第16話 本当の本体
―― 「サイコな俺」と呼ばれている俺の視点
憑依体は勘違いしているが、憑依体が「サイコな俺」と呼んでいる俺の方が実は本体だ。
憑依体を出張させている間は、感情がほとんど抜け落ちてしまうが、中身は高校生ではなく、四十二歳のおっさんだ。身体共に限界値まで能力を上げた状態だが、思考回路はオヤジだ。
「どっこらしょっと」
「おい、勇人。オヤジくさい掛け声を出すな」
男言葉で話すのは恭子だ。俺の幼馴染みだ。
「よっこらせっ、とでも言えばいいのか」
「黙って座れ」
俺たちは麗亜がいるというエルフの廃村まで来ていた。
いったん村の入口にあった小屋の中で一休みだ。佐竹は入り口で見張りをしている。なかは廃屋の割には綺麗で、長いベンチが二つあり、俺の両横に恭子と加世子が座った。
(なぜ空いている方のベンチに座らないんだ?)
こういうとき、女が自分に気があると勘違いしてはいけない。「ただ単に近かったから」という理由である確率は、俺の場合、間違いなく99%を超える。なぜなら、俺は女からすると、「人畜無害」で男とは見なされていないからだ。
例えば、会社の飲み会の帰り、俺は部下の女性社員から路上でキスをされたことがあった。後日、彼女に交際を申し込んだとき、「え? キスしたかっただけ。別に好きではないです」と言われて、ゴミを見るような目で見られた(実話)。
また、終電を逃した取引先の女性が、俺のマンションに泊まって、俺の目の前で服を脱ぎ始めたことがあった。俺も服を脱いだところ、女性に泣かれて、女性の彼氏にすぐに謝まるように言われ、その場で電話をかけて謝った(実話)。
俺は勘違いしない
絵梨花は俺の目の前に立って、カナと話している。絵梨花に臨終憑依していないからといって油断はできない。次に死なないだけで、大怪我をするかもしれないし、憑依してすぐに死んでしまう可能性もあるからだ。
「カナ、この方向でいいの?」
絵梨花はカナに麗亜のいる方向を確認している。
「はい、村の中心の建物にいます。エルフの廃村にも魔物はいます。アンデッドが多いです。アンデッドには、御堂様、姫島様のキュアが有効です」
憑依体から収集した情報によれば、麗亜は廃村に着く前に山口を殺している。ということは、一人でダンジョンの森を進む実力があるということだ。麗亜にも油断は出来ない。
五人で小屋を出て、中央の建物に向かって歩いていると、さっそくエルフの幽霊が何体か現れた。顔色がかなり悪いのと、体が宙に浮いていることを除けば、ほぼエルフの姿だと思われる。
「全員、幽霊のくせに顔面偏差値高いねっ」
「加世子、感心してないで、キュアよっ」
絵梨花と加世子がキュアを唱えると、何も言わずに幽霊は消えて行った。
「呆気ないな」
恭子がそう呟いて、魔石を拾って、カナに手渡した。
「三体で3000ポイントです。みなさんに均等に600ポイントずつ加算されます」
「3000! 楽勝だな。幽霊の表情が少しも変わらなくて、ちょっと怖かったが、もう魔石のノルマはあまり気にしなくてもいいかもな」
確かに佐竹の言う通りだ。一人一日100ポイントのノルマは、最初の数日こそ大変だと思ったが、最近は簡単にクリア出来るようになった。ノルマとして緩いと思う。
「ねえ、カナ。毎日のように魔物を倒しているけど、魔物の数は減って行かないの?」
絵梨花がいつものように、カナに盛んに話しかけている。
「魔物の数は少なくはならないですが、魔石は一度しか採取できません。時が来ましたら、
その後も十数体のエルフの幽霊(「ゴースト」というらしい)を倒して、中央の建物まで来ると、ドアのところにトロールが二体立っていた。
「山口がテイムした二体だ。麗亜が山口のスキルを引き継いだのだろう」
俺は皆に説明した。憑依体の記憶は俺にフィードバックされるが、憑依体には憑依中の俺の記憶はフィードバックされない。俺の憑依体とカナの幻影体はよく似た仕組みのように思う。ただし、カナは本体の方に感情があるようだ。
「山口、そんなこと出来たんだっ」
そうか、加世子には言ってなかったか。
しばらくすると麗亜が扉を開けて現れた。
「麗亜、久しぶり。髪の毛、染めたの?」
麗亜と仲の良い加世子が驚いている。麗亜の髪が金髪になっていた。
「ああ、これ? レベル15になったら、金髪になっちゃった。テイムした魔物が魔物を狩ってくれるので、割と早くレベルが上がったんだ。さあ、そんなところに立っていないで、中に入って」
中に入ると、立派な家になっていた。俺以外の皆んなが驚いている。
「私には土木建築のスキルがあって、オーガたちに命令して、廃屋をリフォームしたのよ。内装の細かいところを加世子の大工スキルで仕上げて欲しいな。皆んなの部屋も用意してあるからね」
女子たちが大騒ぎだ。いや、佐竹も大騒ぎしている。気持ちは分からなくはない。しばらく遠ざかっていた人間らしい生活空間がここにあるのだ。
建物は二階建てで、各自の個室は二階にあった。一階は共用スペースで、麗亜が皆にリビングやらキッチンの説明をしているが、お風呂の説明で女子たちのテンションはマックスになった。なぜか佐竹もマックスになっている。
大騒ぎしている連中を風呂場の外から見ていたら、麗亜が近づいて来た。
「桐木さん、山口に憑いてたんだって?」
「ああ」
「どこまで知ってるの?」
「中村が山口とは男女の仲だったことと、山口の背中にファイアをぶち込んだことだ」
「その、しているところは見ていたの」
「いや、見ていない。だが、中村のお尻は見てしまった。すまん」
実は全て見てしまったのだが、全く見ていないと言うと疑われると思い、お尻だけにしておいた。
「お尻だけなら許してあげる。で、皆んなには事故死ということにしてくれたのね」
「ああ、事情がありそうだしな」
「あいつ、キレると暴力が酷かったのよ。他校のヤンキーたちとの繋がりもあって、すごく怖いやつで、なかなか別れてくれなくてね。こっちの世界に来ても、関係を迫って来そうだったから、隙をみて殺す決心をしてたのよ」
「そうだったのか」
「失敗したら酷い目にあうから、失敗しても言い訳できるようなチャンスを狙っていたのよ。まさかこんなに早く成功するとは思わなかった。これからは前向きに生きたいの。皆んなに上手く言ってくれてありがとう」
「お安い御用だが、そういう事情だったら、本当のことを言っても問題ないはずだ。気にしなくても大丈夫と思うぞ」
「そうかもね。桐木さん、優しいね」
「ああ、女子には優しいんだ」
この後、各自の個室を見て大盛り上がりした後で、全員がリビングに集合した。カナがどういうわけか、コーヒーの差し入れをしてくれて、再び盛り上がった後、いったんそれぞれの個室で休憩することになった。
さて、そろそろ憑依体を一度呼び寄せるか。俺は憑依体から情報を収集し、市岡がシオに迫られて、窮地に陥っていることを知った。
―― シオに憑依した憑依体の視点
俺が三分間充電から帰って来たら、市岡はシオと抱き合っていた。恋人にすることに決めたらしい。
(こいつ、自分の感情を殺したか)
そして、俺は市岡ではなく、シオに憑依している。シオの脳内はドーパミン出まくり状態だ。
俺は市岡という男に心底感服した。
(こういうのが、勇者なんだな)
だが、それに反して、
まず手始めに、詩央は市岡の恋人であることを他の女子に宣言して、以降、市岡に彼女たちから直接口をきくことを禁止した。
続いて、美香に市岡とのヒール接触を禁じ、セイラと美香を前衛にして、市岡と詩央を中衛に置くという隊形を提案した。
さすがにこれには市岡も強硬に反対して、元の隊形に戻したが、戦闘中の詩央の感情的な動きが、班を再三危険にさらしたため、我慢していた女子たちが、遂にキレた。
「市岡くん、詩央、どうぞお二人で生きて下さい。私たち四人は絵梨花にお願いして、絵梨花たちに合流しますから」
美香が四人を代表して、市岡と詩央にそう宣言した。
「まあ、やっと決心してくれたの」
「ちょっと待ってくれないか」
美香たち四人は一班を離脱した。
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