第6話 モブと連鎖する不幸(悲しい)

水島による茂誘騒動の翌日。

矢崎高校では全校朝会が開かれていた。

[えー。昨日から生徒会に所属する生徒全員が行方不明になっており

誘拐の可能性が有るとみなして警察が捜査を進めていまして、また

来週の月曜日からは校門付近を警察が見回りすることになるので…]

案の定、生徒会の生徒全員のたった一日による失踪。

問題になるはずもなく、やはり親バカな水島家は思ったよりも手を

回しているらしく今日も登校中に街中で大量の張り紙が貼ってあったのを見た。

「…天葵、水島さんはどうしたの…?」

「…気になる?」

小声で尋ねた茂に、完全にハイライトがオフになった目で天葵がこちらに

微笑みを向ける。

「いや…何でも無いです……今日デートデーでしたっけ?」

「うん。校門前に5時には集合。破ったら…ね?」

水島に茂を盗られそうになり、完全に欲が駆り立てられている天葵は

おそらく怒らせてしまうと真面目に後悔するだろう。

全校朝会が終わり、生徒たちがどんどん自分のクラスへと帰っていく。

茂は自分の教室へ入り、一時間目の準備をカバンから取り出す。

(えーと確か筆箱昨日学校に忘れていったんだっけ…。)

机の中をしゃがみ込むように覗き、筆箱が有ることを確認する。

筆箱を引き出そうとしたとき、何か違和感があった。

一瞬、取り出す際に机の中で赤い点滅のようなモノが見えた気がした。

不思議に思い、筆箱をずらす。茂の視線が釘付けになる。

そこには赤く点滅する小型の機械が取り付けられていた。

(これ…僕に仕掛けられてた盗聴器に似てるような…。)

恐る恐る手を伸ばす。点滅が茂の手に反射し、赤い光がどんどん濃く

見えてきた。もう少しで届きそうになった瞬間。いきなり肩を掴まれた。

「何してるんだい?」

ビクッと体を震わせて振り返った先には、髪を金髪に染め、飴を咥えている

肌の焼けた女、いわばギャルがそこにいた。

「…誰です…」

「ちょっと来いや。」

茂は手を女に掴まれ、半ば強引に教室から引っ張り出された。

「ちょっ…!離してくださいってば!」

「…いいから黙ってついてきな。」

グググッと茂を握る女の手が次第に強くなる。

茂は諦めたように手を引く力を緩め、そのまま引っ張られていった。

後ろから天葵が見ていることも知らずに。




茂が連れてこられたのは、校舎の北側の廃棟だった。

「こんなところあったんだ…。」

茂を引っ張ってきた女の手が止まる。

「連れてきやした!姐さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

いきなり女が叫びだし、茂は耳を塞ぐ。少しキーンとする耳を

塞ぎながらその叫んだ先を見る。

そこには、肌が白く、独特な紫とピンクがよく目立つ髪の毛をした

女が立っていた。

その顔は、自分の記憶に蘇る最悪の相手。

「…まさか…」

水島のときよりも鮮明に、そして全身を伝ってくる恐怖が体を動かしていた。

その場からただひたすら走った。

「待て!チッ…!おいお前ら追いかけてこい!」

後ろから隠れていたガラの悪い女達が姿を現す。その数およそ10人。

茂は近くにあった建物の中に飛び込む。後ろを見ると少しづつ間をどんどん詰めてきており、建物のすぐ近くまで来ていた。

「ヤバい…。ヤバいヤバい。」

追い込まれた茂の前に、神からの救済の如く良い隠れ場所が見つかった。






「どこ行きやがった?出てこい!」

「姐さんの調子が切れる前に行かねぇと…最悪校内テロ起こしかねねえ!」

バタバタと建物の中を探りまわる10人の不良。だがしかし、

気配どころか隠れた痕跡さえ見当たらない。

「おいおい。違うトコに移動したんじゃ…」

「バカが…そんな勇気ネエだ」

パリン!

ガラスの割れる音にフロア全体の不良の意識が集中する。

「…何か割れた?」

「今すぐ移動しろ!多分アイツはガラスを割って逃げた!」

次々に階段を下っていく音が建物の中に鳴り響き、そしてあっという間に

辺りはしん…として物音1つ立てなくなっていた。



「あぶな。壁の隙間に感謝だな。」

誰も居なくなった筈の建物の通路の壁の一部がくるりと回転し、

姿をくらましていた茂が出てきた。

茂は逃げている最中に、通路に途中に壁に変なマークがついていることに気づき

近寄ってみると、隠し扉になっているのを見つけ今までその中で隠れていたのだ。

ガラスの音は隠れた扉の向こうの部屋で見つけたガラスを思い切り割り、向こうの

動きを錯乱していたのだ。

「にしても…何でこんなところがピンポイントに…」

服についたホコリを払いながら通路に出ていこうと通路を曲がった。

「茂〜。何逃げてんだ?」

眼の前にいきなりピンクと紫の髪が現れる。

「っ…!」

現れた女に胸ぐらを掴まれ、宙に足がぷらんと浮く。

足をジタバタさせても、一向に届く気配が無い。

「そんなに喜ぶなよ。また痛い目見たいのか?」

「…お前はもう手を出さない約束のはずだろ…未梁みはり。」

咲左未梁さかざみはり。茂の小学校時代の恐怖の対象であり、小学校に

あったある事件によって茂との接触は禁止されていたのだ。

なのに、目の前にいるのだ。こうして最悪な形で再会したことにより。だ。

「おいおい。小学校にあったこと忘れたかよ?背中の刺し傷は誰に

付けてもらったモノか分かってるワケ?」

未梁は茂を持ち上げたまま、シャツを思い切り破いた。

茂の背中には、獣に掻かれたような、深くそして痛々しい傷の痕があった。

「ッ…。あれはお前が姉貴を人質に取ったからだろ!」

茂は水島のときとは大きく違い、完全に反抗した態度で未梁に必死に

足掻いている。

「まぁあの時は良かったなあ。逃げたいのに自分の家族のために逃げれなかった

あの弱さ。従って監禁された中で植え付けられた蹂躙と圧倒的な暴力。

耐えれずに壊れかけた精神…はぁ…思い出すでけで興奮してきたなっ!」

思い出を懐かしそうな表情で語っていた未梁は突然、持ち上げていた茂の

ガラ空きになった脇腹と腹に思い切り蹴り込んだ。

「痛ッ…。」

「しぶとすぎるのは嫌なんだよなー。お前ら出てこい。」

二人だった筈の空間の中に、先程まで騙されていた10人が再び茂の前に

揃い、そして囲んでいった。囲まれた茂を見下すように未梁は嬉しそうな声で

言い放つ。

「貴方の目の前で自分の彼女が殺られちゃう瞬間…見てみよっか。」

表情が暗くなった茂を確認した後、未梁は建物を後にした。

その建物の中からは、鈍い金属音と茂の叫び声が響いていた。




「…そういうこと…だったんだ。」

天葵は自身のスマホに付けた遠距離盗聴器の音声を聞く。

茂が騙されて連れて行かれたところから、今ひたすら天葵を守るために

痛みに耐えているところまで。

[…逃げてくれ……天…]

そこで止めをさすように金属音がスピーカーを狂わせ、やがて音は

聞こえなくなっていった。



「絶対ゆるさないんだから…。」

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