第23話 特訓
騎士の叙任式は滞りなく終了し、昼過ぎにダンジョンへと向かった。
ルミエールは最初から付いてくる気満々だったが、ダンジョンに行く許可を聖女にもらおうとしたところ、彼女も付いてくることになってしまった。
俺が異世界人でダンジョンから来たこと、ルミエールが本当は妹でないこと、などを道中で話したが、「まあ」とか「あら」というだけで、特に気にならないようだった。
「私は単純にユウトの戦闘力が魅力なの。何があっても、絶対に離さないから。もう騎士の誓いを立てたでしょう?」
真顔でそう言われたが、問題はない。俺は一生涯かけて守る女性が、絵梨花とアナスタシアの二人になったわけだが、それでもやはり、「聖女の騎士」という立場は人間界で色々とメリットがあるように思う。
三人でダンジョンの入り口の廃都ナハに降り立った。最初は緊張気味の聖女とルミエールだったが、スライム、ゴブリンといったところから徐々に慣れてもらい、オーガを打ち倒したことで自信がついたようだ。
「魔物が死ぬと消えて、魔石になるなんて、不思議ね」
「魔石の原石は真っ赤なんですね」
聖女もルミエールも魔石の原石は初めて見るらしい。魔石の加工品は薄いフィルム状で、紫色をしているらしい。
「廃都ではトロールにさえ遭わなければ大丈夫だ」
お互いに昨日初めて会った三人が成り行きで組んだチームだが、案外、このトリオはバランスがいいかもしれない。
俺が前衛で、その後ろにルミエールがいて、さらに後ろに聖女がいる隊形だが、ダンジョンの森に入っても非常にうまく機能している。トレントもゴーストも危なげなく倒すことが出来た。
ルミエールは恐らく絵梨花と同じか、あるいは似たロールだと思うが、地上の人たちはステータスを見る能力はないらしい。そのため、教会で特殊な魔具で判定してもらうらしいのだが、それによるとルミエールは「聖女」だという。
「聖女なのに回復系ではなく、魅了系なのか?」
「せ、聖女には、に、二種類あるそうです」
こいつ、また何か嘘を言っているな。
「逆に私のロールは『聖女』ではなく、『女神の使い』なのよ」
「聖女よりも、そっちの方が凄くないか?」
「人間では私だけみたい。ちょっと自慢なのよ。ユウトは何なの?」
「俺は二つあるんだが、『殺人鬼』と『死神の使い』だ」
「二つとも物騒です。近づいたら、殺されるイメージしか湧きません」
「否定はしない。実際に何人も殺しているからな」
別に怖がらせる気はなく、事実をそのまま述べただけだが、意外にも二人とも平気なようだ。
「もうすぐ屋敷だが、念のためにもう一度言っておくぞ」
「分かってます。ヒミカさんには絶対に逆らうな、ですよね」
「そうだ。躊躇せず殺しに来るからな。カナはセクハラしなければ大丈夫だ」
俺たちは屋敷の前まで来た。
「セクハラなんてしないわよ。さあ、ユウト、ノックして」
屋敷の扉をノックした俺を出迎えてくれたのは絵梨花だった。満面の笑顔で扉を開けてくれたのだが、ルミエールと聖女の姿を見て、一気に冷えた表情になった。
「桐木くん、その人たち誰?」
声も妙に低いが、気にしないでおく。
「地上で世話になった人たちだ。ダンジョンに興味があるそうだ」
「アナスタシアです。アナって呼んでね。ユウトの恋人さんかしら? よろしくお願いね」
「こ、恋人だなんてそんな」
少し絵梨花の表情が柔らかくなった。聖女、ナイスだ。
「ルミエールです。お兄ちゃんがお世話になってます。妹です」
こいつ、妹と言うなと言っておいたのに。
「い、妹?」
「絵梨花、まあ、そういうことだ。ヒミカに呼ばれて戻って来た。ヒミカはいるか?」
「いらっしゃるわよ。えっと、三人で会うの?」
「そのつもりで連れて来た」
「分かったわ。こちらにどうぞ」
絵梨花がリビングの方に向かって歩いて行く。二階の方を見上げると、廊下から玄関ホールを歩く俺たちを市岡と佐竹が見ていた。
(女子たちはどうしたんだ?)
俺の疑問はすぐに判明した。女子は全員、リビングにいたのだ。ヒミカとカナとクラスの女子八人がリビングに勢揃いしていた。
「桐木勇人、よく来た。待っていたぞ。その二人は地上のものか?」
「そうです。地上の話になったときに役に立つかと思い、連れて来ました」
俺が敬語を使っているのを聞いて、聖女とルミエールは少し意外な表情を見せたが、すぐに引き締まった顔になった。それほどまでにヒミカは怖い存在だということが伝わったようだ。
「なるほど、気が効くな。実に愉快だ。気に入ったぞ。そこに座るがよい」
俺たちは勧められたソファに座った。ヒミカが何だか優しい?
「市岡からすべて聞いたそうですが、俺は『死神の使徒』です」
「らしいな。こっちに召喚で来ていないから、自由に外に出られるのか」
「そのようです」
「で、私たちも出られそうか?」
「ダンジョン入り口付近で死んで、遺体を地上に運んで、そこで復活すれば出られるそうですが、レベルが1になってしまうそうです」
「その方法はダメだな。復活前に魔石になってしまうな」
「その通りです。他に手段がないかどうか調査しようと思っていますが、それにはエルフから話を聞き出す必要があります。ただ、エルフはかなり強いようです」
「そうでもないぞ。年に一度ここに来るエルフの使者のレベルは30前後だ。我々のなかではひよっこだ。まあ、使者だから弱いというのかもしれないが」
「あの、ヒミカさんはどれくらいのレベルなのでしょうか?」
「100だ。恐らくレベルの上限だと思う。過去数十回の召喚で、レベル100に達しているのは私を含めて四人だ」
やはりヒミカは最強か。だが他に三人いるのか。
「ナビゲーターのカナさんは50と聞きました」
「カナはまだ二百年しか経験を積んでないからな。だが、桐木勇人、お前は私が直々に鍛えてやる。数年でレベル100まで持って行ってやるぞ。週に一度、ダンジョンに降りて来い」
「俺は地上にいて大丈夫なのですか」
「当たり前だ。我々の脱出方法を探るのだ。お前が調査に集中できるように、調査の期間中は、私がお前のクラスメートを守ってやる」
「ありがとうございます。ところで、なぜ市岡と佐竹はここにいないので?」
「ああ、私は童貞が嫌いなのだ。臭くてかなわん。お前からは童貞臭はしないな。では、さっそく第一回目の稽古だ。ついて参れ」
そう言った瞬間、俺とヒミカは青白く光る薄暗い部屋にいた。
「ここは地下三階、獣人のフロアだ。フロア最強のミノタウロスから行ってみるか。お前たちの前に召喚した集団を全滅させた個体を隣室に封印してある」
「全滅ってあるのですね」
「味方同士で殺し合いが始まらない集団は、成長が遅く、遅かれ早かれ魔物に皆殺しにされる。ここ五十年は殺人への忌避感が強く、全て全滅だ。だから、今回は私が最初の殺人を犯すことで、仲間殺しを誘発させるようにしたのだ」
「そうだったのですか」
「全滅してしまうと、魔石の全回収が難しくなり、また改めて召喚しないといけなくなってしまうからな。通常は二百年に一回のペースなのに、ここ五十年は全滅続きで、十回も召喚している」
「ナビゲーターが集団を保護するということはないのですか?」
「保護すると自分たちで強くなろうとしなくなる。命をかけて魔物と積極的に戦いたいと思うものなどいないからな。ナビゲーターは班が全滅したときに、人間の魔石が拡散しないようにするだけだ」
二班の全滅のときに見せたような動きか。
「さあ、おしゃべりはここまでだ。ミノタウロスの弱点は頭に生えている両角だ。行くぞ」
右の扉が開き、半人半牛の二メートル以上ある化け物が部屋に入って来て、俺を見つけるなり、耳をつんざくような雄叫びをあげた。
「ヴモオオオオおおおおおお」
気がつけば、ヒミカはどこにもいなかった。
(要はトロールと同じだ。ジャンプして、弱点の角を切る)
俺は腰の剣を抜こうとしたが、その瞬間、ミノタウロスの右手で吹き飛ばされ、右の壁にしたたかに激突し、そのまま失神してしまった。
***
目を覚ますと、青い目が前にあった。
「あ、ヒミカさん……」
「呆気なくやられたな。ミノタウロスのパンチは早い。パンチの出どころを見ていてはダメだ。奴の筋肉の動きを感じて、パンチを避けるのだ。今から再び送り込むぞ。行けっ」
俺はミノタウロスの部屋に転送された。運のいいことにミノタウロスの背後だったため、転送直後にすぐにジャンプして、角を狙って剣を振り抜いた。
角の片方を切ることに成功したが、着地を狙った後ろ蹴りが飛んできた。すぐに後ろに倒れ込んでやり過ごし、もう一度、ジャンプして二本目の角も切ることに成功した。
しかし、ミノタウロスは倒れなかった。こちらに反転して、パンチを繰り出して来る。
(これで死ぬわけではないのか)
だが、先ほどよりもスピードがない。俺はパンチをかいくぐって、腹に剣を刺した。
これがいけなかった。剣はミノタウロスの腹に刺さったまま、引き抜けなくなってしまった。
俺は剣から手を離し、部屋を逃げ回って、何とか回避していたが、遂には右肘のエルボーを脇腹に決められてしまい、またしても壁に叩きつけられた。
だが、今回は失神せず、何とか踏ん張ってキルを唱えた。
「キ、キル」
「ブモウォォォ」
ミノタウロスは膝をつき、前のめりに倒れた。
<<三十人分の魔石360000ポイントを取得しました。レベルが20に上がりました。ダブルの魔法を覚えました>>
「パージ」
俺のダメージが無かったことになって行く。
「やるではないか。お前は非常に冷静だな。恐怖はないのか? まさか二回目で倒すとは思わなかったぞ」
「すごい魔石ポイントでした」
「魔石は蓄積されるゆえに、こうやって死んだ人の分は取り戻せるが、スキルは消えてしまう」
「そういえば、好きなスキルを自由につくれるアンデッドがいると聞きました」
「ああ、いるぞ。地下五階のアンデッドフロアにいるマミーというミイラのアンデッドだ」
「『絶対魔法防御』というスキルを作り出して、それを取得すれば、エルフの魔法に対抗できるのではないでしょうか」
「なるほど。やってみよう。私の方でマミーにスキルを作らせるよう仕込んでみる。来週の特訓はマミー討伐といこう」
屋敷に戻ったら、みんなから驚かれた。俺はレベル15を超えたため、髪が金髪になっていたのだった。
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