Part3(end)

 真夜中になると、私は急に莢香が恋しくなり、再び彼女の埋葬地に出掛けて行った。

 満月間近の、限りなく丸くなった月に照らされながら私は、莢香との思い出を頭の中で丹念に辿りつつ、歩を進めた。


 彼女が埋められた山は、雪が青白い月光を反射して、仄かに明るかった。

 ――そこで不思議な光景を見た。

 真っ白な色をした鴉が、彼女の埋められた場所に何十羽も降り立ち、雪の中に潜っている。すっと雪に溶けるかのように地中に潜ってしまうのである。そして、彼女の屍肉と思われる固まりをくわえては、地上に戻ってきて、啄むのである。


 白い鴉達は肉を頬張りながら、耳を突くような金属的な声で鳴く。そのつど赤い血しぶきが口から飛び出し、体の表面に付着していた。化け物が肉を食べ進めるうちに、徐々に羽毛の下の皮膚は赤く染まってきているように、私には思えた。


 私は雪に足を取られながらも、なんとか莢香の埋まっている場所に行き、叫びながら必死に鴉を追い払った。しかし、鴉達は執拗に降り立ってきて、彼女の肉を次々に求めて地中に消えてゆく。

 化け物の鳴き声と、屍肉を啄む嫌らしい音に耐え切れなくなって、私は耳を塞いだ。

 白鴉たちの体の表面は、こびり付いた赤い肉片だらけになり、私は雪の中の莢香の遺体が、もう骨だけになってしまったような気がして、ひどく悲しかった。


 背後から、ざわざわと異様な気配が漂ってきた。振り向くと、村の人々が一団となって白鴉のするさまを凝視している。鈍い光を放ちながら極限まで開かれたその瞳、瞳、瞳の群れに、私は眩暈を起こす。……



 翌朝、私は莢香の母に起こされた。凄惨な埋葬地から彼女の生家に、いつ帰って来たのか全く覚えていなかった。

 客間では、既に食事の支度が整っていた。

 朝食にしては不似合いな肉鍋だった。

 私は昨晩見た白い鴉の肉を食材にした鍋であることを直感した。

「儂たちは、また子供をつくる。この肉は、そのための滋養なんだ。あんたも食べなされ。村の者も皆、きっと食べている頃だ」

 鍋を囲んで、彼女の父が言った。


 莢香の肉を食べた鴉の肉を、私が食べる。莢香は私の体の中で生き続けるのだろうか。戸惑いもあったが、私は箸を取ることにした。

 あの肉の血生臭い味は、今でも忘れられない。



 ……また初冬。

 私は、あの出来事の後、無駄に時を重ねて今日まで生きてきた。


 昨晩から首都では雪が降り積もり始めた。雪が降り続く中、私は午前中から幾つかの取引先へ打ち合わせに出掛けなければならなかった。


 雪が、やんだ夕方。私は出張の帰りに道に迷ってしまい、とある袋小路に入った。

 地面に積もった雪の上に、気味悪い程の鴉の死骸の群れ……。

 莢香を死に導いたものと同じ光景を、見てしまったのだ。


 その時、彼女の両親が何故、私を村に連れて行ったのか判った気がした。

 私の肉もまた、あの村の人々の滋養になるらしい。

                                            (了)


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肉鍋 青山獣炭 @iturakutei

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