第3話『家族なくしといてこういう言い方もアレなんだけど、俺たちとかって結構ラッキーで』

 サフラエルの街は結構田舎なんだという。俺の居た集落に比べれば、大都会だと思うけど。


「まぁ、いい意味でってとこだけどな。俺たちも結構長く暮らしてるし」


 そう言ってシマは俺を見て笑った。

 二人は同じ孤児院の出身なんだそうだ。レツはギルドでのプロフィールの通りブラウレス出身、シマはウタラゼプ出身だという。ウタラゼプってブラウレスと同じく結構遠いハズ……


「なんかな、家族なくしといてこういう言い方もアレなんだけど、俺たちとかって結構ラッキーで。

 その頃、ここから離れた街や村にいる孤児で、めぼしいのを集めて教育しよう的な試みがあったんだ」


 それってきっと剣士や魔術師が腕試しに守りの外に出ちゃってた頃の話なんだろうか。標の結界が出来る前。

 あれ、でもそしたら年代が合わないかな? それってそんなに最近だっけ? 違ったかな?


 シマは結構何でもないことのように話す。深刻にさせないようにする心遣いなのかな、それとも元からテキトーなのか……でもたぶん、前者なんだろうな。


 俺は気付くと、シマの半歩後ろからついて彼の話を聞いていた。

 俺の身長は体格のいいシマの胸にも届かない。


「で、運良くっつーか、その頃孤児になっちゃったのが俺とかレツとかで。だからサフラエルには何の伝手もなかったんだけど、ひょっこりここで暮らす事になっちゃったんだよねー」

「みんな一緒にねー」


 レツもそう言って笑った。

 みんな……って事は、他にも一緒に孤児院に集められた人がいるって事なのか。結構たくさんいたのかな……

 俺なんて、貧乏な谷の集落に暮らしてたし、モンスターの脅威はあったけど家族はみんな揃ってた。……それって恵まれてるんだろうか。


 二人は賑やかな町並みには目もくれず、俺に何となくこの街の事や二人のことを話しつつ歩き続けた。


 レツは時々店の人から声をかけられて手を振っている。知り合い多いのかな、何だか街中に友達がいるみたい。

 俺は時々視界に入る店やショーウインドーに意識を持って行かれそうになる。


 こんなに賑やかな大通りがあるなんて……やっぱ集落の中で一生を終えたりしなくてよかった!

 通りに並ぶ家々はレンガ造りの土台に漆喰塗りの白い建物が多かった。窓辺には花が飾られていて、店の前には様々な品物が並ぶ。


 店を覗きながらそぞろ歩く人、大きな声で客寄せをする人、通りの真ん中を走り抜ける馬車、何もかもが刺激的だ。何だかキラキラしている。


「お前はまず買い物とかしたそうだなー」

 シマはそう言って苦笑した。

「いや、そんな事ねーけど……」

 田舎もん丸出しでキョロキョロしてたの、見られたんだ……恥ずかしい……


「……ま、でも旅に出るとなったら色々準備も必要だからな、そしたら買い物には行けるよ」

「買い物! そうだね! いっぱい買わないと! 飴とか!」

 飴!? レツの言葉にシマは苦笑して見た。

 え、ちょっとコレ普通なの? 突っ込むところじゃねーの?


「あ、こっちだよ」

 シマはそう言って大通りから道を外れてレンガの塀の間を抜けていった。


 塀の向こうには背の高い木が茂っている。門を抜けると、そこには大きな庭園が広がっていた。ぐるりと周辺を大きな木が囲っていて、噴水のある池へ至る並木が続いている。


 並木道以外は芝生に覆われていて、木々の間を散歩しながら語り合う賢者のような人や、走り回る子どもたちがたくさんいる。

 すげぇ、街の中にこんなすごい庭園が造られてるなんて。


 シマとレツは見通しのよい所に立ち止まると、何かを探すようにキョロキョロした。っつか、何を探してるんだろ。


「あ、いたいた、こーーーちゃーーーん!」

「こーーーちゃーーーーーーーーん!!」


 二人が叫ぶと、木々の影になった辺りにいた人が、ひょいっとこっちを覗き見た。それから二人に向かって手を振ると、何かを片付けて肩に引っかけこっちへやってくる。


「うーす」


 肩を落として着ている服は、どうやら道着のようだった。少し上がった息を静めながら二人を見、それから俺にチラッと視線をよこした。


 きつい三白眼で、色黒の肌に白くて短い髪、その髪を細い紐でアップに留めている。見た目にゴツくはないけど引き締まった筋肉、脱いだもろ肌にはたくさんの傷が残っていた。


「練習中悪いねー」

「ん、もう終わりだったし」


 そうか、この人武闘家なんだ! 肩に掛けた布袋から色んな形のクッションのようなものが覗いている。長い棒をぞんざいについて肩にかけていた。


「そんで」

「あーうん……」


 シマは何となく言いよどんでチラリとレツを見た。


「……コウちゃん、俺と一緒に旅に出てくんない?」


 レツはおもむろにそう言った。目が真剣だ。


「…………」

 コウと呼ばれた彼は、半眼のまま少し、すこーし首を傾げた。

 それからゆっくりと、ちゃんと首を傾げた。何か、眠そう……練習直後だからかな。


「えっとね、俺、勇者になっちゃったの! そんで旅に出ないとなんなくなって、だからパーティーが必要なんだ。そんで、そんで、」

「いいよ」


 コウはレツが説明している途中で答えた。

 でもなんか今のって、最初の質問に答えたのだけど、彼のペースで答えてようとしている間にレツが言葉を挟んじゃったみたいだったな……


「ホントに! やった!」

 レツは嬉しそうにシマにハイタッチをした。シマは苦笑しながらも、嬉しそうにそれに応えた。


 何か、考える程パーティー集めるのに苦労してる感じはないなぁ。知り合いに伝手があるからギルドで勧誘しなかったって事?

 ボンヤリ見ていると、半眼のままのコウと目があった。


「コレは」

 う、コレって……なんか、やな感じ。

「ん、ああ、こいつは勇者見習い。こいつも一緒に行くんだよ」

「ふーん」


 それだけ聞くと興味を失ったように俺から視線を外した。


 ……なんか、思いっきり見下されてる感。そりゃ、格闘家なんて初めて見たから、マジマジと観察しちゃったけどさ。そんな風にしなくたっていいのに。


「そしたら、次は団長のトコに行かないとだ」

「じゃあ俺、荷物置いてくる」

「うん、途中だから一緒に行こ」


 レツとコウはそう言いながら歩き出した。シマはそれを見てから歩き出す。

 俺は何となく疎外感を感じながらついて行った。


「コウちゃんね、いつもあんな感じだから。無口だし」


 俺はシマの言葉に顔を上げた。

「普段、必要最小限しかしゃべんないけど、別に怒ってるとか嫌ってるとかじゃないんで、勘違いしないでやってな」

 そう言って笑うシマを俺は見上げた。俺、もしかしてそんなヤな顔で見てたのかな、彼のこと。


「あの、」

「んー?」

「もしかして、コウも……」


 言いよどんだ俺に、シマはちょっと首を傾げたけど気付いたように笑った。

「いや、コウちゃんは元からここに住んでたんだよ。そんで俺たちと仲良くなったんだ。ちょうど年代が一緒だからねー」

 そうなんだ。じゃあレツやシマの友達がみんな孤児って訳じゃないのかな。


 でも元からこんな街に暮らしてて、なんで武闘家なんだろう。他にもいろいろ選択肢はありそうなのに、武闘家って結構厳しい修行で山奥とかすごい所に訓練所があるんじゃなかったか?


 俺はぼんやりと先を歩く二人を見た。一方的にレツが話しているのを、コウが頷いたり相づちを打ったりしている。

 明らかに九割以上レツが話しているけど、あれでコミュニケーションがとれてるんだろうか。

 コウは通りから外れる路地の前で立ち止まり、二言三言話してから路地に飛び込んでいった。


「ひとっ走り置いてくるから待っててってー」


 レツはやっぱりふにゃーって感じに笑って言った。

 この人、何か緊張感がないよな。だからか? 勇者っぽさが感じられないのは。勇者ってもっとこう……ビシッとパーティーをまとめるタイプじゃないのかなぁ。


「そっかー」

 シマはそう言いながら、傍らの果物屋からリンゴを買うと、レツと俺に投げて寄越した。真っ赤に染まったリンゴは、つやつやと美味しそうだ。

 こんなに見た目から美味しそうなリンゴ、俺の集落にはなかったな……一口囓ると、甘酸っぱい汁が弾けた。


「そう言えばさ、君って何で勇者見習いになったの?」

「それは、勇者になりたいから……」


 俺は今日二度目に聞かれた質問に、少しだけ面食らった。そんなの、当たり前の事じゃねーの?


「へぇー、すごいねぇー」


 レツはしゃりしゃりとリンゴを囓りながらそう言った。言ってる自分が勇者だってのに、なんかバカにされてる気がする……


「でも、なりたいだけじゃなれないってわかったから」


 だから勇者見習いにしてもらったんだ、いつか本物の勇者になるために。

 俺は食べ終わったリンゴの芯を見ながら言った。何となく、レツを見れなかった。


「そんなに思ってるならなれるよ、きっと」


 レツはそう言ってリンゴを齧った。

 それはなんだか優しげに響いたけど、それでも俺は顔を上げられなかった。


「お待たせ」

 コウが戻ってきて、なんとなくその場はうやむやになった。っていうか、勝手に俺だけが気まずい思いしてただけみたいだけど。


 レツは何も感じてないみたいで、そのままコウと歩き出す。俺は少しだけ視線を外したまま、二人に続いて歩きだした。

 何となく、シマが隣にいる無言がつらい。


「あの、団長って……」

「ん? ああ、俺らと一緒の孤児院のヤツでね、白魔術師なんだ」


 白魔術師! じゃあ、ホントにギルドの紹介なんていらないんだな。

 知り合いだけでパーティーが組めるなんてすごい。普通そんな風にいかないんじゃねーの。


 あ、そう言えば集められたって言ってたっけ。それで年代が同じくらいの人たちで色んな職種の人がいるのかな。


「……なんで団長なんですか?」

「んーそれは、そうだなー会ってみるのが一番早いなー」


 会ってみると団長なのがわかる、ってそれも一体どんなんだ。でもそう答えられてしまったから、俺はそれ以上突っ込めなくなってしまった。

 俺はこっそり彼を見た。シマは何にも気にしてないみたいに、小さく鼻歌を歌いながらのんびり二人について歩いている。


 ……楽しめば、いいのかな。


 全く知らない街に来て、全く知らない人たちと出会って、気付いたら冒険に出るためのパーティーに加入してる。しかも全て一日の間に起こったことだ。普通こんな風に人生が転がったりしない。


 あの集落に暮らしていたら、毎日木を切ったり畑を耕したり乳を搾ったり木の実を摘んだり、そんな事で毎日が過ぎていって、昨日も一昨日も今日も明日も明後日も同じハズだった。それが今日は違う。


 たった一日で、いやまだ一日も終わってないのに、こんな風に変わっていく。


「問題は」

 声に気づいて顔を上げると、レツとコウが目の前に立っていた。うわ! ぶつかるとこだった……驚いて足を止める。

「……団長がどこにいるかだよね」


 街の賑やかな辺りに戻ってきていた。あれ、行き先決まってたんじゃなかったんだ。

「あ、そっか。この時間に部屋に戻ってるって事もないなー」

 シマは今気付いたようにそう言った。

「……あ」

「あ?」

 二人は同時に声を出したコウを見た。


「……カフェ、じゃね?」


「かふぇえ? まぁ、団長の事だから優雅にお茶とかしそうではあるけれども」

「っていうかそれどこ? 知ってる店?」

「いや……まぁ、うん」

 コウは不思議そうな二人に、なんだか言葉を濁して答えた。どういう事だろ。


 するとそのまま何も言わずにコウは歩き出した。

 案内するって事なのかな。レツとシマも、ちょっと顔を見合わせてからついて歩き出す。俺もその後を追った。

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