第5話 モブとその頃(姉ズ)

茂と39番が目的地に着いた一方、

仕掛けられた爆弾が一斉に作動した客船は跡形もなく消えていた。

だが、季奈と恵美、そして架折の3人は_

「結構しぶとかったね。まさか、自分の仕掛けた爆弾で傷を負うなんてね。」

「ちょっと!それよりも治療でしょ!大丈夫ですか?」

早々に勝負がつき、積んであった小型ボートで脱出していた。

爆弾が一斉に作動したと同時に、季奈を残ってある爆弾で仕留めようと、

距離を詰めてポイントまで誘導したつもりでいた架折だったが、

自身が仕掛けておいた地雷型の爆弾を、運悪く踏んでしまい、

何もすること無く自滅してしまったのだ。

そのまま架折は海の中へと落ちて、姿を消してしまった。


「すいません…私は貴方達の敵に加勢してしまったのに…」

「良いんですよ、別に結果的に全員助かりましたし、それに…子どもが死ぬのは

イヤですから。」

足の切断された断面に包帯を巻き、止血は完了した。

念の為に船に積んでいた杖も持ってきているので、歩くのには少し時間が掛かるが、

死に至る大きな支障は無かった。

「…突然で悪いんだけどさ、ママさん。前から警戒はしてたんだけど、

結局あなた達の組織は何なの?」

まだ眠っている娘を抱えている母親の職員に、季奈が詰め寄る。

「ちょっ…季奈!」

「いえ、話ます。私が所属している組織、クチバシ研究所の

思惑と、今までやって来た実験や悪事の全てを、私に出来る贖罪として。」

そう言い、ゆっくりと喋り始めた。

「あれは私がまだこの娘を産む前の3年前、今からで言う8年前、私が

高校生の頃に、あの人達に言われ、組織に入りました。」




寺西星香てらにしせいか(18歳)

薬品会社で働いている父と母の間に生まれ、高校では首席合格し、

部活や個人の活動で多くの賞状を授与されるなど、優しい両親の間で

育った知能によって、危機感やプレッシャーを背負わない優等生として

満足する日常を送っていた。


しかし、高校3年の夏に卒業生の先輩である、

成鶴木なづるき三木みき岸半田きしはだにある提案をされた。

それは、〝人類の進化と、その過程に必要な物質や状況のパターン〟の研究。

この頃の星香は、夏休みの自由課題に困っていたため、これを快く引き受けた。


しかし、研究を始めてから、周りに異変が起き始めていた。


よく部室で集まる友達を見なくなっていたり、帰り道に何処からか

視線を感じたり、家でも夜になるとガサガサと何かが這いずり回る音が

聞こえたりしていた。

そんな怪奇現象が起こっていく中、星香にある1つの手紙が届く。

「手紙…?誰からのだろ?」

何も書いていない封筒に不審感を抱きつつも、慎重に開ける。

中からは、3つに折りたたまれた手紙と、2つの写真の様な物が入っていた。

それを裏返した瞬間、星香の息が驚愕と恐怖で一瞬止まる。

そこに写っていたのは、肩から血を流して倒れている自分の両親の姿だった。

理解が追いつかないまま、震える手で手紙を開く。

手紙には、【両親を返してほしければ、1人で矢崎高校まで来い】

というものだった。

何もわからないまま、ただひたすらに、彼女は家族のために走った。






指定された場所で待ち受けていたのは、動かないまま宙吊りにされた

両親の体。その場所は、いつも研究で使っていた、科学室。

絶望と怒りでその場に立ち尽くした星香の前に、彼らはわざとらしく

微笑んで近づく。

彼女が殴りかかったのは、言うまでもない。

しかし、年の差、経験の差はそう簡単に埋まるものではなく、

呆気なく、星香は三木によって止められ、そのまま意識を失った。


そしてこの日、ある研究員が1人、研究所のメンバーとして増えたのだ。






「あれから、私は23歳になるまで家畜のような扱いを受けました。」

「…そのクチバシ研究所は何で茂を…?」

「成鶴木、三木は人間に過度な恐怖と怒りを与えることで、普通の大人よりも

強い子どもを孕ませることが出来る事を発見し、それを西木田茂という、

元々特別なデータを持つ人間で試そうとしているんです…。」

「待って…発見って」

「…はい。私の娘、星奈ほしなです。研究所に誘拐された日に…

岸半田に無理やり…。23歳の頃に生まれて、それからはやっと、やっと

〝人間〟なんだって…思えるように」

「もう大丈夫、ありがとう。星香さん。」

星香の肩に季奈の手が置かれる。

(大体の情報、そして、主犯は、ほぼ分かった。)

そんな季奈を見ていた恵美が、少し苦しげに吐き捨てた。

「こんなっ…事があって良いの…?元々同じ高校で、普通に生きてきたのに、

身勝手な研究で家族を失って…こんなの…」

「…大丈夫だよ、恵美ちゃん。」

そんな恵美の目元から溢れた涙をハンカチで拭う。

落ち着いている様に見えるが、恵美には分かっていた。

ことに。

そんな、季奈達の前に、1つの島が見えてきた。

岸に近づいていくと、見たくもない地獄絵図が広がっていた。

そこには、多くの倒れたクチバシ研究所の白衣を身に纏った職員たちが

倒れており、その職員たちの上に、同じ顔を持つ殺人鬼であり、クローンである

賢咸の二人が立っていた。

「あー。あれって要注意人物じゃない?」

「ホントだ。39番探すつもりだったけど…星奈って娘と、恵美って娘が

ちょうど居るし、こっちからやろうかな…いける?56番。」

「OK、80番。あの茶髪と…あの星香って職員殺せば終わるね!」

船が岸に近づくのに合わせて、賢咸のクローン達も、走って詰め寄る。

「季奈。絶対に星香さんに手を出させたくない…。」

「…分かった。じゃあ、後ろに下がっといて。」

そして船が完璧に陸に着いた瞬間、二人同時で季奈に、ポケットから取り出した

ナイフで斬りかかった。


しかし、柄崎季奈の性格は、天葵も口にする、〝一度キレたらどうしようも無い〟


季奈に向かって、思い切り振り下ろした腕に、56番と、80番は違和感を持った。

なぜか、視界に映っているはずのナイフが見えない。

横目で見ると、いつの間にか、あり得ない方向に曲がっている腕があったのだ。

『え』

「ごめんねー。賢ちゃんだっけ?

         ________今私、凄く機嫌悪いの。」


季奈が動揺した二人の頭を掴み、思い切りぶつけた。

二人の賢咸は、そのまま頭から血を流し、そのまま後ろの岸で動かなくなった。






「…星香さん」

「ッはい…。」

「貴方は今まで誰も殺すこと無く生きてきたケド、今は楽しい?

そのアホみたいな名前の研究所にいて。」

「…楽しくは無いですね。でも、今残った家族を育てるにも…」

「じゃあさ、私が手伝ってあげる。」

岸へと、星香を運んだ季奈と恵美は、近くの砂浜を歩いていた。

海がキラキラと光る眩しさに、星香はどこか苦しそうな表情を浮かべていた。

そんな彼女を、姉の立場の二人は、守るべき家族がいる二人は

決して見捨てようとはしない。

「私も、茂と天葵ちゃんにも手伝ってもらおう、季奈。」

「…今日はよく私の名前呼んでくれるね。いつもそれくらいで良いのに。」

「ちょっ…今言う話じゃなくない⁉」

二人で騒がしくする光景を、星香は少なくとも、懐かしさと優しさの

籠もった気持ちで見ていた。

すると、そんな彼女らの前に、よく知る人物が走ってきた。

「お姉ちゃん!恵美さん!」

白いワンピースを紐で結び、黒いTシャツを着た天葵だった。

「天葵⁉大丈夫だった⁉」

「天葵ちゃん⁉傷だらけ…っていうか茂は⁉」

「…最悪の事態になった。」

天葵は、ハァハァと息切れを起こしながら、二人の前にスマホのボイスメッセージを

開き、再生した。

【…お元気ですか?茂さんも、天葵さんも、まんまと騙されてくれてありがとう

ございます。私の正体は、クチバシ研究所の解剖科副担当、水島です。】

「…これ…本当?」

「うん…茂くんが行方不明になった時と、ほぼ同時刻に送られてきた。

つまり、水島さんは私達を裏切って、茂くんの事、まだ狙ってる!」

何も無い、ただ暑い砂浜の中、天葵の少ししがれた声が大きく響いた。



                                 続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る