第二章 王国篇
第18話 外の世界
ダンジョンの入口である廃都ナハには、エルフの使者がダンジョン地区と地上とを行き来している階段があり、俺はその階段を普通に登って、驚くほど簡単に外に出ることが出来た。
外は森だったが、ダンジョンの出口から森の中へと道が続いており、とりあえず、俺はその道を歩いて進んだ。すると五分もしないうちに、森を切り開いて作った村が見えて来た。
森から村の様子をうかがっていると、どうやら人間の村のようだ。今はちょうどお昼ごろで、恐らく各家で昼食を作っているのか、いい匂いがして来た。
俺は熟慮した結果、村に入ることにした。村人は見知らぬ俺に対して、チラッと見るだけで、すぐに興味をなくす感じだ。
(よそ者に慣れている感じだな。女と子供しかいないのはなぜだろうか)
「ねえ、お兄ちゃん、冒険者?」
俺は小学生ぐらいの男の子に声をかけられた。
「まあ、そんなところだ」
「役場はこっちだよ」
「役場?」
「ゴブリン討伐の応募じゃないの?」
なるほど。よそ者が来ても驚かない理由はこれか。
「ああ、そうだ。こっちに行けばいいんだな」
「そうだよ。頑張って」
俺は男の子に礼を言って、村役場に来た。敷地内の掲示板にゴブリン討伐の貼り紙があった。ここは「シキン村」という名前らしい。
(ダンジョンから魔物が地上に出て来ることもあるのか。それとも地上にも魔物がいるのか?)
貼り紙の内容を読むと、どうやら、俺たちが転移した頃から、ゴブリンが村を襲う事件が頻発しているらしい。
役場の中に入ると、地方の郵便局のようだった。窓口が三つあったので、一番可愛いと思った女の窓口を選んだ。こういうちょっとしたところでオヤジが出る。スーパーのレジでも、若い女の子を選んで並ぶのがオヤジだ。
「表の貼り紙を見て来た。ゴブリン討伐に応募したい」
近づいてみたら、そんなに可愛くなかった。若い女の雰囲気にまんまと騙されるオヤジあるあるだ。
「冒険者カードをお持ちでしょうか」
「いや、持っていない」
「フリーの方でしょうか」
「そうだ」
フリーが何なのかはよく分からないが、ここは肯定しておいた方がいいだろう。
「では、こちらの番号で応募しておきますね」
俺は番号の書かれたカードを渡された。
「ああ、頼む」
「では、手続きしておきます。こちらが詳細です。ご一読して頂いて、ご質問があれば、いつでもどうぞ」
俺は紙を一枚渡された。
「これで終わりか」
「はい、終わりです」
「説明はないのか」
「応募は初めてでしょうか?」
「そうだ」
「詳細を読んで頂くのも適性を確認するためです。読んでも理解できない方に討伐は危険です。まずはご一読ください」
「分かった。読んでみる」
実にあっさりとした対応だ。だが、日本がサービス過剰と言えなくもない。幸い文書は日本語なので問題なく読めた。ところどころ意味不明の単語があるが、文脈から類推できた。だが、どうしても分からない単語もあった。
(「ごぶられる」って何だ?)
だが、詳細もだいたい分かった。俺は早速着手することにした。
***
地図に記された場所を高台から覗き見た。少し規模が小さいが、シキン村と似たような村だった。だが、ゴブリンに襲われて全滅してしまったように見える。
「むっ」
よく見てみると、村人の遺体があちこちに散らばっていて、たくさんのゴブリンが村の中を行き来している。
いくら小高い山を越えた場所とはいえ、シキン村からほんの一時間も離れていない場所だ。隣村でこんな大惨事が起きているような雰囲気をシキン村では全く感じなかった。
「どういうことだ? 普通は避難とかするだろう」
だが、もう少し高台の先の方に移動して、理由がわかった。恐らくゴブリンの討伐隊だろう。二百人ほどの村人と後方に白い衣装を着た看護師のような女性が五人、ゴブリン村から少し離れたところに整列していた。
指揮官らしき男が村人たちの先頭に立って、何か話している。村人だと思ったのは、ろくな武器や防具を持っていないからだ。農作業のままと思われる服装に鍬や鎌や鉈を持っているだけの者が八割以上を占めていた。
「なるほど。これから総攻撃だったのか。俺はかなり出遅れたようだ。だからこその村役場のあの対応か」
いまさら参加しても遅いようだ。俺は文字通り、高みの見物を決め込んだ。
何か作戦があるのかと思ったのだが、村人たちは一斉にゴブリンの村に突進して行った。
「村人弱いな……」
村人は全く戦闘向きではなかった。必死に鍬や鎌でゴブリンに襲いかかるが、腕や足をゴブリンの剣や槍で狙われて、どんどん怪我人が増えてしまっている。
だが、怪我人は後方に運ばれて、看護師部隊で治癒を受けて、また前線に送り出されるようになっている。また、装備がしっかりしている一部の者たちは、そこそこ強く、村人側が数の力で徐々にゴブリンを圧倒し始めた。
「どうやら、村人側の勝利だな」
ところが、ゴブリン村の奥の方から、オーガが数十匹も出て来て、あっという間に形勢が逆転した。
「これは村人側が全滅するんじゃないか?」
俺は高台を走り下りた。村人はもう間に合わないかもしれないが、看護師部隊は何とか助けられそうだ。
ところが、駆け降りている途中で、ここまで響いて来る耳をつんざく咆哮がこだました。
「トロールか。まずいな」
トロールが棍棒を振り回すたびに、オーガもゴブリンも村人も関係なく、地面に転がり、肉塊と成り果てていく。
看護師部隊はすぐに撤退を始めていた。村人はますます大パニックになっているが、看護師部隊は整然と撤退を進めている。俺はその退却中の看護師部隊とすれ違った。
「もし、あなた。トロールが出現したのよ。戻りなさいっ」
俺は立ち止まって、声をかけてくれた女性を見た。憑依体が見たら、飛び上がって喜ぶようなセクシー美女だった。
「トロールなら仕留められる。これから倒して来る」
俺はそう言って、一目散に逃げて来る村人とは反対方向に走った。
途中のゴブリンやオーガは剣で切り捨てた。この程度の魔物は瞬殺出来るが、トロールはそう簡単にはいかない。
俺は剣を腰に差し、近くに落ちていたゴブリンのものと思われる槍を拾って、棍棒を振り回してくるトロールの足元を狙って、次々と槍を突き出した。
トロールには肉体再生能力があり、いくら傷をつけても、すぐに回復してしまう。そのため、回復が間に合わないほど傷つけて失血死させるか、急所を突いて即死させるしかない。
急所は心臓と眉間の二箇所だが、心臓は分厚い筋肉の壁で守られている。そのため、眉間を一撃するのが現実的だが、眉間の高さは三メートルちょっと。バスケットのリングの高さぐらいだ。ここに剣を突き刺す必要がある。
カナの指導のもと、俺たちはトロールを倒す訓練を毎日行って来た。バスケ部のボードタッチの練習にヒントを得て、ジャンプ力を鍛え、トロールの眉間への一撃の訓練を欠かさずやって来たのだ。努力は必ず報われるはずだ。
俺は二班のナビゲーターの動きを思い出し、トロールの攻撃をひらりひらりとかわしながら、トロールの正面まで間合いを詰め、思い切り垂直跳びをして、剣を眉間に突き刺した。手応えはあった。
「トロール殺人技『眉間刺し』」
厨二オヤジな俺は、着地してすぐに技の名前を口に出したが、さっさとステップバックすべきだった。
トロールが最後の足掻きで苦し紛れに繰り出した平手を俺はまともに左側面に受けてしまい、地面を十メートル以上も転がる羽目になった。
内臓が破裂し、全身骨折だらけで、意識が飛びそうだ。だが、俺は言いたい。決め技を告げたのが悪いのではない。あんなに高くジャンプした後の着地で、すぐにステップバックは無理だ。
(まずい、死ぬ……)
しかし、トロールは何とか仕留めたようだ。オーガもゴブリンも、トロールが暴れた後だったので、この辺りには敵が全くいなかったのが幸いした。
俺は最後の力を振り絞って、やっとのことで呟いた。
「パ、パージ……」
うまく戦線離脱判定されたようで、パージが成功した。全身の傷がビデオを巻き戻したかのように修復されていく。体力も精神力も全回復した。俺はムクリと起き上がった。
十メートル先にトロールが地面に倒れたままの遺体を晒していた。
(やはり魔石にはならないのか。俺たちがダンジョンで倒したトロールの再生版か?)
辺りを見回すと、さっきすれ違った看護師たちが遠くの方から俺を見ていた。周囲にはまだオーガとゴブリンの生き残りがいたが、トロールを倒した俺を見て、村の後ろの森の方に向かって逃げ出した。
俺はすぐに魔物を追いかけた。逃げて行くゴブリンとオーガを全滅させて、ゴブリン村に戻ると、生き残った村人たちと看護師たちに大歓声で迎えられた。
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