってる。じゃあ、地上に出なくていいから、私と一緒にいて、と頼んだら?」


「ヒミカを敵に回すことになるから、得策ではない。それに、絵梨花は地上に出た方が、絵梨花のためにもいいと思う」


「ええ、そうね。ちょっと言ってみただけ。あーあ、変なの好きになっちゃったなあ」


「何度も言うが、悲観することはない。それから、聖女もルミエールも気にする必要はない。俺が彼女たちを好きになることは絶対にないし、そもそもあれはただの仕事仲間だ」


「じゃあ私は?」


「そうだな。一番大切なもの……かな?」


「今はそれで我慢かな」


「だが、仮に俺が絵梨花を好きになったら、俺に興味がなくなるのではないか? そういう感じがするぞ」


「確かにそんな気もするけど、そうなるとは限らないし、好きになって欲しいとは思ってるよ。でも、絶対に私を好きにはならないのでしょう?」


「今はそう思っている。感情が出ないように俺は調整されているからな。だが、世の中に絶対なんてことはないのも事実だ」


 絵梨花との話はこれで終わりだった。


 憑依体の記憶が同期され、俺たちが来るまでの市岡の様子が分かったのだが、麗亜のことを相当意識しているようだ。しかし、麗亜は俺に気があると思っているらしく、市岡は俺に嫉妬しているようだ。


 高校生はこれだから面倒だ。色恋沙汰が多すぎるのだ。次に死ぬのは今のところ市岡だが、まさか俺が殺すのではないだろうな。

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