第3話 防衛出動

西暦2030(令和12)年/1530年5月11日 イースティア王国西部 国境地帯


 戦争というものは、唐突にやって来るとは誰の言葉であったか。


 それを体現する様な出来事は、イースティア王国の西部国境地帯で同時多発的に起きた。地上に幾つもの魔法陣が浮かび上がり、一瞬で十万に達する大軍勢が現れる。そして先陣を行く数人の鎧騎士が、銀色に輝く一振りのサーベルを振って、等間隔に並べられた塔を砕く。


「全軍、前へ!」


 命令一過、恐竜を彷彿とさせる地竜を先頭に、盾を持った重装歩兵を前に付け、小銃を手にした軽装歩兵群が続く。後方からは数十騎ものワイバーンの編隊が迫り、結界の破られた空へ入っていく。


「侵攻して来たぞー!」


「迎え撃て、急げ!」


 これだけ大規模に動いているのだ、イースティア側も無反応ではなく、直ちに即応部隊が動く。だがその規模は歩兵三万、騎兵九千、砲兵六百、従軍魔導師四百の計四万であり、数の面において大きく劣っていた。


 だが、西部の市民達を東へ疎開させる分の時間を稼ぐ事には成功していた。一部部隊は91式歩槍やミニミ軽機関銃といった台湾製の小火器で武装しており、都市部における籠城戦や、塹壕を掘っての抵抗で大王国軍に損害を与えていた。


 それでも、戦況は『焼け石に水』としか言い表せぬ程の状況であった。僅か七日で四万の軍勢は12万の大軍勢に押し潰され、ルージア大王国軍は戦線を東へ大きく押し上げた。だがその犠牲は決して無駄にはならず、10万人以上の市民が助かったとされる。


 ともかく、新たな隣国で始まった悲劇は政府の統制下に置かれつつあるメディアの手で日本国内にて報じられ、『残虐非道なルージアの横暴に警戒すべし』の声が高らかに発せられたのである。


・・・


6月3日 日本国東京都


「ルージア軍はすでに国境を越え、幾つかの街を占領しているそうです。このまま侵攻を放置すれば、安全保障の観点から見ても我が国に大きな損失が生まれる事となります」


 首相官邸地下の会議室にて、堀田外相は現状を説明し、松田は唸る。もし『転移』前であれば『日本は戦争と関わるべきではない』と反発が生まれていたであろう。だが人とは元々現金なものである。膨大にして良質な小麦を輸出してくれる隣国を軽んじた先は、前時代的な価値観の下に侵略行為をしてくる敵の台頭である。


「最近では『転移魔法』なる手段で以て航路を襲撃してくる海賊船の被害も絶えず、海保の巡視船も手古摺っている状況…全てが手遅れになる前に、自衛隊の出動で対応するべきかと存じます」


 西沢防衛相は言い、松田は重々しく頷く。すでに日本国憲法で語られた『平和主義』など、西より迫りくる野蛮な敵の存在を前に踏みにじられている。在日米軍もアメリカ唯一の領土となってしまったグアムと北マリアナ諸島を守る事に手一杯となっている以上、頼りにする事は出来なかった。


「直ちに臨時国会を開き、友好国の救援及び治安維持を目的とした防衛出動を承認します。ルージアはすでに我が国に対して嫌がらせの域を超えた被害をもたらしており、これに対して真っ向から対抗する事を行動で示すのです」


『はっ!』


 異論はなかった。高潔な精神は平穏にして豊かな暮らしが維持されるからこそ輝くものであり、人類もまた『生物』の一種である事を自覚して、迫る脅威に抵抗しなければならない。それが後世の『豊かな者達』から残酷かつ法を無視した行為だと批難されようとも、その後世を守る事こそが松田達の使命であった。


 行動は迅速であった。南洋県で必要最低限の食料・資源を確保できるとはいえ、『転移』前の日本社会の状態を維持するだけの量は賄えない。僅か4か月とはいえ目の当たりにした現実に適応できるだけの理性は日本国民に残されていた。それを『戦前の軍国主義への回帰だ』と罵る者はすでに獄中にある。


 臨時国会から防衛出動の発令までにかかった時間は三日であった。進撃の歯止めを行う即応部隊として陸上自衛隊西部方面隊所属の戦車隊と、陸上総隊直轄の中央即応連隊の派遣が決定。海上自衛隊も1個護衛隊群を派遣し、航空自衛隊は1個航空団を現地の飛行場へ派遣する事を決定。本格的な参戦の動きを見せた。


 これには日本以上にイースティアの資源に依存している台湾も追従し、陸軍1個旅団と海軍1個艦隊、空軍1個航空隊の派遣を決定。イースティアとともに南北より迫りくる大王国軍に立ち向かう構図となったのである。

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