第17話 追放

―― 本物の本体の俺の視点


 美香たち四人がエルフの廃村の屋敷を訪ねて来た。


 絵梨花たち女子は、彼女たちを快く迎えて、屋敷は賑やかになった。男子二人の意見はまったく聞かれなかったが、佐竹は目尻を思いっきり下げているので、大賛成ということだろう。


 とりあえず、女子たちは個室から二人部屋にするようだが、トロール四体とオーガ八体にまで増やして、増改築を進めているとのことで、新しい追加の四部屋はすぐに完成するらしい。


「こんな素敵なところに住んでるなんて、もっと早く来ればよかった。詩央は最悪だしね」


 女子たちの井戸端会議がリビングで始まったが、いったい何時間続くのだろうか。佐竹はゲンナリして、すでに自分の部屋に戻っている。俺は別のことを考えていた。


(詩央は殺すべきだ)


 皆には報告していないが、市岡が詩央の反対を押し切って、女子四人に帰って来るよう交渉するつもりで、ここまで追って来ていることが分かっていた。


 俺は騒がしい女子たちを横目に屋敷を出た。森の入口に向かっている途中で、トレントと戦闘中の二人を見つけた。


 市岡が詩央をかばいながら、トレント三体と戦っている。全身傷だらけになりながらも、一体一体、確実に屠って行く。


(大したもんだな。市岡、お前には脱帽する。そんなお前が、こんなバカな女に縛られる必要はない)


 俺は詩央の背後から忍び寄った。市岡は最後のトレントとの戦いに夢中だ。


(死ね)


 俺は詩央の背中から心臓を刺した。詩央が悲鳴すら出せずに、ゆっくりと前のめりに倒れた。市岡はまだ気づかずに、最後のトレントにトドメを刺した後、後ろを振り返った。


 市岡が俺を見て、次に前のめりに倒れた詩央を見た。詩央の体が透け始め、魔石にと変わった。


<<一人分の魔石12000ポイントを取得しました。レベルが12に上がりました>>


「き、桐木、お前、何をしたんだよっ」


「詩央は嫉妬深く自分勝手な女だ。クラスに害を及ぼす前に殺すべきと判断した」


「そんなことは、お前が決めていいことではないっ」


「見解の違いだ」


 市岡と睨み合っていると、突然、転移が始まった。周囲を見回すと、俺たちは懐かしの教室のそれぞれの席に座っていた。生き残った生徒全員が自席に転移しており、教壇には妖艶な笑みを浮かべたヒミカが座って、俺たちを眺めていた。


「騒ぐと殺すぞ。せっかくここまで生き残ったのだ。死にたくはないだろう」


 俺は後ろに絵梨花の気配を感じた。右隣には佐竹、佐竹の右隣に加世子、加世子の後ろに麗亜、右前に恭子が座っている。一番向こう側の列は、一番前の詩央の席だけが空席だった。


 一班の女子たちが詩央の空白の席を凝視しているが、言葉を発するものは誰もいない。


「クラスの三分の二が死んだときに転移が発動するようにしたはずだが、十一名残っているとはおかしいな。設定を誤ったか? まあよい、些細なことだ」


 ヒミカが独り言のように呟いているが、俺が死んで生き返ったのが原因だろう。カナから報告は行っていないのだろうか。


 憑依体が誰に憑依しているか分からないので、いったん憑依体を戻したいが、ここでやるのはまずい。万一に備えて、動かずにおこう。


「さて、魔石の説明をしてやろう。魔石はこの世界では唯一のエネルギー源だ。魔石がなければ、この世界の人類の文明は崩壊する」


 ヒミカの話によると、魔石は地球の化石資源と同じで、燃やしてエネルギーを取り出すらしいが、すでにこの世界での埋蔵分は枯渇してしまったらしい。そのため、異世界から定期的に仕入れるのだという。


「お前たちがこの世界に転移してきたとき、お前たちの世界からおよそ一億ポイントの魔石がダンジョンの魔物とお前たちに分配された。それを収集できるのはお前たちだけだ。同じ種類同士の魔石しか、お互いに引き合わないからな」


 俺は素早く計算した。一人一日100個のノルマでは、一年で36500個、仮に100年生きたとして、一生で365万個だ。今、十一人残っているが、4000万個にしかならない。一生のうちには、全て納付出来ないぞ。


「計算している顔だな。全部納付するまで、お前たちは死なないし、歳も取らない。十一人の場合は、200年は生きることになる。魔石を全て納付するとようやく自由になり、歳を取り始める」


 俺は思わず挙手した。


「おう、勇気があるな。いいぞ、質問を許可する」


「ひょっとして、ナビゲーターは我々と同じ、異世界からの転移者でしょうか?」


「ふむ。勘がいいな。その通りだ。ナビゲーターのカナもだが、私もそうだぞ。私は二千年ほど前に召喚された。カナは200年ほど前だな。私もカナも一人しか生き残っておらぬゆえ、長生きだ」


 一人だと完納まで三千年近くかかるぞ。


「私たちは仲間なのでしょうか?」


「ははは、バカを言うな。同じクラスでもたった一カ月で三分の一になるまで殺し合っているのだぞ。同じ境遇だからと言って、仲間などではない。ダンジョンの下層階にも何人か転移者がいるが、仲間だと思って近づくと殺されるぞ」


「もう一つよろしいでしょうか」


「よいぞ」


「ダンジョンの外には出られるのでしょうか」


「出られない。召喚魔法で召喚された者は、指定された区域に呪縛される。私も廃墟となったこの古都ナハから出られない。お前たちも同様だ。他に質問はないか?」


「この世界の人たちはどんな人たちなのですか?」


「人類は人間、エルフ、ドワーフの三人種だが、エルフが世界を支配している。私を召喚したのもエルフだ。ここはエルフの属国扱いで、私が女王として、エルフに毎年魔石を納品している」


「この世界の人間はエルフの奴隷なのでしょうか?」


「少し違う。エルフが王族で、人間とドワーフが民のような関係だ。我々の食糧や嗜好品はエルフから支給されているが、ほぼ要望通りのものが届く。お前たちも食事は悪くはないだろう」


 確かにそうだ。今は日本の弁当に極めて近い食事が毎日支給されるのだ。調味料も各種取り揃えてくれている。


「さて、それでは、魔石の採取に戻れ。クラスメートを殺せば、寿命が延びることはわかったな」


 また、クラスメートの殺害を推奨してきやがった。ヒミカにとってはどっちでもいいはずなのに……。


 俺たちは元いた場所に戻された。俺は市岡を連れて、エルフの廃村に戻った。俺の憑依体は市岡に憑いていることが分かったが、二人とも道中一言も口をきかなかった。


 屋敷に戻ると、市岡が俺が詩央を殺したことをほかの奴らに話し、結論だけ言うと、俺は危険すぎるということで、多数決で屋敷から追放処分となった。


 絵梨花と恭子と加世子と麗亜は反対してくれたが、まさかの佐竹の賛成表明で、賛成多数となったのだ。


 だが、これは俺に取っては渡りに船だった。ダンジョンの外に出ようと思っていたからである。俺は召喚されたのではなく、死神から送られたため、自由に出られると思ったのだ。


 絵梨花たち四人は俺を追放するなら、一緒について行くと言ってくれたが、俺の目的を伝えて、屋敷に残ることに納得してくれた。


「私たちは出られないものね。分かったわ。でも、必ず帰って来てね。桐木くんは、私にプロポーズしたんだからね。ちゃんと返事をしたいの」


 絵梨花のプロポーズ話に他の女子が驚いている。


「俺が外に出るのは絵梨花をここから出すための方法を見つけるためだ。連れ出すために必ず帰る。他の人の分もついでに調べてみる。それと、今、市岡に臨終憑依している。今後は憑依される人を守ってやって欲しい」


「この扱いの差は何なのよ。まあいいわ。市岡は任せていいよ」


 加世子がうんざりした声でそう言った。


「勇人、五年ぶりに話が出来てよかった。だが、まだ五年分の話がたまっている。必ず帰って来いよ」


「桐木さん、市岡くんの件は任せておいて。彼もきっと分かってくれるから。許せないのは佐竹くんよね」


「佐竹は感情のない俺に一番戸惑っていたんだ。あまり責めないでやってくれると助かる。俺は一日に一回憑依体と情報共有する。そちらの状況は把握出来るし、こっちの情報もそのときに伝える」


 俺は玄関ホールまで見送ってくれた四人と別れて屋敷を出た。

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