Part 2

 帰宅すると、莢香はたくさんの人の声がすると言って、すぐに寝込んでしまった。

 私は心配で、彼女の横でまんじりともせずにいたのだが、真夜中過ぎになって不覚にも眠ってしまった。


 はっとして目醒めると、莢香の息が止まっていた。南向けの窓からは、眩し過ぎる程の太陽の光が射し込んでいる。正午近くまで、私は眠りこけていたのだった。


 彼女の死が信じられず、ただ呆然としていると、アパートの扉を何度も叩く音がした。

 不意の来客が二人。それは莢香の両親であった。両親とは、この時が初対面である。二人は、もう五十近い年の筈だが、どう見ても三十代半ばとしか思えない。


「娘が雪山で遭難する夢を、昨夜見ました。あたしたちの村の伝えでは、その夢は現実でもすぐに死んでしまうと云う凶事の夢にあたるのです」彼女の母が言った。

 方言を抑えているのか、ぎこちない抑揚のない喋り方だった。


 両親は、さほど悲しんでいるようには見えず、淡々と莢香が死に至る状況を、私から聞き出した。何か事務的な口調だった。本当に彼女の両親だろうかと、訝ったほどである。


「愛する人のそばで、逝ったんだ。本望だろう」父親は、ぽつりと言った。

 その言葉だけ、妙に心に響いて、私の目からは涙が溢れた。


「弔いは田舎でするのが一族の決まりなんで、莢香は引き取らせてもらうよ。すまんね」

「あなたもいっしょに、いらしたらいいわ」

 莢香の郷里は、たしか北国の寒村だった。莢香からは、それしか聞いてなかったので、詳しいことは分からない。プライベートなことは、あまり話したがらなかったのだ。

 私は、是非にと御願いし、莢香の埋葬を手伝うことにした。


 両親は車で来ており、村の葬儀屋の霊柩車と共にアパートの近くの駐車場に置いてあった。

 霊柩車の運転手と一緒に、我々は莢香を白木の棺に入れた。まだ若そうな運転手は、終始無言だった。特徴を上げるのが難しい、うすぼんやりとした影のような男だった。


 私は取り急ぎ喪服に着替え、簡単な身支度をして霊柩車に乗り込んだ。車の後部座席で揺られながら、私は一晩をまんじりともせず過ごした。


 村に着いたのは翌朝だった。莢香の郷里は万年雪に囲まれた人家もまばらな、うら寂しい農村だった。他の村との交流も、あまり無いような気がした。

 初冬の、薄墨に彩られた村の風景が、いっそう侘しさを掻き立てているように私には感じられた。


 行き交う村の人々は、何故か皆、莢香の両親と同じような年恰好の者が多かった。どの人も三十代くらいの印象である。

 莢香の生家は、村の極北に位置していた。陽が沈むと近所の人々が集まって来て、通夜が行われた。彼等は一様に、ぼそぼそと小声で喋り、方言も手伝い何を言っているのか、よく分からなかった。


 一夜明けて告別式が終わると、遺体をそりに乗せ、雪に覆われた山の方に彼女の遺体を運んだ。荼毘にはふさず、山の万年雪の中に、彼女を埋葬するのだという。変わった埋葬であった。

 おそらくこの地方独特のものであろう。

 多くの人手を使って、かなりの深さまで穴が掘られた。


 穴の中に収められた莢香の遺体に少しずつ雪が被さってゆく。私はその作業の途中で悲しくなり、それを正視することが出来なくなってしまった。

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