謎の来訪者編

第1話 モブの青い夏の始まり(暑い)

夢に出てくるのは、遠い昔の記憶。そして、今の苦痛の記憶。

もう疲れているのかもしれない。夢にまで悪魔たちが自分の身体を

引きちぎって笑っている。それが猛烈に痛くて。苦しい。

そんな記憶を見ている自分に、彼女はいつだって舞い降りる。

そう。僕の彼女が今、僕を救けに来てくれてるのだから。

「で。どうする?茂?私と一緒に来るか、眼の前で大切な天葵ちゃんを

焼き殺されるか。選んで?」

だから、この悪夢じみた現実が、僕の存在を許してくれないのだろう。




来訪者編_スタート。




7月29日。夏休みに突入した茂は柄崎家を訪れていた。

「おはよー茂くん。元気にしてる?」

「まぁ、程々には。」

家に上がると、蒸し蒸しとした空気の中、天葵の姉、季奈がソファで

くつろいでいた。茂の姉を抱きまくらのように抱えて。

「…茂。私の例のブツを…」

体を縄で固定されてるのによく動けるものだと今では驚きよりも感心が

勝ってしまうようになった。

「はいコレ。」

茂は肩に掛けていたバッグの中から1枚の封筒を取り出した。

封筒には、西木田恵美様へ、と書かれており、差出人には、江藤須早と記されている。恵美が縛られたまま、足で受け取ろうと、つま先をこちらに向けてきたが、

季奈によって横から奪われてしまった。

「ちょっと⁉何すんのよ!」

「大丈夫だよ。恵美ちゃん…男じゃないなら。」

「茂ー!天葵ちゃん!この縄解いてくれないかな!凄く逃げたい!」

そんな恵美にお構いなく、封筒がビリビリと破られる。中から出てきたのは、

5枚の謎のチケットと、折りたたまれた紙が入っていた。

季奈が紙を広げると、そこには端から端までビッシリと文字が綴られていた。

茂と天葵も気になったのか、散らばったチケットを拾い、まじまじと見る。

「江藤家主催パーティーチケット?」

「姉貴こんなの持ってたっけ?」

「…私達西木田家の人間は昔から江藤家との繋がりが深いの。

で、いつもは両親が夏休みになると、そのパーティーに出席するんだけど…

二人共残念ながら今フランスで旅行中じゃん?だから今回は私達姉弟が

出るはずなんだけど…何故か5人集めてこないと行けないから良かったら

誘おうと思ってたんだけど…届いた夜に誰かさんが余りにも前触れ無く

誘拐してくれるもんですからねー。最早才能ですよねってなりましたよ…」

「そんな\\\褒めても離してあげないよ?」

「褒めたくもないわ!!」

やいやいと言い合う姉二人を苦笑いしながら見つめる天葵と茂は、

チケットをひらひらさせて、うちわ代わりにしていた。

「にしても暑いよねー。」

「そうだねー。」

「…私も着いて行って良いのかな?」

「…むしろ天葵に来てもらわないと駄目な気がする。前みたいに未梁みたいな

ヤツに絡まれたら暴走しちゃうでしょ?」

「うん。間違いなく次は殺しちゃうかも。」

「はは…まぁ、何はともあれ、江藤家って言ったら海の方に会場があるらしいから

午前中は向こう持ちでバーベキューとかフェリーとかで…そのデート的なものをってぶっ…⁉」

茂の口の中にチョコ味の棒アイスが思い切り突っ込まれる。

ニコニコと天葵がこちらを見ており、何か気に触れることでもしただろうかと

考えていると、天葵は嬉しそうに茂に抱きついた。

「そっか〜!茂くんは”私”とそんなにデートがしたかったのね!」

「むぉ、むぉーべふ。(そ、そーです。)」

「分かった!じゃあ一緒に楽しい夏休みにしようね!」

暑い部屋の中に、お熱いカップルの冷却には、ちょうどアイスが良いかも

しれない。姉達は二人を見てそう思った。




3日後、8月1日。




束南たばな様、縄樹なわき様。どうやら西木田家のお二方は今回出席なされるそうです。」

「そう…茂は元気かしらねぇ。」

「あら、茂は私がちゃんと、お相手しますのでお姉様は引っ込んでてください。」

海沿いに建つ、和風な館の一室。浴衣を着た二人の女と、メイドが1人、

テラス席で菓子と炭酸飲料を広げていた。

束南は赤い髪を後ろで1つに束ねており、頭の上に上げているサングラスが

よく似合う。だが、身長は妹の縄樹よりも少し低い。

「そもそも…貴方は妹でしょう?どの立場で言っているの?」

「妹でも力なら負けませんよ?束南お姉様。」

束南と縄樹は眼と眼の間で火花を散らしており、それを見ているメイドは

アハハと苦笑しながら適当に流した。

だが、残念ながらメイドには苦難と災難が付き物の仕事であるということを

彼女は忘れていた。

テラス席にドタドタと館で雇われている若い執事が走ってきた。

「き、緊急告知!西木田様が只今手配した客船にて、こちらに向かっています!」

「どうしました?メイド長の指示では確かこちらに来るのは…」

「西木田茂様が…茂様が彼女様とこちらに向かっておられますぅぅぅ!」

執事のその一言で、真夏の暑い日差しの流れ込んだ室内は、一気に冬のような

寒さを巻き起こした。メイドには分かった。長年この二人に仕えてきたからこそ

分かる。二人の脳内で今多大なダメージが入ったこと。そして。

「…ねぇメイド…いえ、架折かおり。」

「は、はい。何でしょうか…縄樹様。」

「あら、縄樹。私も架折に用があるのだけど。」

「…要件は同じでしょう?」

「まぁ、そうね。架折。」

「…はい。」

『茂の乗っている客船を爆破してきなさい。』

「…御意に。」

メイド、芝山架折しばやまかおりは江藤家に仕えるメイドにして、

この世で一番の苦労人でもある、殺し屋とメイドのダブルフェイスなのである。



同時刻、客船では。

「広いねー。」

「そうだね。」

茂と天葵は、デッキ席に備え付けられたソファでくつろいでいた。

雲一つない快晴な空の下でアイスとジュースが限界まで注がれたグラスは、

中の青いシロップのせいか、とても映えて見える。

長いスプーンで白いアイスクリームをひと掬いすると、中からひんやりとした

冷気が流れていく。

茂はアイスを口に入れ、波の音が騒がしい船の上でぼーっと遠くを

眺めていた。薄着になるので少なくとも傷が痛むのではと心配したが、

柄崎家のおかげだろう。

「そういえば、茂くんと付き合い始めて4ヶ月経ったねー。」

「…天葵。実は相談が…」

「?何の?」

「僕の命に関わる大事な話。」

「…というと?」

「最近、水島さんとか、未梁とかが、よく夢に出てくるんだ。そのせいか、

今まで見てきたトラウマが蘇ってきちゃって…昨日思い出したんだ。

結構危険な人。それで一応相談しとこうと思って。」

そう言って足元に置いた自分の鞄の中からタブレットを取り出し、

保存しているファイルのページを開き、天葵の方に向けた。

「これは…?」

「…僕が小4の頃の同級生。名前は賢咸かしこみな。僕がぼっちに

なった要因で…今はただの殺人鬼だ。」

そこに映し出されたのは、指名手配のポスターの中に並ぶ、

ごく普通のオカッパの女の子だった。


「お願い…娘には…手を出さないで…」

_8月1日.9:00AM

江藤家所有地、第三番監視室にて、事件発生。

「えー。でも茂の場所が分からないから要らないなー。」

犯人は監視室正面に立つ15名の護衛と遭遇。

「そんな…」

「ひぐっ…お母さんっ…」

後に護衛全員の心臓を一突きし、室内に潜入。

中にいる男性職員全員を銃殺した後、残った子供、女性職員を

「お願い…やめてぇぇぇ!!!!」

はりつけにして焼殺。犯行は30分の間で行われ、三番監視室の人間

合計47名が殺され、生存者は1人も居なかった。

「ん?何だ、この客船…アハアハハハハ!!僕はツイてる!!

まさか獲物がこんな近くまでやって来るなんて!!君は何時もそうだね!!」

犯人は、連続殺人事件犯人、賢咸。現在も江藤家所有地の何処かで、

「僕の愛しの…し.げ.る…」

潜伏している。


「…アレが江藤家…えらい金持ってんねんなぁ。」

「成鶴木さん…今回は気を付けないといけません。なんせ、

新人類イマニティ狩りが多くの組織から派遣されるそうですから。」

「分かってるわ三木。そんくらい…」

江藤家所有地第八番監視室、上空。上空から現れた謎の戦闘機、ヘリコプターから

謎のアヒルの白衣を着た集団によりジャック。職員は全員無事なものの、

男性職員数名拉致、及び、女性職員を地下室で監禁。人質として取っており、

今も動く気配がない様子である。時刻9:40分の出来事である。



江藤家のパーティーに招かれた柄崎家姉妹と西木田家姉弟。

その先で、待ち構えている白衣集団、そして連続殺人鬼。2つの牙の

的は、西木田茂。茂の元へ現れる謎の来訪者達は、ただ、

彼を手に入れるために、手段は選ばない。





                   第一話 完

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