第10話 モブの裏で動く影(次回から新章)

「地球外…生命体?」

「正確に言うと心臓から生成される血に異様な点が有るそうなんです。」

学食コーナーで向かい合う茂と水島。水島から告げられた

地球外生命体という言葉に少し不安のようなものが生まれる。

天葵が休むことと、わざわざ柄崎家で言わなかったことをふまえて、

おそらく柄崎姉と水島しかこの情報の真偽を知らないのだろう。

「別に茂さん自体は普通の一般人です。しかし、血の中に入っている

特別な力があり、それに引き寄せられるような人間がいるというだけです。

憶測ですが未梁さんもそれで以前から貴方に執着を持っているのかと…。」

茂は天葵と水島、そして未梁の今までの行動を思い出す。

水島や天葵は手段こそ乱暴だったものの、自身を傷つけようとした

意思は少なくとも無かった。スタンガンや単純な暴力のみという、あくまで

痛みを(手段)としての愛を伝える方法。だが未梁は違う。

彼女は最初から、痛みを(目的)として、自分の欲を満たすための道具として

茂のことを狙っていた。

「…今の水島さんはどうなの?」

少なくともこのような事実を伝えられてしまってはどうしようもない。

手当たり次第自分への干渉の目的を割り出していかねばならないと思ったのだ。

「私は今は季奈様の専属ペットですよ?」

不思議そうに言葉を返す彼女の瞳に以前のような曇りは無く、

それを見てひとまず安堵する。

そんな会話をしているうちに、予鈴五分前になった。

「ではまた放課後に伝えておかねばならないことがあるのでそれまでは   

お気をつけてください。」

水島は早歩きでその場を離れていき、茂は一人になった学食コーナーから

続いて自分の教室へと戻っていった。





「えーじゃあここの問題からだな、まずエービールは…」

茂は大抵休み時間は天葵と過ごしていたため、こういう休んだ日の

過ごし方は本を読むか、メールの確認をするだけ。

一時限目の休み時間では以前仕掛けられたような盗聴器やカメラが

無いようにくまなく探していたがそれはまた別だ。

今は四時限目の残り10分といったところだろう。

担当の国語教師が自身の手元のノートを指と目で追いながら

黒板に文字をカッカッと刻んでいく。

普段は真面目に授業を受けている茂だが、今日ばかりは水島の言葉に引っ張られていた。(地球外生命体)自分がその得体のしれない生物の片隅にいるということに。

自分がそうなった理由もそうだが、周りへの影響は?家族や親しい人との関係は?

そもそも、天葵も自分のこの謎の性質に引き寄せられてきたのでは?

そんな疑問が浮かんできた。考えるのをやめようとしても浮かんでくる嫌な光景。

茂はその日の国語の授業で、初めてノートを開くことが無かった。




そんな茂は、自分を見つめるカメラがあることにもちろん気付かなかった。

「へぇ、アレが例の新人類イマニティねぇ。あんななよっこいのがか…気になるなぁ。」

「署長。今回の目標…あの巳琴が関与してるそうです。できるだけ慎重に行きましょう。」

校庭の上を飛ぶドローン。その先端に取り付けられた小型カメラの映像を繋げている

大きめのモニターにはある男が映っていた。

髪が目元まで垂れかかっており、特に目立つようなものや挙動も一切見当たらない。

モニターの前にあぐらをかく二人の男女。

女はピンクと黒が入り混じった髪の色と、低めの身長に、背中に大きめのバッグが

よく目立っている。そしてもう片方は狐のような吊り目を持つ白髪の男。

両者ともに胸元にアヒルの顔の書かれた白衣を身に着けており、変わった身なりを

しているのだ。

男は映像を少しじっと見つめた後、スマホをポケットから取り出し、

ある人物へ電話を掛けた。

「もしもし?俺や。成鶴木なづるぎや。悪いけどこっちも手ぇ出さん理由が

無くなったんでな。早いモン勝ちってことで。」

そう口早に伝えると、相手からの反応が聞こえてくる前にすぐさまピッと切った。

「面白くなってきたじゃん。三木、学校の防衛システムをハックしぃ。」

「それなら岸半田きしはだが向かってるのでそちらにどうぞ。」

スマホを白衣の中にしまい、跳ねるように立ち上がって入口に向かって歩き出した。

後ろで見ていた女は近くにあった荷物を鞄の中に仕舞い込み、そのまま後を追った。


「巳琴様…どうやらクチバシ研究所は単独で茂様を捕まえるようです。」

暗い部屋の中にポツリと照らされたソファーには、小柄な銀髪の少女が1人、

そして、周りを囲む七つの影が照明でゆらゆらと揺れる。

伝達に来た女は録音したデータをその場で再生する。

【もしもし?俺や。成鶴木や。悪いけどこっちも手ぇ出さん理由が

無くなったんでな。早いモン勝ちってことで。】

短く、単純で意味不明なメッセージが流れ終わると同時に、少女がソファーから

立ち上がった。

「成鶴木…あのキツネまだ生きてたのね。しかも、まさか三木という

厄介なボディガードのオマケ付き…。」

少女は肩を組んで顎に手を当て、思いついたかのようにその場にいる

全ての人物に提案した。

「そうだわ!貴方達七人には茂を捕まえるのに貢献した頻度によって

立場を変動するチャンスをあげるわ。」

部屋でピクリとも動かない影が少し微動する照明の灯りを受けて

大きくなっては小さくなるを繰り返す。

少女はこちらを見る七人の表情を見て、面白そうに頬を震わせた。

その顔がどの様な顔だったのかは、本人以外は知らない。




放課後、茂は帰路を水島と共に帰っていた。

水島に言われた「まだ伝えなければいけないこと」はともかく、

ただ心の拠り所を探している屍の感覚で茂は動いていた。

天葵に。自分をそのままの意味で愛してくれる人に会いたい。

自分が信用できない人間を受け入れるのが怖い。

そして、自分を傷つける人間が、酷く恐ろしかった。

天葵を異常だと感じていた茂も、いつの間にか、天葵がいることで

動く生物、つまり天葵というエネルギーに依存した械物へと姿を変えていた。

彼の目は光の灯ったロウソクだったが、今となっては使い物にならない

黒い、光は訪れない、そんな目をしていたのだった。



そんな彼を見て、水島は顔を下に向け不敵な笑みを浮かべていた。

彼女が服の裾からコソッと開いた携帯に、一件のメッセージが送られてきていた。

送り主の名は、(成鶴木さん)






1人の少女によって色づいたかに見えた脇役の青春群像劇は

大きな闇を幾つも抱えて、更に少年の心と体を蝕んでいく。

無慈悲に、ゆっくりと、大きな音を立てて。

















「あー。茂君は元気かな」

夜の海の上に浮かぶ一台の観光船。

デッキにテーブルが置かれており、ポテトチップスや缶ビールが周りに

散乱している。缶ビールに手を出したのは、紫色の髪がよく目立つ

目がキツネのように細くなっている女だった。

女は首にかけたペンダントを開いて愛おしそうに眺めた後、

そのまま何かを掴んだかのように、何もない空間に手を伸ばした。

「絶対にあの二人を止める。安心して待っててね。茂君。」




次回 新章開幕   謎の来訪者編スタート



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