第20話 暗殺未遂

 祝勝パーティは領主の居城で執り行われていた。


 聖女のイブニングドレス姿は最高に美しく、セクシーだった。彼女の深い青い瞳の色に合わせた深海のような色のドレスで、似合い過ぎるほど似合っていた。


「聖女、実に綺麗だ」


「ユウト、あなたの言葉はいつも感情がこもってなくて、何だか笑っちゃうわね」


「許して欲しい。俺は感情の起伏に乏しいのだ」


「いいのよ。その方がユウトらしくていいかも。褒めてくれて、ありがとう。嬉しいわ」


「ところで、ドワーフの特徴は低身長のずんぐりむっくりの髭顔であっているか?」


「男はね。でも、男だとすぐに人相や体型でバレちゃうから、通常は女の刺客を使うのよ。女だと人間とほとんど違いはないから。小柄で童顔が多いけど、人間と見分けがつかないわ」


「あそこの女はどうだ」


「ああ、あの子。確かに小柄で童顔だけど、最近の若い子は美人で背が高くてスレンダーな子も多いのよ。気をつけてね」


「了解した」


 聖女に近づいてくる男がいる。背筋がピンと伸びたスタイルのいい壮年の男で、ロマンスグレーで優しげな眼をした絵にかいたようなイケオジだ。


(あの男がこの地区の領主か)


 領主から聖女に声をかけてきた。


「アナスタシア様、お越し頂き、光栄です」


「エドモンド卿、お招き頂きありがとうございます」


 聖女はアナスタシア第二王女でもあり、エドモンド辺境伯でさえ、先に挨拶するほど高貴なお方ということだ。


「ひょっとして後ろの方が?」


「そうです。ユウト・キリキ、トロールを一撃で倒したシキン村の英雄です。ユウト、ご挨拶なさい」


 俺はあらかじめ教えられていた貴族の礼をした。何も話さず、黙っていろと言われている。


「姫様、今日の今日で、もう護衛にされたのですか?」


「いいえ、私の騎士にするのですわ。明日、叙任式です」


「あっという間ですな。ダンジョン地区の警備隊長にぜひにと思っておったのですが」


「エドモンド卿、ユウトは一領主の持ち物では勿体無いですわ。国所属とすべきですわ」


 トロールはここ200年出現していなかったそうだが、過去に出現したときには、軍隊が出動して、何日もかかってようやく倒したそうだ。それを数分で一撃で倒したのだから、味方につけたいと思うのは当然だろう。


「いかにも。我が領土が有事の際には何卒ご助力をお願いしますぞ。さあ、ユウト殿も食事を楽しんで下さい」


 俺は作り笑いをして、会釈した。


 エドモンド辺境伯の所領は、人間の大陸の西南に浮かぶ巨大な島で、イギリスほどの大きさがある。エルフの住む島国が南西にあり、目と鼻の先だ。西の海を隔てたドワーフの大陸も近い。ちなみにダンジョンはこの島の中心部にある。


 祝勝パーティは事前に準備されていたようで、日頃の付き合いがあるドワーフの貴族が何人か招かれていた。想像通りのずんぐりむっくりだが、顔は彫りが深くイケメンが多かった。そして、何よりも、ご夫人たちが非常に美しかった。


(ドワーフの女、普通に美人だ。しかも、スラリとして、スタイルもいい)


 確かに小柄な個体が多く、日本人女性によく似た容姿だが、特筆すべきは、メロン級の巨乳を標準装備しているということだ。


(標準でメロンだ。あれなんかはスイカだ)


 女性の胸のカップサイズがどうしても気になるのも病気だと諦めるしかない。女性を観察する際に余分な時間をつかってしまうが仕方がない。


 ちなみに、人間は白人とアジア人の中間のような容姿で、胸のサイズはまちまちだ。


「ユウト、食事に夢中になって、監視がおそろかにならないようにね」


「大丈夫だ」


 食事がかなり美味しい。日本の美味しいバイキングレストラン級だ。


 聖女には次から次へと声がかかる。まさに大人気で、ドワーフの招待客からも話しかけられる。まさかこんなパーティの真っただ中で、直接的な行動に出るとは思えないが、そこを逆手に取って来るのがプロかもしれない。


 俺は聖女の左後ろに控えているが、俺に興味を示したのはこれまで領主だけだ。ほとんどの客が聖女と話すのは初めてなので、俺のことはSPだと思っているのだろう。


 パーティが開始されてから、ホール全体を見渡して、俺に視線を向けた人物をチェックすることを訓練がてらずっと行っているが、徐々にコツがつかめてきた。数人が俺に興味を持ったようだが、その中で女性は一人だけだった。


 ある意味、女性から見向きもされない男の烙印を改めて押されたわけで、アホな憑依体ならがっかりするところだが、護衛としてはこっちの方が都合がいい。


 その女性が聖女に挨拶するために順番待ちをしている。さっきから、俺のことを全く見なくなっている。遠くからはあれほど俺に注視していたのにだ。俺は女の一挙手一投足に集中した。


(この女は、顔は綺麗だが胸がチェリー級だ。男じゃないだろうな。ちょっと待てよ。プロの女が、護衛素人の俺にこんなに簡単に怪しまれる動きをするだろうか?)


 俺はチェリーの動きを注視しつつも、周りの気配への注意もおろそかにしないようにした。


(そうだ。死角を作ってはいけない)


 俺から見て、右前には聖女がいて、その先が聖女の体で死角になっている。


(危ない。これだから護衛素人はダメなんだ)


 そう思って、少し体をずらして死角を確認したとき、順番待ちをしているドワーフの男性が、聖女の方向に不自然に手の平を向けているのが見えた。手の平を前に向けて立っているのはあまりに不自然だ。


(魔法?)


 俺はとっさに聖女の腰に手を回し、聖女を俺の方に引き寄せた。


「! あっ……」 


 聖女が実に色っぽい声を出したが、構わず抱き寄せた。聖女のいた場所に氷のつららのようなものが上から降って来た。会場が一瞬シーンとなった後、怒号が飛び交い大混乱となった。


 その混乱に乗じて、チェリーが聖女に向かって一歩踏み出して来た。俺はすぐに聖女と体を入れ替え、チェリーの繰り出してくるナイフを持った腕をとっさに脱いだ上着で巻き上げ、チェリーの首に手刀を叩き込んで気絶させた。


 手の平男の方を見ると、反転して何食わぬ顔で立ち去ろうとしているところだった。俺は男の背中に女の持っていたナイフを投げつけた。ナイフは見事に背中に突き刺さり、手の平男は前のめりに倒れた。


「ユウト、でかしたわ」


 聖女から褒められたが、気を緩めるのはまだ早いと思った。


 警備員たちが集まってきたが、俺は警備員にも油断なく注意しながら、倒れている女を縛り上げた。ドワーフの男の方は重症だが、急所は外してあるから、死にはしないだろう。


「聖女、この女の身柄は俺が預からせてもらっていいか」


「……、いいわ。何か考えがあるのね。聖女官邸に戻るわ」


 俺はチェリー女を肩に担いで、転移を待ったが、聖女だけ転移して行った。


 聖女官邸の尋問室を使うつもりだったが、当てが外れた。領主に借りるか。


 そう思って歩き出したとき、俺の目の前に聖女が転移して来た。チェリーを担いでいる左肘が、聖女の胸に当たり、ボヨンとなった。オヤジロジックがカップを算出する。推定Eカップだ。


「あ、すまん」


「……、し、仕方ないわ。ユウトを転移させるのを忘れていた私が悪いのよ」


 意外にも聖女は顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。まさかこの聖女が、ウブでドジっ子とはな。超セクシーな見た目でこれか。あのアホ憑依体のストライクゾーンど真ん中だ。あいつには絶対に会わせないようにしよう。


 今度こそ俺はチェリーを担いだまま王都へと転移した。


 さて、チェリーへの尋問の時間だ。 

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