第2話 迫る暗雲
西暦2030(令和12)年/聖暦1530年4月15日 イースティア王国北東部 港町イストポート
日本国とその周辺地域が未知の異世界に現れて3か月。政府はイースティア王国と国交・通商協定を締結し、直ちに大量の小麦と鉄鉱石輸入を開始。陸上自衛隊施設科の手で整備された仮設埠頭によって数十台ものトラックが陸揚げされ、イースティア側に供与された。
イースティアの道路は自動車が走る分には十分な程に整備されており、連日大量の食料と資源が陸上輸送によって日本へと運ばれていく。そうして日本が得た資源と、イースティア側にもたらされる報酬は、より効率的に大量の物資を輸送する手段である鉄道の整備計画へと変換されていった。
国交が樹立されて2か月後、南洋県の工業地帯にて製造された機関車と貨車、そして大量のレールがイストポートに陸揚げされ、現地住民を雇用しての工事が開始。土魔法を用いた作業も行われ、イストポートに最も近い穀倉地帯と鉱山を結ぶ最初の鉄道は僅か1か月で完成した。港湾部の整備はまだ途上ではあるが、それでも鉄道整備の『代金』とする分の利益を生み出していた。
「しかし、日本は凄まじい。こうも技術力が高いとはな…」
イストポートの町役場にて、町長はそう呟きながら街を見下ろす。すでに海岸の一部では崖の切り崩しと新たな埠頭の建設が開始され、本格的な貿易を達成するための大工事が行われている。日本政府外務省より派遣された領事曰く、『かなり無茶をした計画』だと言うが、イースティア側にとっては短期間で物流に変革をもたらしただけでも驚愕するべきものであった。
何せ、馬車で数日はかかるであろう距離を僅か半日で、それも馬車十数台分の輸送量で資源や人員を運ぶ事が出来るのだ。政府は既に首都オリアシアと結ぶ路線の開発を決定している。高級官僚や一部の郵便は魔法で『瞬時に』移動する事は出来るが、軍隊の大規模な移動や都市部の需要増加に伴う物流の発展には鉄道や自動車が魅力的であったからだ。
「しかし、願わくば軍事的な支援もしてもらいたかったところだがな…」
町長は残念そうに呟く。ルージア大王国の脅威は日本側も理解してはいる様だが、軍事的な肩入れで挑発する事の危険性を警戒して、日本で用いられている武器の供与などは見送られているという。その代わり、『タイワン国』なる国からは鉄砲をはじめとした武器が少数供与されており、ある程度の増強は成されていた。
「さて…ルージアの横暴どもが如何なる反応を見せてくるのか…非常に不安だ…」
・・・
東京都霞が関 中央合同庁舎第2号館
一方で日本でも、イースティアの知られぬところで問題を抱えていた。
「しかし、左派の活動家やら反体制派くずれの反政府運動が過激さを増しているな…『反戦』を語っている連中が無法を働く様になってきているのは知っているが、一体何が起きているんだ?」
国家公安委員会の中心部、委員長執務室では、大塚委員長がため息をつきながら報告を受けていた。そのため息の原因は、『転移』と呼称されている異常現象の以前から社会問題となっている、『うるさい人達』の暴走であった。
もしも有事となれば、大金抱えて安全な国へと亡命する。その目論見が住んでいる場所もろとも地球外へ移った事で呆気なく崩壊し、正気を失ったのだろう。ただでさえ政府の治安維持組織を用いた安定が必要な時に、それを『独裁体制の確立のための陰謀だ』と騒ぎ立てて迷惑をかければ、大塚含む警察関係者の脳と胃に打撃を与える結果となるのも無理はない。
「総理はこの状態をよろしくないと考え、むしろ過去の清算をこの機に行うとしております…いずれにせよ、かつての貿易相手国が消滅し、巨額の海外資産が吹き飛んだ事で利権も再建不可能な程に崩壊しております。ここいらで仕切り直したいのでしょう」
「…確かに。どのみち左派の運動家は転移に伴う混乱で醜態を曝け出している。メディアも自分達は被害者の振る舞いをしているが、この状況下で適切な批評を下せない風見鶏は首根っこを押さえる必要がある。平和な時ではやってはいけない事だが、面倒ごとは直ぐに減らすのが最善だからな」
大塚の言葉に、部下は頷いた。
この翌日、政府は治安維持体制と配給要請に反発し、社会全体に悪影響を及ぼしたとして多くの運動家・活動家の逮捕を公表。テレビ番組で名を馳せていた者も何人かが体裁を取り繕う間もなく牢へ送り込まれ、世間は『政府が豹変した』と警戒を露わにした。
だが、その変化は日本社会にとって余りに厳しいものであった。何故ならその時に生じた痛みは、後に世界全体を揺るがす大きな病へと発展していったからである。
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