第4話 モブの災難(嘘だろ)

「少しお話、しましょうか。」

茂を見下ろしていたのは、生徒会会計の水島梅だった。

「…貴方が僕を…?」

「はい。会長と副会長を自由に動かせましたからね。」

茂がさっき聞いていた限り、桔梗さんと達駒さんを脅しているという

事実、そして更にボディーガードが居るということが事実なら

おそらく会長をねじ伏せられるだけの権力者のご令嬢の可能性も高い

下手に出ればおそらくもうこの世で生きているかさえ怪しい。

「…桔梗さんと達駒を脅してたんですか…?」

ここは時間稼ぎをして天葵を待つ以外の選択肢がない。

現在の状況は手足の拘束+何処かわからない場所での軟禁、

そして危険なお金持ちが一名。

以前の天葵のようなスタンガンを持ち合わせているわけでは無いようだが

権力者の力を持っている時点で凶器とさほど変わりないものだろう。

「…茂さん、私の前では私以外の女性の名前を呼ぶことを禁じます。

今回は特別に許しますが破った場合…私なりの対処がありますので。」

冷ややかで感情が籠もっていない視線と狂気的な笑みが茂に向けて

落とされる。天葵よりかは威圧感は無いもののその様子にはかなり

恐怖するものがあった。

おそらくこれで命令を破ってしまったら自分が痛い目に遭うか

もしくは先程の二人…天葵にまで危害を加える可能性も捨て置け無い。

「…水島さんは僕をどうするつもり?」

できるだけ水島さんの琴線に触れぬよう、慎重に質問する。

今焦ったところで天葵のようにすぐ対処出来るワケじゃない。

「…ご察しがつくとは思いますが私は一応名家の令嬢として

育ってきました。基本厳しくするような家庭でしたが私はそれに飽きてしまい

ました。欲しいものはすぐ手に入る。名誉も力も人望も全て持っていて何も私に

手に入らないものは無いそう思っていました。」

「…どういうこと?」

「貴方は去年の私が出た全ての全学年総合のイベントで私を1回も選んだことが

ありませんでした。そして私が他の生徒から視線を貰っている間、貴方は

1回も私の方へ視線を向けませんでした。ここまで探らせている内に私は初めて

異性に興味が有るのだと気づきました。だからそんな貴方を屈服させるのは

さぞ気持ちが良いものだと、これは恋だと気づいてしまったのです。」

頬を赤く染めて少し息を荒くする彼女を一文字で表すならまさに「狂」。

自身の興味を持った物への執着を絶対に忘れない、そのためには他人を

巻き込むというその理不尽さも彼女からしたら罪悪感1つさえ浮かばないのだ。

茂は天葵と過ごしている間に天葵の上に来るような女はいないと思っていたが

それは違った。漫画やアニメの空想上にいるような、自分の欲の為なら犠牲も痛みも

全て理不尽に与える「悪」それを体現した女が目の前に居るのだ。

「それだけで…人を…?」

「私からすれば私以外の者への痛みは無価値です。だからあの二人の恋人がボロボロになっていく様を見ても私も茂さんをこんな風に出来るんだという好奇心のような

子供の頃に戻った様な気持ちしか浮かんで来ませんでしたね。」

水島が茂に近づく。そして抵抗1つ出来ない状態の茂の髪を思い切り引っ張った。

「いっ…!」

「茂さんはこれからは私の所有物としてこの学校で過ごしてください。

別に私の家で玩具オモチャになるのもまた1つですが…どうしましょうか。」

引っ張った髪の毛を手で掴んだまま自分と嫌でも視線を合わせようと茂の頭を

揺らす。

「…人を簡単に傷つける様な女の言いなりなんて…なりたくない…。」

ここから下がってしまえば自分は後悔することになるだろう。

自分の私欲のために権力に物を言わせ、他人を平気で傷つけるそんな女の物

になる。これ以上の不名誉な事が一体何処に有るというのか。

「だから僕は水島さんの彼氏にもモノにもなれない。ごめんなさい。」

そう言い切った瞬間、茂の顔を重い拳が襲う。バキッと痛い音がなり、

箱の中から思い切りふっ飛ばされ、地面に転がる。

「痛ッ…。」

「今。私の言うことに反抗、しましたね?女の名前どうこう以前に

伝えておくのを忘れていました…。私に逆らった場合、それは権力者に

牙を剥くのと同じ。権力者への反抗は、極刑です。」

ニコリと作られた笑顔で茂のもとへと近づく。

茂は手足が動かない状態のまま床を体で這いずり、逃げようとする。

だが、その前に水島に頭を足で踏み潰される。

「まだ反抗するんですか?そんなに私に遊ばれたいんですか?」

頭から足が離され、手を縛っている縄を近くの柱に括りつける。

そのまま守る体勢も取れなくなった茂の体に水島がのしかかる。

「あとで家に連れ帰ったら腕を焼いちゃいましょうか。」

茂るは精一杯手の縄を千切ろうと引っ張る。縄はミチっと音を立てて

もとの位置へ戻っていくだけ。

「…反抗するなって言いましたよね!」

そんな自分のモノには決してなろうとしない様子に腹を立て、

水島が茂の腕を掴み、地面に押さえつける。

「私から逃げようとして何になるんですか?」

押さえつけた茂の耳元へぼそっと囁く。痛みで少し震える茂の反応を

楽しみながら。自分のものにならない彼を蹂躙することに快感を覚えながら。

「…僕にはまだ…彼女に渡さないといけないものがッ…。」

彼女という言葉を出した瞬間、水島が茂の首を思い切り絞める。

「誰ですか?そんなの聞いてません。言ってください。その子を殺しさえすれば

私が茂さんの一番になれますね。さぁ早く言ってください。早く。」

首を締める力がどんどん強くなる。

「カッ…ハッ…。」

「…今日帰ってから聞きます。吐くまで拷問するつもりですから。覚悟してく…」

茂の意識が完全に落ちそうになった瞬間、馬乗りになっていた水島の体が

何かにぶつかって跳ね飛ばされる。

近くにあった扉から黒い服を着た大男が放り出されてきたのだ。

「…天…葵。」

扉から出てきたのは、大男を引きずり、服を血で染めた天葵がいた。

「茂くん…。助けに来たよ。」

ふらっと意識が無くなり、地面に頭をぶつけそうになった茂の

体を素早く支え、手を拘束していた紐を器用に切る。

「酷い…歯が3本…。しかも顔が…。」

心配そうに茂を持ち上げ、その場を離れようとした。

「ッ…柄崎天葵ィィ!その男を!置いていきなさい!」

大男の下敷きになっていた水島が怒りを露わにし、天葵に

ナイフを向ける。

「…そう。貴方が茂くんをこんな目に…。」

「今すぐ彼を渡しなさい!!」

完全に冷静に振る舞っていた水島の姿はなく、ただ自分のものを

逃してたまるかというサバンナの飢えた肉食獣のような目を光らせ、

茂をお姫様抱っこしている天葵に飛びかかった。

だが、上には、上がいるのだ。

「盗聴器一個でも仕掛けれてから奪いに来なよ。」

水島は確かにナイフを持っていた。この日本で一番硬い材質のものだ。

それが目の前の女に何故刺さらないのか。

「え?」

ナイフに目を落とすと、そこには刃物として機能するような形では無く、

完全に折れ曲がり、尖った部分が丸め込まれてしまった鉄の塊が有るだけ。

驚愕する彼女の背中にスタンガンが当てられる。バチバチという音で姿勢を崩し、

白目をむいてその場に倒れた。天葵はそのまま水島を近くにあった縄で縛り、

引きずっていった。自分の胸の中で眠る愛しい人を見つめながら。










「ハッ…。」

茂は目を覚ました。殴られた顔の一部がジンジン痛み、

縛られていたため、縄の痕が足首と手首に濃くついてしまっている。

ふと周りを見渡してみると自分の家のベットの上で、外はもう暗い。

部屋の壁のかかっている時計は7時を指しており、もう既に学校は

終わってる時間だった。

「天葵が助けてくれたんだろうな…後でお礼言っとこ。」

そう言ってベットから降りようとした時、何か違和感を感じた。

よく見ると自分はパンツ以外に何も着ていない状態で今ベットの上で

寝ていた。そしてもう一つ。なぜかそこらに脱ぎ捨てられた自分の服以外に

矢崎高校の女子制服も置いてある。嫌な予感は的中。ベットの上の厚めの

掛け布団。自分が被っている半分、そして問題のもう半分。

微かにだが動いている。茂は震える手で掛け布団をめくった。

「………!」

茂は声にならない声を上げ、驚愕した。

そこには下着姿の天葵がすやすやと寝ている姿があった。

髪の毛は濡れており、肌もつるつると輝いている。

完全に多すぎる情報量で頭がショートし、考えることを辞めた。

茂の意識は再びベットの中で途絶えたのだった。

「あぁ…ああ…」

「すぴー。すぴー。」




そのころ生徒会室


「派手にやられてんなー。やっぱウチのお嬢のお気に入りやもんな。

そら一筋縄じゃいかんか〜。」

倒れた大男達の上にパーカーを着た女が座っている。

女は携帯で写メを取り、ある人物へと送った。

「さて。恐ろしいことに一杯の女の子たちがただの男の子を取り合う

中でアンタはどうやって守りきるんや?柄崎天葵ちゃん?」

面白そうに携帯を見る彼女の画面には、あるメッセージが送られてきていた。




「西木田茂を捕らえて献上した者に10億円の賞金を譲渡する。

この情報は各企業に転送、情報をできるだけ広く共有すること。」








続く。







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