第16話 男子高校生の話4

 食後の睡魔と戦い敗北した授業が終わった放課後。

 昼は青空が広がっていたのに、今にも雨が落ちてきそうな雲が広がっている。

 確か置き傘があったよなとロッカーを見ると埃が積もった折り畳み傘があったので鞄に入れた。

 家に帰るまで降らなければいいなと階段を降りる足も自ずと早くなる。


 残念ながら、学校と自宅の中間辺りで本降り。

 折り畳み傘って急な雨降りに対応できないのが不便だ。

 こんな時には、ワンタッチ開閉の折り畳み傘があると便利だと思うけど、そこまで頻繁に使う物でも無いし、購入には至っていない。

 まあ、カバーを外さなきゃ開けないなら、ワンタッチでもワンタッチじゃなくても不便なのは変わらないからな。


 駆け足でなんとか商店街辿り着く。

 シャッターの閉まっているお店が殆どだが、アーケードがある商店街なのでここにいる限りは濡れずに済む。

 とりあえず、リュックからタオルを出して濡れた髪や顔を拭いた後、折り畳み傘を出して帰ろうかなと歩き出した。

 後ろから誰かが小走りで駆け寄ってくる人の気配がした。

 振り向くとずぶ濡れの結花さんだった。


「あ、悟君」


「義姉さん、傘無かったの?」


「うん、傘はあったのだけどね…生徒会の子が傘なくて困ってたから、私の貸してあげちゃって」


「それで濡れながら走ってきたんだ。風邪引くと大変だから、早く拭いた方が良いよ」


 ここまで一緒に入ってくれば、それほど濡れなかったんじゃないかと思ったけど、帰る方向が逆だったのかもしれない。

 自分の事よりも他人の事を優先するのは結花さんの良いところだと思うけど、それで風邪でも引いてしまったら目もあてられない。


「そうね、結構濡れちゃったし、風邪引いたら大変よね」


 そう言って結花さんは、制服のポケットからハンカチを取り出し、拭き始めた。

 その光景を見るとはなしに見てしまう。


「あ」


 濡れたブラウスが肌に張り付き、所々肌色が見え、胸の辺りに深緑色した何かが…うん、透けたらいけないものが透けているな。見せてもいいやつかもしれないから透けてもいいのかもしれないけど、それでも直視したらいけないような気がして、空を見上げる。


「あのね」


 結花さんは俺よりも背が低いので必然的に上目遣いになる。

 雨に濡れた前髪と顔、その仕草にドキッとする。


「なに、義姉さん」


 若干、声が上擦る。


「ハンカチだと拭きづらくて、タオル貸してくれると嬉しいな」


「はい、タオル。あとこれ着たほうが良いよ」


 俺は、手元のタオルと一緒にリュックから取り出したジャージの上着を手渡した。


「ありがとう~。そだね、服透けちゃってるね、もうあんまり見ちゃダメだよ~。えっち」


 結花さんは、ちょっと頬を赤らめ、そそくさと上着を羽織る。

 そう言われて、思わず直視してしまった俺も何だか恥ずかしくなり、顔が火照りだす。


「うふ、悟君の匂いがするね~。えへへ」


 俺は外方を向いた。

 あーあ、姉弟で何やってるんだかな。


 ――――――――――――


 仲良く折り畳み傘で帰ってきた俺と結花さん。

 郵便受けから取り出した郵便物を手に結花さんが嬉しそうな声を上げた。


「お母さんとお義父さんからだ」


「今度は何処にいるんだっけ?」


「オーストラリアだって」


 俺の父さんと義母さんは、海洋学者で世界中の海を飛び回っている。

 何の研究をしてるかは興味が無いから知らないけど、一年を通してほとんど家に居ない。


 母さんが生きてた頃は、母さんが家に居て、父さんは今と変わらず世界中を飛び回っていた。

 母さんが病気で亡くなった時、父さんは直ぐに帰ってこられなくて、当時は父さんを責めたし、母さんが亡くなった後も仕事続ける父さんを恨んだこともある。

 だが、安心してほしい、父さんとはずっと良好な関係だ。


 ある時、海外にいる父さんに連絡するのは簡単にはいかないだろうし、移動という面でも簡単に帰って来られるわけではなかったので、その時の父さんの気持ちを考えると責めるのも恨むのも違うなって思ったんだ。

 それに、隣に住んでる真美子やおじさん、おばさんがそれはもう色々と気にかけてくれて…本当に、その節は大変お世話になりました。


 母さんを亡くし寂しかった俺に、真美子はいつも一緒に居てくれて、一緒にお風呂に入ってくれたり、一緒に寝たりもしてくれたのは黙って墓場まで持って行きたい。


 おじさんとおばさんは、その頃から自分の子供のように面倒を見てくれて、自分たちの事を本当の親だと思ってくれて構わないよって言ってくれる。最近は、義父さん、義母さんって呼んでくれとか、早く孫の顔が見たいだのと言ってくる。


 話は逸れたが、写真を父さんも義母さんも元気そうで何よりだ。

 SNSがこれだけ普及する中、相変わらず手紙と写真を送ってくるというのも珍しいと思うが、長年続けてきたことなので、なかなか辞めようぜと言い辛いし、それで辞めてしまうと少し寂しい気もする。


 だが、帰国する度にわけのわからない置物のお土産を買ってくるのは勘弁してくれ。


 ――――――――――――


 夜、自室のベッドに寝ころびながらタブレットを眺める。


 あれから、結花さんの再び気合の入った料理の数々をそれはもう下を向くのもヤバいくらいに食べた。

 結花さんと美緒、なんで俺と同じくらい食べてるのに平気なんだろうか。

 あれだけ食べて全然太らないんだなって美緒に行った事がある。

 その時の美緒は光を失った暗く虚ろな目をして、お姉ちゃんは胸に行くからねと自分の胸に手を当てて呟いた。俺は、二度とこの話題には触れまいと心に固く誓った。


 何とか動けるようになった俺は、一日の疲れを癒す為、お風呂に入ろうと脱衣所の扉を開けると、お風呂上がりの裸の美緒と鉢合わせ、お風呂に入っていたら、空いているものと勘違いして入ってきた裸の結花さんを追い返し、入浴後には結花さんから謝罪、美緒には土下座という疲れを癒すどころか疲れが増した気がしたので、早々に自室に籠り、今に至る。

 本当に今日はラッキーというより不運のオンパレードだ。不運と踊ってるんじゃなかろうか。


 最近、本や電子書籍ではなく、web小説を読むのが俺の日課になっている。

 web小説サイトも色々あるけど、中でも俺は□ヨムがお気に入り。

 ランキングの上位から読んでいくのも好きだし、新着の話を読むのも好きだ。

 今読んでいるのは、俺以外に誰が読んでるのって思うラブコメかどうかわからない話なんだけど。

 あとフォローしている長編作品の最新話をチェックする。


 ………


 読み終わった後は、俺も影の英雄になりたいとか、圧倒的な魔力で無双したいとか、ツンデレ美少女メイドや純粋純情聖女と仲良くなりたいとか、後輩の超美少女や幼馴染の完璧美少女とイチャイチャしたいとか、ヤンデレや地雷女子とかに好かれてみたいとか、色々と思ってみたりする。

 だが、それは自分の願望や妄想でしかない。

 

 現実は非情だ。イケメン世話焼きキャラの友人なんかいないし、世界中を飛び回っていて家に帰ってこない両親なんて存在しない。


 そろそろ寝ようと部屋の灯りを消して横になる。

 真っ暗な部屋の中、目を瞑りつつ、ふと思う。


 隣に住んでいる可愛い幼馴染や一つ下の可愛らしいのに少しきつめな顔立ちの義妹、おっとり美人な一つ上の義姉、廊下の曲がり角で衝突するような転校生が周りにいるような奴なんてこの世にいるのだろうか…




 俺だな。

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