第1話【Vtuberの朝は早い】

 Vtuberの朝は早い。

 「そんなことないだろ!」と思う人は多いだろうが、そんなものは幻想だ。


 昼に起きて配信だけやってればいい。そんなのは、大手事務所に所属する一握りの人達だけだ。

 私の様なあまり人気のないVtuberは、普通に仕事をして夜の空いた時間で配信をする。



 もう一度言おう。

 Vtuberの朝は早い。



 早朝五時。

 私は目を覚ますと、パジャマからランニングウェアに着替えて外に出る。


 三十分ほど走ったらシャワーを浴び、朝ご飯。

 いつも通りの朝……のはずだった。


 睡魔に襲われ、二度寝していた。気付くと、六時二十分。家を出る時間を、十分も過ぎていた。

 急いでスーツに着替え、仕事に行く。



 六時四十五分。

 いつもは四十分の電車に乗るが、今日は一本乗り遅れた。

 通勤電車に乗っているわずかな時間で、Twitterとメールチェック。

 眠くて目が開いていないサラリーマンたちに囲まれながら、動画配信サイトを開いた。


 私の携帯では、猫耳を生やした女の子『柳 祢子やなぎ ねこ』がホラーゲームをしている。

 ゾンビがいきなり画面に現れた瞬間。ブレーキ音の様な叫び声が、寝不足の私の耳をついた。

 私、兎本千里うもとちさとはギザギザな字幕のついたその叫び声を聞きながら、あくびをする。



 七時。

 駅から徒歩五分の中学校の門を、私は小走りでくぐった。

「先生おはようございます!」「先生、今日はいつもより遅いね」「せんせー聞いて—!」

 通学鞄を持った生徒たちが、私に気付いて挨拶をしてくる。

「おはよう! 話はあとでね!」

 一人ずつ挨拶をしている暇はない。私は皆に一言だけ返すと、一目散に職員玄関へと走った。



 七時五分。

 早歩きで廊下を進み、職員室に入る。

「兎本先生、ギリギリですよ」

「ぜぇ……はぁ……すみません!」

 頭がバーコード気味の教頭先生に叱られながら、自分の席を目指す。


 こんなことなら、昨日遅くまでホラーゲームやらなきゃよかったな……。


「先生がビリでしたね。体育教師なのに」

「ほんと、体育教師の風上にも置けないですね……」

 隣の席の袴田蓮司はかまだれんじ先生が、半笑いで私に耳打ちしてくる。私は鞄を机の下に置きながら、苦笑いを浮かべて袴田先生を見た。


 椅子に座り直し、職員室内を見回す。私以外の先生は、皆座って待っていた。


朝礼は七時十五分からなのに、皆さん勤勉なことで……。


「では、少し早いですが職員朝礼を始めます」

 バーコード……もとい教頭先生が、一日の始まりを告げる挨拶をした。



 十三時半。

 食堂で生徒たちと給食を食べた後。職員室で雑務とメールチェック。

 食後なのもあってか、睡魔が襲ってきた。


 昨日はあまり寝れなかったしなぁ……。


「兎本先生、あそぼ―!」

「うひゃぁ!?」

 うとうとしていると、急に声を掛けられた。私は慌てて、パソコンのメール画面を閉じる。


 横を見ると、体操服を着た明るい茶髪の女の子が立っていた。

「せんせい、うひゃぁ!? だって、ウケる~」

「もう、あまり先生をからかわないでよ」

「はーい! それよりほら、次体育だからさ。先に行って遊んでようよ」


 そうだった。次は二年生の体育の授業だ。


「はいはい。すぐ準備していくから、先に行ってていいよ」

「分かったー」

 私は着替えのジャージを持って、更衣室に向かった。


 夕方、十八時すぎ。

 帰りの電車に揺られながら、Twitterをチェックする。溜まった通知とダイレクトメッセージに目を通し、世界に向けて発信した。


柳祢子やなぎねこ:「今日は配信お休みにゃ。切り抜きでも見て暇をつぶしてにゃ~」


「はぁ……」

 ツイート完了の文字を見ながら、深いため息を吐く。


 早く帰って寝たい。睡眠時間を削って配信するの、結構つらいんだよね。

 もともとゲームと配信が好きだったから、大学生の時に流行に乗ってVtuberなんて始めたけど……。


 あれ? 私、なんでVtuberなんてやってるんだろう?


 配信サイトを開き、『柳祢子 切り抜き』で検索する。

 次々におすすめされる、柳祢子の絶叫を切り抜かれた動画。私は自分の絶叫を聞きながら、そんなことを考えた。


 私のVtuberとしての収入は、ハッキリ言ってゼロだ。俗に言う底辺Vtuberってやつだろうか。

 新卒一年目、教師としての収入があるから暮らしていけてるけど……。


 教師って忙しいし、前より配信時間も短くなったしなぁ……。

 配信は楽しいけど、この忙しさの中でやりたいとは思わないし……。


「はぁ……Vtuberやめてぇ」

 帰りの電車の中。

 私は、無意識のうちにそう口走った。



―――

柳祢子やなぎねこ

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