第9話 季奈と岸半田(復活のМ)

「しつこいなぁ…ほんとにさぁ!」

「それはそっちでしょうが!」

天葵と賢の戦いは一気にヒートアップしていた。


オリジナル以外の残った複製体も季奈によって

敗北してしまい、今は完全に自我を持った39番と、

本体である自分のみ。


(クソッ…39番を優先してれば…)

「どこ見てんのよッ!」

水島の一時的な襲撃にあい、

疲弊はしているものの、他の個体との連携が取れない今、



_優勢なのは、個人で完全に戦える者。



天葵のローキックが賢の足に直撃し、

足元からグキッと骨が折れる音がした。

体制を立て直そうとして思い切り拳を振り上げる賢だが、

他の個体との細胞共有が切れ、再生がいつもの何万倍にも

遅くなってしまっている。



(複製体の残機がもう…!)

本来は全複製体と繋いでいる共有も、39番が

まだ生まれたばかりの個体をオリジナルではない、

39番の複製体として上書きすることで、一気に

賢本体の残機数を減らされていたのだ。


「クソッ…僕を舐めるなよ!」

地面に倒れた賢に向かって、天葵の踵が近づいてくる。

だが、賢もやられているだけでは終わらない。

賢は服のポケットからライターを素早く取り出し、

自分の腕に火をつけた。

火が肌に触れた途端、アジトの洞窟がカッと光り輝いた。

「ッ…⁉」

「僕の細胞共有は死んでも…僕のはまだ

繋がってるんだよ!向こうで倒れている個体全員…

火をつけたらどうなると思う?」

地面で這いつくばりながら、賢は気味の悪い笑顔を浮かべ、

天葵の足を掴んだ。

(ヘリで襲撃を仕掛けていたのなら…船に積まれていた爆弾が

この島のものだとしたら…)

天葵が視線を洞窟付近の扉へと向ける。

扉の横には危険物注意と書かれたシャッターがあり、

下が少し開きかけていた。

季奈が倒した複製体達が倒れ込んでいた。

「まさか…爆弾」

「気づくのが遅かったね!」

賢の複製体達についた火が、シャッターの中へと燃え移った。



洞窟の中が爆音と炎で埋め尽くされる。



洞窟の中から吹き出した炎を見て、

外で天葵を待っていた季奈は星香と恵美を抱え、

近くの開けた砂浜へと走っていった。

「何が起きてるの⁉天葵ちゃんは⁉」

「大丈夫、天葵はあんな手負いの殺人鬼に負けるほど

弱くはないよ。それよりもしっかり掴まっててよ!」


吹き上がる炎は付近にあった森へと直撃し、

島全体へと、ゆっくりと広がっていく。

洞窟の中から、何かが勢いよく放り出される。

「…あれ、水島さんって人じゃない?」

「水島ちゃん…?」

放り出されてきたのは、天葵たちを裏切った水島だった。

爆発に巻き込まれたのか、体中に岩で切ったと思われる

切り傷が何箇所にもできており、季奈に繋がれている

リードと首輪も黒焦げになっており、

原型がほとんどない。

「何でこんなところに…っていうか天葵はまだ…」

「待って、誰か洞窟から出てきたよ…」

恵美の言葉で全員の視線がまだ火の消えない洞窟の中へと

向けられる。

「いやー、やっぱり火薬は良いですね〜。

掃除にもってこいです。成鶴木さんの通信が切れましたが…

まぁ、今去ればいい話…。」

「あ、あぁ…」

「…恵美、ちょっと星香さんと待ってて。」

星香の青ざめた顔から何かを感じたのか、

季奈は洞窟の入口へと向かう。

「ちょっと…って、まさか…」

「…なんで…岸半田さんが…ここに…」


クズの権化。他人をどうしようが構わない

顔が良いだけの人間。そこを研究所に見込まれた悪魔。


_岸半田きしはだ浩佐こうすけ


現在27歳という年で、今まで犯してきた犯罪の件数は、

脅威の3000件。

脅迫も、殺しも、詐欺も、全ての犯罪を犯しておきながら、

研究所で犯罪者である自分をNo.2の座へと立たせた。

仲間である成鶴木や三木からも、そのクズさは

計り知れないものがあった。




「あれ、どこに行ったと思っていたら…いるじゃないですか、

星香。さっさと連れて逃亡ですかね。」

洞窟からノコノコ出てきた岸半田は星香がいる事に

気づき、軽い足取りで向かってくる。

しかし、その彼に向かって、季奈も同じ速さで近づいていく。

「…?何ですか、貴方…」

「星香さんの友達…ってことにしておこうかな。」

「…理解しかねます。なぜそこまで他人を大切にするのか。」

そう言い終わると、二人の足がほぼ同時にぶつかり合う。

どちらも顔を狙ったのか、足の位置が顎の下まで届いている。

「…あのさ、岸半田とか言ったっけ、星香さんに

何したか、自覚ある?」

「はて、何のことやら。死んだ家族の代わりに娘を

くれてやったのです。何も悪いことではないでしょう。」

「…OK、分かった。じゃあ、死んでも星香さんには

手ぇ出させないから。」

季奈は足を思い切り押し出し、岸半田のバランスを崩す。

それと同時に、脇腹へと残っていた左足の踵で蹴った。

岸半田は喰らったものの、何ともしていないような顔で、

体勢を崩したまま、季奈の足元を狙って、手を伸ばした。

「足を狙ってんの、丸わかりよ?」

だがその手が足を掴む前に、季奈は空中で足を後ろまで曲げきり、

岸半田が砂浜に倒れ込む前に、思い切り顔を蹴り上げた。

「痛ッ。」

「嘘つかないほうが良いかもよ?」

しかし、それで終わる季奈ではない。

体が思い切り後ろへと倒れ込む岸半田の顔を、横から思い切り

蹴り飛ばす。

砂浜へと顔が到達することはなく、再び倒れようとすると、

今度は髪の毛を捕まれ、思い切り頭突きされる。

「ガッ…。」

「苦しいだね、まだあと9回は耐えれそうだね。」

頭突きを喰らった岸半田は、やっと砂浜へと倒れることができたが、

続けざまに、季奈の踵が彼を襲う。

だが、それを待っていたかのように、岸半田が白衣の胸ポケットから

注射器を取り出し、季奈の足に射した。

「…ッ…!」

「季奈!」

足に刺された痛みと、毒のような作用を持つ薬が、

季奈に襲いかかった。

足を抑え込む季奈の頭の上から、岸半田の拳が振り下ろされた。

「かっ…」

「いやー、危ない危ない。

ここまでやられたのは…あのお嬢様以来でしょうかね。

まぁ、僕の合成させた毒の前では、像も足が出ませんから。」

季奈が倒れたのを見て、薄気味悪い笑いをしながら、

季奈の背中に同じものを、3本射し込んだ。

「あ゙…あ゙ぁぁぁぁぁ…!」

「やめて!そんな事したら…季奈が…」

「おや、ご友人の方も一緒でしたか。

まぁ、今は森も燃えているので後ろで待たせておくのは

正解だったでしょう。問題は、私が貴方よりも

強かっただけみたいですが…。」

岸半田は、毒に犯される季奈を横目に、星香へと近づく。

「星香…貴方は物分かりが良い方だと思っていましたが…

どうやらとんだ勘違いだったらしいですね_。」

そう言うと、そのまま星香の頬を思い切り引っ叩いた。

「いっ…!」

「見てご覧なさい。あなたのせいで若者が1人死にそうになっていますよ?

可哀想ですねぇ…あと何分持つか…楽しみです。」

「貴方は…なんで…」

「口答えをしては良いと…教えた記憶はありません。」

星香の反抗に腹を立てたのか、岸半田は星香に先程

季奈に射ったものと、色の違う液体が入った注射器を

星香に向けた。

「これが何か貴方なら知っていますよね?

そうです。貴方の負の記憶を一日以上頭に流し続ける

貴方に一番効く毒薬ですね。」

「ひっ…」

「やめなさい…!ってば!」

居ても立っても居られなくなった恵美が、岸半田に

向かって飛び込む。

これには予想外だったのか、その場で倒れ込む。

「退きなさい…退け!しつけーなぁ!本当に!」

自分の思い通りに物事が一向に進まなくなり、

腹を立てたのか、彼の本性が出てきた。

季奈と違い力があまり無い恵美はその場で押し倒されてしまい、

そのまま季奈の元へと投げ飛ばされてしまった。

「いてて…」

「恵…美…」

「…!季奈!しっかり_」

苦しむ季奈を助けようと手を伸ばすも、その腕は、

岸半田によって止められた。

「そうだ…良いこと思いついた…

お前のことコイツの横で犯せば…最悪の人生の幕を下ろせると

思わないか?」

「え_」

岸半田はそう言うと、恵美の肩を掴み、もう片方の手で

恵美の着ているブラウスを、思い切り引きちぎった。

「い、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「暴れても無駄だ!こんな孤島に助けなんて来ねぇよ!」

ジタバタと暴れる恵美を抑え、恵美の頬を舐める。

「おい季奈とか言ったか?どうだ?お前の友達が

横で犯されながら閉じる人生…最悪のバッドエンドだな!」

毒で完全に回らなくなった頭で、ただ悔しさを感じながら、

季奈は涙を流した。

「恵美…恵美…嫌だよ…嫌…。」

「さて、じゃあ早速…」

「うっ…ううっ…」

二人は完全に、敵を見誤ったのだと確信した。

それによってもたらされた結末は、誰も助からず、

ただ汚い者だけが生き残ってしまった。


そうして、バッドエンドは訪れ_





「馬鹿は本当に油断しますよね。」

「…⁉なんだお前!」

「ほらね、後ろを向いたら、こうなるのに。」

岸半田が恵美に手を出そうとした瞬間、

彼の後ろに何者かが現れた。

その声は、二人に聞き覚えがあり、そして信じられないもの。

「水島…ちゃん?」

岸半田が振り返った瞬間、岸半田の肩に、銃弾が打ち込まれた。

「は…?」

何が起きているか理解ができていなかったようだが、

一気に体に広がる痛みが、疑問と驚きを打ち消した。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

「うるさいですね…不愉快です。」

岸半田が肩を抑えながら、苦しそうな表情を浮かべながら

膝から崩れ落ちた。

水島は岸半田の白衣のポケットから、毒の入った注射器と、

解毒用と書かれた注射を引き抜く。

そして、そのまま毒の入った注射器を、岸半田の首に向かって打ち込んだ。

「貴方が持っている解毒薬…全部季奈様に使わせて頂きます。

安心して、お眠りください、岸半田浩佐様。」

ニコッと笑い、そして残った注射器の8本を、

笑顔で岸半田の腹へと突き刺した。

「あッ……」

「…人生は運次第という方もいらっしゃいますが…

貴方は行いが過ぎたようですね。真面目に反省しても、

許されない事をしたのでしょう_それだけです。」

そう言い、立ち上がると、フラフラの状態の季奈にすかさず

解毒用の注射器を射した。



「助けに参りました。季奈様。恵美様。

これで、クチバシ研究所メンバー、全滅です。」



水島がそう言うと、海の中からゴゴゴと音を立てて、

潜水艦が現れた。


「さ、乗ってください。一旦近くの安全圏までお運びいたします。」



「…とりあえず…助かったね。」

「…裏切ったって話は?」

「考えても仕方ない…一旦着いていこう。」

考えがまとまらないまま、とにかく身の安全のため、

ショックで倒れていた星香を起こし、

3人は屍となった岸半田を置き去りにして、その場を離れたのだった。





こうして、研究所一派は完全に敗北し、

茂と39番、そして天葵達3人と賢本体の最後の戦いが始まる。

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モブの青春に重い愛は必要ない ゆきぃ @sarazawa

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