プロローグ 遭遇と接触

 西暦2030年の1月11日。その日は私達日本人にとって絶対に忘れる事の出来ない日であった。


 その日を境に日本国は全く未知の世界へと放り込まれ、政治・経済は一からの立て直しを要求された。故に変化を望まなかった者は没落し、逆に変化によって成長を志した者は繁栄を手にする事が出来た。


 それを踏まえて考えてみれば、21世紀初頭の西太平洋で起きた異変とその産物は、八百万やおよろずの神が我が国の今後を見据えて用意した『保険』だったのだろう。もしそれらが無ければ、我が国は地球とは異なる世界にて容易く朽ち果てていたであろう。


(ある人物の回顧録より)


・・・


聖暦1530年1月12日 イースティア王国北東部沖合


 青々とした海を、1隻の帆船が進む。全長60メートル程のキャラック船は3本のマストに張った帆に風を受けて進み、甲板上では数十人の水夫がせわしなく動き回る。


「周辺に異常は無いか?」


「はい、異常は見受けられません…例の『怪鳥』の姿も見受けられません」


「そうか…」


 船長はマスト上部の見張り台より周囲を警戒する水夫に尋ね、返答を受ける。そして手持ちの望遠鏡で周囲を見渡した。


 今、彼らがこの場にいるのには理由がある。この世界において一番東にある国であるイースティア王国は、十数年前より西の国々の敵対的な姿勢に強い警戒心を抱いていた。そのため軍事力の整備に余念がなく、カノン砲で武装したキャラック船の大量建造に力を入れていた。


 とその時、報告が上がってきた。


「船長、前方の海域より何かが来ます!」


「何…?」


 船長は前方へ目を向け、そして硬直する。水平線の向こうに小島の様なものが見え、そしてそれは次第にぐんぐんと大きくなってくるではないか。


「何だ、アレは…!?」


 船長達はただ驚愕するしかなかった。何故ならそれは、船と呼ぶには余りにも巨大な人工物だったからだ。


・・・


「どうにか無事に接触する事が出来そうですね」


 海上自衛隊大型護衛艦「やましろ」の戦闘指揮所CICにて、副長の北見きたみ二等海佐はそう呟き、艦長の鈴城すずしろ一等海佐は頷く。


 沖縄県那覇市を拠点とする海上自衛隊第5航空群の〈P-1〉対潜哨戒機により未知の陸地が発見されて半日は経ったか。護衛艦隊司令部の直属部隊である第1戦略群所属の「やましろ」に、未知の陸地に対する接触指示が出されたのは、ひとえにこの艦自体の特殊性からだろう。


 やましろ型大型護衛艦は、政治的な理由で頓挫したイージス・アショアの代替計画として建造されたイージスシステム搭載艦の一番艦であり、『護衛艦』と名のつくものでは最大の水上戦闘艦だった。


 全長190メートル、基準排水量12000トンの巨体には、アメリカが開発した新型フェーズドアレイレーダーを中心としたイージス戦闘システムに、それを完全な状態で稼働させるための莫大な電力を生み出す統合電気推進機関、そして弾道ミサイルのみならずありとあらゆる敵を迎え撃つ各種ミサイルを収めた、合計128基のミサイル垂直発射装置VLSを備えている。


 さらに艦載機として、最新鋭の対潜哨戒ヘリコプターである〈SH-60L〉を2機搭載しており、現在「やましろ」の上空には2機、特殊部隊である特別警備隊を乗せた状態で展開している。もし目前の不審船に敵対行動が見られれば、即座に制圧できる筈だ。


「さて、お客さんを迎えるとしよう」


 鈴城はそう言いながら救命胴衣を脱ぎ、ヘルメットから艦長帽へとかぶるものを変えながらCICを後にしていく。北見達は敬礼でそれを見送り、艦長の武運を祈った。


 この日、海上自衛隊護衛艦「やましろ」は、イースティア王国海軍の武装帆船と遭遇し、接触。平和裏にファーストコンタクトを成し遂げた。しかしそれは、20年にも及ぶ日本の数奇なる現代史の始まりでもあった。

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