第3話モブと船上パニック(再来と再会)

「さて、どうしたものかね。こちらとしては、貴重なサンプルデータ

として、西木田茂を渡して頂ければ、手荒な真似はしないんですが…」

船上に突如現れた謎の白衣達と、何処かに消えた天葵。

絶望的な状況に駆けつけたのは、茂の従兄弟の白子都しらことこう

だった。金髪だが、背中には(特別護衛隊)という文字が白く大きく印刷されており

その中心には、鳥の羽根を食いちぎる荒々しい狼のロゴが刻まれていた。

「こっちも従兄弟をやすやすくれてやるほど腐ってはないんでね。」

「…チッ。そうか、お前ら特護トクゴか。」

突然、船を囲んでいたヘリコプター3機が、海の中へと墜落し、凄まじい爆発音と

黒い煙が、船の後ろで巻き起こる。

「⁉」

「あー。そういえば茂には言ってなかったな。

私は今、日本の平和と秩序を守るべく作った部隊、特別護衛隊、{VoL}で

隊長をしている、コウ=シラコトだ。」

船に上がって来ていた白衣たちは、爆発音に恐怖心を揺すられており、

その場で立ち尽くす者や、頭を抱えて叫ぶ者もいた。

「…ここは撤退してまた狙うとしよう。」

状況を見て、船のデッキから素早く女が降りていく。そのまま船から飛び降り、

姿が見えなくなるまでに、目で追えないほどに。

「私達もトンズラしよう。茂。ちょっと掴まってろ。」

一方、客船は傾き始め、そこに乗り合わせていた客たちが、どんどんテーブルや

荷物に押しつぶされていく。

「ちょっと待って…姉貴がまだ…それに天葵も」

そんな中で、姉や、季奈、そして天葵の無事が分からない事が頭の中でよぎる。

しかし、助けを求めれる。可能であるという人物が、決して1回助けてもらえた

人物とは限らない。

「…知ってる?僕、この永い年の間で、変装も上手く出来るようになったんだ。」

先程まで、見慣れた顔だった筈の香の顔が、ベリベリと剥けて、それは偽物だと

確信するのにあまり時間は掛からなかった。

そう、それが最悪の再会ということが、彼の不幸をより恐ろしくさせる。

「…!かしこみな?」

「ぶっぶー。正確に言うと…妹のほうの僕さ!」

そう高らかに声をあげて、向ける笑顔に、悪寒しか感じない。

あの日、あの時間のような、そんな残酷で危険なピエロが、こちらに

微笑んでいる。

「…白子都さんはどうした…」

「ああ、この皮の女?殺したよ?」

「は?」

「ああ、そうそう。ここに居るヘリコプターあるじゃん?

よくよく中覗いてみなよ?きっとそれで分かるから。」

この瞬間、コイツは何て言った?

ただよく聞き取れたのは、ヘリの中、覗く。

そして、(白子都さんを殺した)その事実。

最近良く思う。こういうときに、何も怖気づく事無く、

立ち向かえるようになった自分は、きっと壊れているのだろう。人間ありきたりの、

によって。

「ふざけんな!」

「お?もしかしてヘリコプター気にしてない感じ?じゃあ、開けちゃおうか!

出ておいで!!」

思い切り拳を握り、その腕を思い切り伸ばして、あのフザけた顔に叩きつけた。

筈だったのに。

「ちょっと、これが茂〜?」

「弱いよ茂?」

この空間が、悪夢の再現だとしてもおかしくはない。そう思った。

眼の前で自分の身体中に張り付く、何人もの賢を見て。

その目の奥はドス黒い何かを発していて、見続けていたら、同じ様になってしまう

ような、そんな変な気持ちにさせてくる。

振り払おうとして、精一杯かき分けようとする度に、体にどんどん、重みが重なる。

「何で…こんなに」

「だから言ったじゃん。ヘリコプター見たら分かるって。」

耳元で声がする。振り返るのが遅かったのが悪かったのか。

目に入ったのは、自分の腕に刺さった、何十本もの注射だった。

嫌でも分かる、この危機的状況の中、僕は何が起こるのか予想がついた。

注射を急いで外し、血が溢れても、そのまま目もくれずに、そこら中に湧く

賢をとにかく殴った。

(おそらく、本体以外のこれはいわば人形。だったら早くどれかを

故障させれば、抜け道は作れる…!)

だが、それには大きな欠点があった。

そう、本体が、その中に、近くに紛れていた場合は、危険行為であるということ。

「ねぇ、いい加減にしてよね?茂?」





謎の島に流れ着いた天葵は、今死体を目の前にして、固まっている。

そう、”西木田茂を捕らえたモノに5億円の賞金を与える”という

張り紙を顔に付けて死んでいる男性の死体である。

「…茂くんが危ない。」

何処か分かっていない。勝手に動くのは危険かもしれない。

でも、今はただ、茂のために走っている。それだけが彼女を突き出す

ための理由となった。

「お願い…無事でいて…!」



現実は無情である。

そうだ、そうに違いない。

「はーい、茂。早く言ってよ。この犯行に及んだ犯人は、

柄崎天葵ですよって。」

「…言わない。」

「…ふぅん。そう。79番。顔、沈めな。」

そうじゃないなら、何でこうなった。

「ゴボッ…ゥ゙ッ…」

「OK。止めて…さ、次はどんな拷問で吐かせようかな〜?」

「ちょっとー。オリジナルだけずるいってー。」

『アハハハハハハハハハハハハ!!』

暗い地下、折られた手足、遮られた視界。そして、与え続けられる、

苦しみと痛み。どれも、今まで受けてきたモノよりも、酷く感じた。

どこへ顔を向けても聞こえる、その声が心を蝕んでいる感じがした。

「よし!じゃあ次は、天葵ちゃん本人をここで拷問しようか!」

ああ、やっぱりだ。こいつらは、平気で人を殺して、弄んで、傷つける。

ここに来るまでにも、何人もの子どもと、目元が乾いた女性の死体があった。

あれも、きっと娘の苦しむ姿を見せて、殺したのだろう。

「…この…クズがッ…」

『アハハハハハハハハ!』

そう。だから、お願いします。神様。どうか、コイツらを殺して、

傷つけられた全員を救ってください。

頬を流れる熱い涙が、震える唇を離れて、落ちた。

それを待っていたかのように、気味悪く笑う賢達が、再び茂を囲んだ。

それは、茂を壊すのには、十分すぎる仕打ちだった。





「…賢咸。通称、ハイグレートクローンVERSION7。政府がミスで

野放しにしたのが、今1人の男を、それを境に、多くの人間を

傷つけようとしている…あるまじき行為だと思うよ。」

島の海岸付近。青いアロハシャツの男がスマホを片手で弄りながら、1人で呟いた。

「後は、研究所こっちの番だ。殺人鬼かしこみな。」




                     続く。

   




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