第1話 新たなる国難
西暦2030(令和12)年1月13日 日本国東京都 首相官邸地下
この日、危機管理センターでは
「現在、我が国の国内は混乱状態にあります。警察が総動員で治安維持に努めておりますが、異常現象に前後して発生した事故の事もあり、完全な治安回復までには至っておりません」
「総理、ここまで至った以上は自衛隊も災害派遣の名目で出動させ、全力で事態に当たるべきだと存じます」
「そうですね…幸いにして国家らしき勢力との接触も無事に成されておりますし、この混乱を察知されぬうちに対処しましょう。それにしても、随分と面倒な事になりましたね…まるで、これまでの三十年の反動みたいです」
川田はそう呟きながら、静かに内閣危機管理センターの天井を見上げる。そして過去30年を振り返った。
西暦2001(平成13)年、西太平洋にて頻発した小規模な地震とともに現れたのは、海底より隆起した幾多の無人島であった。一番大きなもので面積2000平方キロメートル、合計20以上の島々が小笠原諸島と沖縄諸島の合間に出現し、世界中を驚嘆させた。
その影響は既存の島々にも及んでおり、国土地理院の関係者は『日本地図再製作の年』だと振り返っている。この結果、日本国の総面積は1万平方キロメートルも増加し、政府はこの地域を『南洋県』と命名。官民総力を挙げた大規模調査に乗り出した。
結果、見つかったのは莫大な資源だった。総面積8000平方キロメートルの新地域には黄鉄鉱・チタン・リチウム・ボーキサイトといった現代文明には欠かせない金属資源や、リン鉱石を多量に含む鉱床、そして広大な海底油田といった、日本がこれまで自前で手に入れる事の出来なかったものが埋蔵されており、さらに島ごとの広大な平野部と亜熱帯地方に属する位置は、カカオ豆やコーヒー豆といった産物の生産に適していた。
だが、アメリカはともかくロシアと中国はこの日本の再繁栄を快く思っていなかった。何せ貿易に関して明らかに中国とロシアの足元を見てくるだろうし、何より現地には在日米軍の新たな基地が建設され始めている。太平洋進出を目論む両国にとっていやらしい展開であった。
そのため、両国は必死に軍事力の増強に走った。例えばロシアは、
無論、日本もただ放置していたわけではない。むしろ、中国海軍が急成長をし始めたのを受けて内外からの批判を受けながらも防衛費を増額し、自衛隊の抜本的な強化に乗り出していた。イースティア王国と接触を果たした「やましろ」は、その成果の一部に過ぎない。
そうして事実上の軍拡競争が始まり、島々を巡る小競り合いが激しくなり、それでも下手に問題を起こすと破滅的な結末に至る事への恐怖心から剣を抜く事はせず、軍事力の強化が馬鹿らしく思える程の平穏な日々が30年も続いた。そして今、日本は戦争すら生温く思えてしまう程の国難に見舞われていた。
「まず経済ですが、物流は必要最低限維持されてはいますが、それでも食料品の不足は目立ち始めています。南洋県の工業地帯が全力稼働で必要な物資や燃料の生産を進めていますが、海外資産が800兆円以上も消えたため、これの補填でしばらくは財政難が続くでしょう」
「安全保障に関しても、早急にイースティア王国と何かしらの外交関係を確保し、衝突を回避する必要があります。在日米軍の大多数はおりますが、台湾とロシアの動向が気がかりでなりませんので」
西沢防衛相は苦い表情で言い、
「直ちに備蓄している石油及び資源の適切な放出を行い、生活水準を必要最低限のレベルで維持して下さい。イースティア王国との外交交渉も、先進国として恥を晒す事の無い様にお願いします」
・・・
イースティア王国北東部 港町イストポート
東京にて指導者達が頭を悩ませていた頃、イースティア王国の港町イストポートには1隻の巨大船が姿を現していた。
「ようこそ、我がイースティア王国へ。この国で外交に携わっております、子爵のラザンと申します」
イストポートの町役場を兼ねる屋敷にて、鈴城達は一人の貴族と対峙していた。緑色の肌が印象的な小男であるラザンはにこやかな笑みを浮かべながら握手を求め、鈴城はそれに応じる。
「それにしても、随分と世界標準語がお上手な様で。船乗りとしては非常に教養がお高い様ですね」
「…お褒めに与り光栄です。我が船は自然の風ではなく、数千年積み上げられた知恵を力にして進みますので」
護衛艦隊司令部ではムードメーカーとして名の知られている鈴城らしい、ユーモアを含んだ言い回しに、ラザンは頷きながら言う。
「貴国は歴史と、その流れで積み上がった知恵を誇りにしておられるのですな。ここは港を一望できる位置にありますが、あの様な小島と思う程の巨大な船は見た事がありません。互いに情勢が落ち着いたら、貴国へ参ってみたいものです」
「…情勢、ですか?」
鈴城は眉の形を変え、ラザンは表情を真面目なものにして答える。
「ええ…近年、我が国は西のルージア大王国からの圧力に晒されておりまして…ここに来るまでご覧になられたでしょう?我が国は東の辺境とは思えぬ程に富を有している。それを求めて侵略を試みてきているのです」
最初に出会った帆船の船長曰く、イースティア王国はオリエティス島と呼ばれる島の東にある小国であり、日本国とそう変わらない広さである国土の中に、潤沢な農作物を生み出す穀倉地帯と、『輝きの山々』とも呼ばれる鉱山地帯がある。それは島の大部分を占めるルージア大王国が、全ての農耕地帯と鉱山地帯をかき集めても比肩する事が出来ない程の豊かさであり、イースティアが国として成立して以降の対立の主因となっていた。
「ルージアは東方世界圏の中でもそれなりの大国ですが、食料品の生産量と鉱物資源の埋蔵量は我が国の半分以下です。故に国土が狭くとも十二分に幸せに生きていける我らを妬み、憎んでいるのです。が、我らにもそう簡単に譲れぬ理由がございます」
ラザンの言葉に、鈴城は察する。周りにいる人物もよくよく見て見れば、人類としては中々に外見が特徴的なものが多かった。
「私は見ての通り、ゴブリンの生まれです。内務局の統計によれば、人口の8割は少数種族や魔人族であります。このイースティアはそういった8割の虐げられてきた者達によって開拓され、神がその勤勉さを祝福の形で認めて下さった事で、豊かな食料と資源で生きていけるのです。ですが、ルージアは新興の一神教である『太陽教』を国教とする国…太陽教の下では『純人類以外は全て悪魔の産物』だと、迫害を奨励しているのです」
「…」
状況のややこしさを知った鈴城は、ただ黙り込む。とはいえラザンも暗い話題を続けてしまった事を気にし、話題を切り替える。
「…失礼、ともかくこの後、貴方の船に参上いたしましょう。何、我らには一応時間はございます。貴国の外交に関わる者が来られるまで、存分にもてなしてあげましょう」
「…感謝いたします、ラザン子爵閣下」
こうして、堀田外務相がクルーズ客船でイストポートに来るまでの間、「やましろ」の乗員達はイースティア王国の郷土料理でもてなされる事となる。
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