第19話 聖女の騎士

 すれ違ったときに声をかけて来たセクシー美女は聖女だった。看護師風の五人は、聖女と聖女が率いる聖女隊だったのだ。


 ダンジョンからの魔物の流出は、実に二百年ぶりだそうだ。この国は「アルデリア王国」というのだが、王国は事態を重く見て、すぐに騎士と聖女を送り込んだという。


 討伐隊に装備のいいのが二種類いたが、白銀の鎧の方が騎士で、それ以外が冒険者だったようだ。だが、両方ともオーガに苦戦していたので、あまり強くはなかった。


 今、俺はシキン村の村役場の貴賓室で、聖女隊の四人のお姉様方と一緒に、聖女を待っている。聖女が転移魔法で王都に行って、国王に報告を済ませるまで、ここで待っているようにと言われたからだ。


 実はそろそろ憑依体を呼ぶ必要があるのだが、この美女四人を前にして、あのオヤジどっぷりの人格になるのはまずいと思う。それとも、とびきりの美女の聖女が帰って来る前に呼んだ方がいいのか。


 こんなアホらしいことで悩まなければいけないのは、そもそもあの男がアホすぎるからだ。あれも自分だとはいえ、頭が腐っているとしか思えない。


(仕方がない。呼ぶか。ただ、人格は乗っ取られないように釘を刺そう)


「お、充電時間か。いつもいいときに呼ばれるなあ。あれ?」


(聖女隊の皆さんだ)


「お、高校生の俺、俺と会話できるのか?」


(声を出すな。変人だと思われるぞ)


(お前、こんな大人の美女と何やってんだよ。俺には乳臭い女子高生の面倒を見させてよぉ)


(くだらない話はするな。三分しかないんだ。情報を送る。ここ半日ほどの地上での出来事をダイジェストで念じる)


 一分ほど憑依体は黙って情報を受け取っている。無表情のまま黙っている俺に対する聖女隊の「どうしたの視線」は無視するしかない。


(お前、厨二病か? 「眉間刺し」って何だよ。そのまんまだし、何だか「馬刺し」みたいだし、さすが俺だな。ネーミングセンスが全くない。それと着地後は一番無防備なんだから、いっそのこと後ろに倒れ込んでブリッジはどうだ?)


(なるほど、一考に値するな)


(お前、俺の潜在能力全開放なんだろう? 恥ずかしいから、あまり間抜けなことはするなよ。で、村を救って、聖女に気に入られた、ということか。しっかり仕事してるじゃないか。それで、どれが聖女さん? 皆さん、お綺麗だけど)


 こいつに恥ずかしがられるとはなんたる屈辱だ。こいつに憑依されていると、感情の波長に影響されるのか、苛つく感情が湧き上がって来るが、こいつと同じレベルでの言い合いにならないよう寛大に受け止めてやる。


(ここにはいない。彼女たちは聖女を補佐する聖女隊だ)


(お前、気が利かないな。聖女さんがいるときに呼べよ)


 寛大にな、寛大になるんだ、俺。


(三分チャージのタイミングを俺が決めているのを知っていたのか?)


(気付いたのは最近だがな。こっちの情報は渡さなくても大丈夫なんだろう?)


(それも知っていたか)


(お前が詩央を殺したときに分かった。詩央は幸せいっぱいの気持ちのまま逝ったのが、せめてもの救いだった。さて、そろそろだな。今度は聖女さんがいるときに呼べよ。じゃあ、また行ってくるぞ)


 憑依体が離れた。俺の気持ちも落ち着いていく。


 頭に来るやつだが、なかなか勘の鋭いやつだ。あっちの状況は分かった。俺側の女四人が市岡側の女四人を一生懸命説得しているらしい。絵梨花が俺を擁護する姿が、アホの俺には堪らなくいいらしい。アホめ。


 聖女隊のお姉様方が不思議そうに俺を見ている。


「すまぬ。独り言が出た」


「あ、ああ、大丈夫だ。疲れているのにすまんな。もう一杯お茶はどうだ?」


 変な独り言を話した後、三分近くも沈黙していれば、疲れていると思われても仕方あるまい。向かって一番左側のイブが、先ほどから気を使ってくれる。言葉は男口調でぶっきらぼうだが、優しい性格していると思う。


「結構だ」


「あ、聖女様が来られる」


 聖女隊の中央の空席に聖女が現れた。転移魔法はすごい。


「ユウト、お待たせしてごめんなさい。国王から許可を頂いたわ。あなた、私の騎士になったわよ。よろしくね」


「は?」


 これには感情の欠けた俺も驚いた。


「まあ、なんて栄誉なことなんでしょう」

「世の全ての男性が憧れるアナスタシア様のお抱え騎士に任命されるなんて」

「ユウト、素晴らしいことだぞ」


 聖女隊のお姉様方がやんやの喝采を始めた。


「ちょっと待って。聖女の騎士って、どういう役割なんだ?」


「一言でいうと、私の護衛よ」


「聖女の護衛か」


「そうよ。王国中で治癒を必要としているところに赴くのよ。国外の場合もあるわ」


 そうか。いろんなところに行けるというのは、悪くないかもな。


「分かった。一つ質問をしていいか」


「どうぞ」


「エルフの国にも行ったりするのか」


「言葉に気をつけなさい。エルフ様よ。エルフ様のお国にお招き頂くのはよほどのことだわ。でも、可能性はあるわよ」


 聖女は呼び捨てでもお咎めなしだが、エルフはダメか。エルフの扱いは要注意だな。


「分かった。いいだろう。だが、俺のような素性が分からないのが騎士になっても問題はないのか?」


「私は実力主義なの。あなた人間でしょう? 人間で能力があれば問題ないわ。過去も一切問わないわ。叙任式は明日王都で行うから、正式には明日から私の騎士だけど、仕事は今日からお願いね。聖女隊との自己紹介は終わったの?」


「イブ、ニーナ、サリー、シーアだったな。お互いに挨拶を交わした」


「上出来ね。今日の夜は、この地方の領主から祝勝パーティのお招きに預かっているの。後で衣装を届けさせるから、それに着替えて出席しなさい。パーティでは、常に私の後ろについて、監視を怠らないでね」


「誰かに狙われているのか」


「ええ、ドワーフどもにね。イブ、ユウトに国際情勢のレクチャーをお願いね」


「かしこまりました」


「では、いったん王都の聖女官邸に戻るわよ」


 俺は聖女に連れられて、聖女隊と一緒に王都に転移した。


 転移した場所は玄関ホールと思われた。聖女は俺に視線を向けてきた。


「ユウト、イブに案内してもらって。食事会は二時間後よ。それまでしっかり学びなさい」


「了解した」


 聖女は奥の方の部屋に入って行った。聖女の後ろ姿を見送る形になったが、実に見事なヒップラインをしている。


 ちょいちょい雑音のように入ってくる俺のこのオヤジ的思考は、仕事の邪魔にしかならないが、俺の脳に染み込んでしまっていて、避けようがない。完治出来ない病気のようなものだ。上手く付き合っていくしかない。


「では、ユウト、案内する」


「助かる」


 俺はイブに案内されて、書斎のようなところに連れて行かれた。書斎に入るなり、机を挟んでイブの前に座らされた。こういうとき、俺はつい相手の胸に目が行ってしまう。節目がちにしつつ、胸をしっかり観察するのだ。


(病気なんだ。許して欲しい。推定Dだな)


「まず最初に、聖女官邸で絶対にしてはいけないことを教える。性行為は絶対にダメだ」


 イブの開口一番の言葉だったが、これ、いちいち言うことか?


「……頼まれてもしないが」


「おや? さては、好きな人がいるのか?」


「ノーコメントだ」


「それはよかった。聖女様と聖女隊は処女を喪失すると魔力が著しく落ちるため、性行為は厳禁だ。国家的損失になるからだ。合意の上でも厳重に処罰されるから注意して欲しい」


 ノーコメントと言っているのだが、女は恋愛に関しては鋭過ぎる。


「全く問題はない」


 この女たち全員処女なのか。一体歳はいくつなんだ? 聖女なんて、処女とは思えないほどお色気たっぷりなんだが。そうだ、一日に三分間だけ危ない。あいつに主導権は絶対に渡さないように気をつけよう。


「ユウトはあまり世界のことがわかっていないのだろう? 知っていることも話すかもしれないが、その場合は聞き流してほしい」


 イブは本当に優しい。どことなく藤崎先生に似ている。年上好きの市岡に紹介したら喜ぶであろう。


 イブによると、この世界は少数のエルフが支配者層に君臨していて、人間の国々とドワーフの国々がエルフを宗主と仰いで、エルフの庇護下でそれぞれの国を治めている。


 エルフが君臨する体制がどうして確立したのかが不思議だったのだが、最大の理由はやはり魔石だ。ヒミカの説明通り、この世界の魔石は枯渇しており、今や異世界からの輸入に頼りきっている。その輸入ルートをエルフが独占している。


 また、そんな立場にいるエルフだが、人間には非常に寛大で、困ったときにも色々と助けてくれるらしく、人間からは非常に尊敬されているそうだ。


 だが、ドワーフは違う。ドワーフは昔からエルフとは仲が悪く、エルフもドワーフには圧政を敷いているらしい。ほとんど奴隷扱いだそうだ。


 それで、ドワーフは、人間に戦争を吹っかけては、魔石を強奪していくのが常となっている。その戦争の際に、一番邪魔なのが聖女と聖女隊で、絶えず暗殺を狙っているとのことだった。


 人間とドワーフを争わせることで、エルフの地位の安泰を図っていたりするような気がするが、人間界でエルフの悪口を言うものなら、袋叩きにあうらしい。


「イブ、ありがとう。よく理解出来た」


 俺はドワーフと一度話したいと思った。俺の敵は恐らくエルフだ。敵の敵は味方にすべきだ。


 そして、その機会は意外と早くやって来た。

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