第4話モブとその頃(脱出)

最悪だ。いきなり恋人ができて、同級生に襲われて、会いたくもない

ヤツがいっぱい出てきて……

今、死んだほうがマシだという状況の中に放り込まれて。



神様がいても、助けてくれないのは

きっと僕が人間まがいの何かだろう。

「ちょっと〜起きなよ茂〜。」

頬がペチペチと叩かれ、視界がぼんやりとしながら、戻っていく。

ズキズキと痛む体と、嫌な汗の感触でより明確に視えてくる。

眼の前の女達の姿が。

「ゲホッ…」

「起きたね。体調は大丈夫?」

ひたすら続く拷問の中、茂は精神も、身体も既にボロボロだった。

背中と腹にはいくつもの傷跡が残っており、首には、金属製の首輪が

嵌められていた。

「…賢…お前は…何がしたい…」

「おー。やっぱりタフだねー。そうだなぁ…強いて言うなら、

〝日本の終わり〟かな?僕達はもうその準備が出来てるんだよ。」

「そんなのッ…」

「出来ないと思う?僕達、は戦時中に作られた、

無限繁殖型の戦闘兵器なんだ!でも、終戦に連れて、僕らは処分されていった。

口封じの中で、ただ仲間たちの中で生き残ったオリジナル…そう、自分の体の

構造を自由にイジれる、本物だけが生き残った。」

「なら…なんで僕を…」

「そう、オリジナルには元々感情が無かったんだ。

でもね、そんなトコロに現れたのが、小学生の頃の君だった。

その時に感じたんだ。これが、感情と、心だって。」

首から、39番のナンバーを下げた賢咸が、向かい側に用意された椅子に

座り、語る。

他の個体はおらず、地面には、小学生の頃の自分の写真が散らばっていた。

「…何でそんなに話す?一切そっちに得もない…」

「僕は、そんなオリジナルを止めたい。」

「…⁉」

「僕、39番は、君を手に入れようとするオリジナルから、

君を逃がし続けてきた。黒服に襲われた時も、白子都にお願いしたのは、僕だ。」

「…でも白子都さんは…」

「生きてるよ、死を偽装した。」

「…聞かれてたらどうするんだ」

「大丈夫。私達、賢咸は、計60000体存在してる。その中の一体、

私が他の賢咸よりも、血が濃い。」

そう言って、39番の賢咸は立ち上がり、茂に近づくと、椅子の拘束器具と、

首輪を破壊した。それも、素手で。

「逃げよう。君を天葵ちゃんが探してる。」

マンホールの5倍はあるであろう、地面のタイルを足で蹴飛し、

懐から銃を取り出すと、天井から下がっている電球に向かって撃った。

赤いランプが発光する中、茂を背負い、タイルの下に隠れていた穴の中へと、

飛び込んでいった。





「なるほどー。裏切ったのか。39番の僕。」

「裏切ったね、オリジナル、どうする?」

「…そう。じゃあ、とついでに、3番から7番を向かわせて。

場所は、霜貝島そうがいとう。39番の取った選択肢は、

おそらく、船に潜んでいたあのメイド…。江藤家と連携を取る気だ。」

本体の賢咸が、咥えていたアメをガリッと砕き、不機嫌そうに

メールが表示された携帯を開く。



茂、天葵が、賢咸と研究所によって分断された後の客船。


「おい!こんな割に合わねぇ仕事聞いてねぇぞ⁉」

「うるせぇ!なんで…なんであの殺し屋が…ここに…」

崩壊した客船。リーダーが先に逃げた事によって放置された研究所のメンバー。

船は崩壊しながらも、中に乗っていた乗客の大半は先に脱出した。

しかし、船には、誰も想定していないモノが乗り込んできてしまっていた。

「はぁ…うるさいですね。アヒル如きが…。」

江藤家直属メイド兼殺し屋の、芝山架折しばやまかおり

その経歴は、小学生の頃に、自分よりも年上の江藤縄樹えとうなわき、そして妹の江藤束南えとうたばなに襲いかかった2メートルの巨漢を、特異な体質によって無力化。

礼をしたいと江藤家に連れて行かれるも、待っていたのは、江藤家に忠誠を誓う

という契約書。幼い頃に両親を亡くし、祖父母の家に引き取られていた架折は

自身のたった二人だけの家族の安全を条件に、それを受ける。


その5年後、芝山架折13歳、中学1年生の頃。

自身の特異体質、〝細胞の異常発達〟により、最強の殺し屋として

名を馳せることとなる。



架折の足元には、血で染められた白衣の職員が大勢転がっており、

その内の殆が、自害をした者だった。

「何なんだ…何なんだよ!ちくしょお!!!」

(…残り三人。あの二人の爆破、はもう済む。後は問題の西木田さんを…)

デッキの端まで追い詰められた職員が、死体となった職員の体から拳銃を引き抜き

発砲する。架折は、銃弾が放たれたと同時に腰から下げた刀を引き抜く。

銃弾は、刀身に触れると、そのまま軌道をずらして、何もない空中へと消えていく。

「こっちにも仕事があるんです…速くくたばってください。」

刀を持ったまま、大きく腕を振るい、3人の腹へと直撃する。

次の瞬間には、鮮やかな血が宙で舞うと、次々に海の中へと落ちていった。

「さて、任務は完了。あとは…」

「ひっ…お願いです!子供だけは…子供だけはどうか…!」

船に潜んでいる間に見つけた、幼い子供を持つ、母親の職員。

聞き出すために捕縛したが、暴れるので、右足首を切断し、手錠で近くの

柱に括り付けておいたのだ。

「大丈夫です。あなたが情報を吐いて死ぬ前に、子どもの方も送ってあげますよ。

だって、子供も殺さなければ報復をしにきますので。」

顔を青くし、震える女の職員を横目に眠らせておいた、女の娘へと、刀を向ける。

「待ってください!吐きます…吐きますから…!」

「いえ、殺せば後始末は楽ですので…恨むなら、組織に加勢しちゃった

自分の事を恨んでください。後であの世むこうで謝ってください。」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

そして、架折は刀の先を、子どもの頭に突き刺した。



「危ないなぁ、もう。」

「…誰ですか、あなたは。」

「そうだね。西木田家のお連れ様…って言ったら分かるかな。」

架折の刀は、遠くの甲板に突き刺さり、寝ていた幼女も、目を覚ました。

「ちょっと…季奈、あの人足が…」

「大丈夫だよ!恵美ちゃん!サクッと倒して速く治療しよう!」

その場に現れたのは、布団に巻かれて身動きの取れない恵美を背負った

柄崎天葵の姉、柄崎季奈だった。

「…第二ラウンドは嫌いです。敵が強くなるので。」

「奇遇だね。私もだよ。」

「何で…何でいっつも巻き込まれるのよぉぉぉぉぉぉ!!」

恵美の声が響くと同時に、船に仕込まれたいくつもの爆弾が一斉に作動した。



茂と39番は、謎の地下室から抜け出し、孤島の砂浜に来ていた。

「ありがとう、えーと…39番目の賢?」

「良いよ全然。だって、僕の本体が起こした問題だ。

それに、この行き方、まだ僕以外は知らないからさ。」

軽く茂の傷口を縫い、包帯を巻き終えた39番は、ゆっくりとある場所を目指して

歩いていた。

「ちなみに、何処に向かってるんだ?」

茂の質問に、39番は立ち止まり、悲しげな表情で、こちらを見た。

「…あんまり言いたくは無いけど、言っておくね。」

ゆっくりと、そして、他の個体とは違う、光の籠もった目を向けて、口を開く。

「ここは、僕がまだ生まれてちょっとしたとき。人体実験に利用された

君がよく知るあの家だよ。」

その言葉に、茂は大きく目を見開き、そして震える指で、その場所を指さした。

「江…藤家…?」

「そう、僕の本体、オリジナルの人格と、君への執着は、ここから

生まれたんだ。」

熱い風が横を通り過ぎていく。でも、僕の心は、凍てつくように冷たくなった。

だって、ここにいる人間の多くは、幼少期にお世話になった、



「従兄弟達」の家だからだ。









                           続く。

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