第8話 モブと彼女(再認識)

「何だアンタら?人んち壊しやがって。」

「そっちこそ私の彼氏返してくれる?」

壁を思い切り破って現れたのは、目のハイライトがオフになり、

笑顔を何とか保とうとしている完全にキレた天葵だった。

「天葵…何で。」

痛みに顔をしかめながらも天葵の姿を捉えた茂は、

これが幻想では無いことに安心した後、隣りにいる謎の女に

気がついた。

「…アンタ彼女いたんだ〜…動くなよクソ女。私の所有物

に触れようもんならコイツがどうなるか分かってんのか?」

未梁は茂の体を乱暴に離し、美恵の体を足で転がす。

油断はしているようにも見えたが、服の中に隠れる幾つもの金属が

きらりと茂の目に反射した。

「…ッ、何処までお前は…。」

「黙っといてよ所有物。私に付けられた傷また開かれたい?」

茂の服をめくりあげ、天葵に見せつけるように脇腹を突き出す。

茂の脇腹には以前天葵が風呂に入れた時に貼った大きめの絆創膏が

あり、その絆創膏の上にはマジックで「てんき」とひらがなで

書かれていた。

「は?」

呆気に取られた未梁の背後に素早く天葵が回り込む。

そのまま腕を掴み、放り投げた。

「うおっ!」

「動揺しちゃった?しちゃうよね〜だって先客はわ・た・しだからね。」

放り投げられた未梁は地面スレスレのタイミングで体を空中で回転させ、

壊れた壁の破片を避けながら部屋の隅に着地した。

少し不機嫌な顔をした天葵が未梁のことを睨みながら茂の手錠を近くのペンチで

こじ開ける。茂の刺し傷に素早く処置をしようと少し大きい救急箱を取り出した。

「良いの?そんなことしたらお姉さんが人質になっちゃうけど?」

「…あれ見てもそう言える?」

動揺を狙うべく未梁が吐いた言動に一ミリも動くこと無く親指を

自身の背後に向けて振る。そこにいた筈の美恵の姿は消えており、

更にもう一人いたはずの女も消えていた。

「…まだ居るってワケね。まぁ良いわ。今の状況じゃ分が悪いし、

今日のところは終わりにしてあげる…でも、次はちゃんと潰してあげる。」

流石に状況を掴めない中での天葵に手を出すのを諦めたのか、未梁は

壊れた壁を抜けていき、姿を消した。しばらくしてガラスの割れる音が

したことから逃げていったのだろう。

「…ごめん。また捕まっムグ…!」

逃げていくことが確認できたやいなや、今回も自分のせいで面倒事に

巻き込んだことを謝ろうと口を動かした。しかし、その口は一回り小さい

天葵の唇によって塞がれる。

数十秒経ったところで、茂の体が倒れたのを見て天葵が長いキスをやめる。

「ちょっ…流石に…怪我人にこれは…」

「…うるさい。自分が誰のものか分かってない人にはこれくらいが

丁度良いでしょ。」

「いや、僕抵抗したじゃん!」

前回に引き続き茂が拐われていた天葵の独占欲に拍車がかかっており、

今回はキスだけでは済まないだろう。

茂の冷や汗がたらりと流てきた顔に、ゆっくりと天葵の影が重なった。


「あー。お楽しみだなー。美恵ちゃんも私とやろうよ!」

「いやいやいやいや!っていうか何でココに居るの⁉茂ー!!

助けてえぇぇぇぇぇぇ!」

そのころ建物の屋上でその様子を隠しカメラで見ていた季奈と

縛られたままの茂の姉、美恵もまた酷い事になる。

「えー。つれないなー。」

「だって柄崎さん私のこと前完全に襲う気でいたよね⁉知ってるんだよ⁉」

「え?別に女の子同士だから良くない?」

「駄目に決まってるでしょ!」

一応友達に紹介された際に面識があるのでコミュニケーションは取れるものの

美恵からすれば最早ただの狂人である。

「…さて、家に帰ろうかな。」

「待って…何で私担がれてるの?これ解いてくれない?」

「…まぁ楽だから。家帰ったら…ね?」

ニコニコと微笑む笑顔から何か察したのだろう。

その様子を見て悲鳴をあげた美恵だったが、口元にハンカチを当てられて

意識をパタリと失った。

「…茂くんは今日は私の家でお泊まりだね。」

「さて、美恵ちゃん用の首輪買っとこうかなー。」

この日の夜に西木田姉弟が柄崎姉妹に滅茶苦茶にされたのは

また別の話。






「やはり動き出しました。巳琴みことお嬢様。」

モニターが何十台も並ぶ明るい部屋の中、黒いスーツを身にまとった

女性が1つの映像を確認する。そこには茂が未梁によって誘拐された

映像がくっきりと写っており、その後写ったモニターには

美恵が泊まっていた友達の家に無理やり押し掛かるガラの悪い女たちの映像が

流ていた。そのモニター達の前に巨人が座るのかとでもいうような玉座が

建てられており、そこに座るミニスカートの女の姿が怪しく光で反射された。

「…そうね。今は良いように動いてもらいましょうか。」

女は手を人形使いのように手を広げ、フッと笑いをこぼした。

「私の茂だ。何としてでも手にれてやる。この命にかけても…。」




続く。


















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