第5話 モブと彼女のお泊り(エグチ)

「…どうすれば良いんだ…これ。」

意識を再び取り戻しても何故か横で寝ている彼女。

時計の時刻が9時を指しており、もう完全に夜になってしまっている。

今日は両親が遅いのに加え、姉も友達の家に泊まりに行っているので

今は二人きりという状況になっている。

状況が掴めないのは流石に不味いと思った茂は天葵の体を揺さぶる。

「おーい…天葵。起きてくれ…。」

何度か揺さぶっていると天葵の瞼が少しずつ開いてくる。

「うーん…。あれ?起きたんだ?」

目をパチパチさせてこちらを見ている天葵は、このかなりマズそう

な状況よりも茂が起きたことが先に気になったらしい。

「待って…まずなんでこんな状況になったの?」

「えーとね…。」



天葵による茂奪略から3時間後。

「茂くんは一旦家に運んでいくとして…問題はこっちだよね…。」

生徒会室を後にし、今は使われていない空き教室に天葵はいた。

不機嫌そうにハァとため息をした天葵の先には、気絶して縄で縛られている

水島。後処理が面倒くさそうなので持ってきたが、よくよく考えてみたら

連れてきたせいで水島のボディーガードが追ってくる可能性、そして

何処かの凄い用心棒を雇っているならなおさらだ。

「…そうだ。お姉ちゃんに協力してもらお。」

ポケットからスマホを取り出し、電話を掛けた。

〚はいもしもし?どうしたの天葵。〛

電話の相手は柄崎天葵の実の姉である柄崎季奈。天葵のような

成績優秀な面ではあまり目立たないものの、こちらも美人という面では

かなり有名なのである。

「もしもしお姉ちゃん?ちょっとの処理頼みたんだけど…。」

〚…詳しく。〛

だがしかし、天葵に似た異様で狂気じみた面はちゃんと持ち合わせてしまっている。

〚良いじゃん。後で車で回収するからちょっと待っといて。〛

そう、柄崎季奈は極度の美女コレクターなのである。

自分が美人であることは理解している一面、美女のジャンルに入る

女をグチャグチャにしたい。壊したいというサディスティックな面がある。

そのため、これまでに犠牲になった女性は10人を超え、その殆どが

天葵によって連れてこられるのである。

「いつもありがとね〜。」

〚いやいや…そうそう、私の探してる女の子いるんだけど見つけたら

言ってくれない?前家に連れ込んだ時に◯そうとしたんだけど抵抗してる姿が

可愛くてさー。道具漁ってる間に逃げられちゃった。〛

「もう…私の頼んでない娘連れ去ったらただの犯罪になっちゃうじゃない。」

そもそも姉に他人を差し出す妹も大概では有る。

「一応探すけど…何ていう人?」

呆れつつも一応こうして協力してもらっているので話くらいは妹として聞いておこうと思い、季奈に尋ねた。

〚えーと、西木田美恵っていう女の子。〛

天葵の体がピタッと止まる。いや、そんな筈はない。そんな西木田なんて名字

腐る程有るじゃないか。多分。

「…その娘って兄弟の話してたりした?」

〚…あぁしてた、してた!なんか(しーくん)って呼んでたなー。

なんで?〛

「いや、いいの。じゃあ20分後くらいに矢崎高校近くに公園まで来てね。」

そう言って電話を切り、ポケットにしまった。

ヤバい。まさかの緊急事態である。

自分の大好きな茂の姉が、自分の姉の(お気に入り)認定されてしまった。

天葵が中学生の頃、親が帰ってこないことを理由に、季奈がクラスのマドンナを

連れ込んでおよそ9日間監禁していたのである。

そのマドンナさんはやがて解放されたが、大学生になった今は再び季奈の玩具として

再復活を遂げたのである。

そのことから、姉がいつになっても離そうとしない女の子のことを、天葵は

“お気に入り”と呼んでいる。

「流石に駄目だよね…茂くんのお姉ちゃんは。そんなことしたら

今度は西木田家から完全に追い出されちゃうもん。」

困っている自分の横で少し寝息を立てる茂の頬を愛おしそうに撫でる。

すると、さっきまで意識を失っていた水島が目を覚ました。

幸い叫ばれても困らないようガムテープを口に貼っている。

「でも…別におじゃま虫を処分する分は良いよね!」

窓の外から指定した公園が見えた。近くに赤い車が止まり、中から出てきた

女性が電話を掛けた。それと同時に天葵の携帯がブーッブーッと鳴る。

拘束された水島の髪の毛を掴んで公園が見える窓に押し付ける。

「んー!んー!」

「ちゃーんと見ておこうね。水島さん。これから貴方を飼ってイジメてくれるご主人さまの姿をさ。」

水島が見つめる先の公園の女と目が合う。水島は震えた。

その女がこちらを見て、顔を紅潮させながらよだれを垂らしているのを見て。

「んー!んー!んぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

水島は完全に理解した。今から自分に降りかかるであろう不幸を。

そして敵に回してはいけないタイプの人間を相手にしてしまったのだと。

「ははは!良いね!茂くんをさんざん虐めてくれたんだもーん。

そんな女の子が今から私のお姉ちゃんにヤられるなんて…とっっても良いね!」

抵抗する水島を無理やり用意していたトランクケースに詰め込み、寝ている

茂をおんぶして空き教室を出る。

近くに職員室があるが、これなら簡単に誤魔化せる。

案の定、職員室から国語を担当する女性教師とばったり会った。

「あら、柄崎さん。今から帰るところ?」

「はい。今日は姉が迎えに来てくれているので…それに…

彼も疲れてしまっていますから。」

そういって後ろでおぶっている茂を見せ、頭を下げる。

「あらら。そのトランクケースは?」

「ああ…彼が近くで猫を保護したんですが…。暴れるので一旦

スペースを開けたトランクケースに入れようと。」

教師がなるほど?といった少しの疑問を抱いたような顔をしながらも

納得したようにその場を去っていった。

「気をつけてねー。」

「ありがとうございます。」

そういって近くの公園にいる姉のもとへと向かったのであった。







「…いや、あの直近の、何でこんな姿になってんのかの説明を…。」

「?ああ私が寝てる茂くんとお風呂に入ってたんだけど茂くんが

寝ぼけてまだ上着てないのに布団に私を巻き込んで包まっちゃったから…。」

茂はひとまず安堵した表情を浮かべることにした。別に過ちを犯したわけでも

なかったんだと、ありがとう。笠畑先生!(茂の学年の保健教師。)

だが、そこで新たな問題に気づいた。

「…ん?お風呂?」

「うん。お風呂。初めて茂くんの裸見たけど…結構あそこおお…」

「辞めてッッッ!それ以上は言わないで!」

必死に天葵の口を手で塞ぐ。まさかの裸、彼女の前で公開してしまっていたのだ。

よりによって気を失っている間に、だ。

何で?と首を傾げる天葵のことを、やはり恐ろしい女だと再認識した茂であった。




柄崎家、柄崎季奈の部屋。

「…天葵。知ってるんだよ?貴方の彼氏が美恵ちゃんの弟くんだってくらい。」

天葵が持っているよりも一回り大きいナイフやスタンガンを机に並べ、

不気味に笑う。

「ハハッ!大丈夫。私が天葵にバレないようやっちゃえばいいだけだもん。」

そう言った彼女の部屋の周りは、ある人物の写真で埋め尽くされていた。

そこに写っていたのは、黒髪のメガネをかけた女。名は西木田美恵。

柄崎季奈のお気に入りにして、西木田茂の姉である。

「楽しくなりそうね…!」

部屋の鏡が月明かりに照らされ、反射する。そこには、悪魔の皮を被った

化け物の姿が写っていたのだった。







続く。

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