第2話『どうしてもってんなら行ってみな。俺は……薦めないがな』

「……確かに祝福は本物だ」


 ギルド商人は俺の手の甲を眺めてぼそりと言った。


 なんか、ちょっと引っかかる……あんまりいいことじゃないみたいな言い方だな。


 ギルドはどちらかというと商店と言うより飲み屋だった。

 彼が陣取っているカウンターの背後には、束ねられた紙なんかと一緒に酒の瓶が並んでいる。カウンターにもグラスが並んでいた。


 やっぱり守りの外へ狩りに出かけるよな冒険者になると、狩りに必要なメンツ集める時にも酒飲んだりするんだろうか……荒くれた野郎共ってイメージ。いやホントは女性も多いんだけど。

 俺は視線を彼に戻した。


「だから、ここでパーティーを探している勇者に会いたいんです」


 司祭も今この街に勇者がいるって言っていた。高めのカウンターにかじりついて伸び上がるようにして彼を見ると、彼は器用に片方の眉だけ上げてみせた。


 ちょっとだけ面倒くさそうに傍らから束ねた紙を引き寄せると、ペラペラとめくってからもう一度俺を見た。


「勇者ってのはそこら辺に転がってるもんじゃねぇ。お告げをもらった人間だけだからな、そう簡単にお目にかかれるもんじゃない。

 ここに登録してるやつらだって、冒険仕事な狩りに出る事はできるが、勇者として旅に出る事は勝手にはできん」


 それは知ってる。俺は頷いた。


「ここには戦士やら剣士やら魔術師やら武闘家やら、時には騎士や吟遊詩人や侍まで、モンスター狩りに出たい奴らが登録する。一人で出て行く命知らずじゃねぇ限り、大体フォローが欲しいからな。

 まぁ出るっつっても、知っての通り街の標から5レクス圏内だ。それ以上超えるとてめぇの印を失う」


 そう言って彼は俺の手の甲を紙束で叩いた。


 祝福を受けた俺の手の甲には、うっすらと魔法陣のような模様が浮かんでいる。コレを失ったら旅も冒険も味がない。


「5レクス圏外に出られるのは唯一、お告げを受けた勇者とそいつの選んだパーティーだ。だがな、」

 俺は自分の手の甲から視線を引きはがし、言葉を切った彼を見た。


「……だがな、勇者がいつだって勇者らしいとは限らねぇ。お前は運がいいんだか悪いんだかわかんねぇな」


 え、それってどういう事?

 怪訝な顔で彼を見ると、彼も苦虫をかみつぶしたような顔で見た。


「ここに、珍しく勇者に選ばれたヤツが居る。だが、お前がそいつで満足できるかっつーと……疑問だな」

「それ、どういう……」


 何となく聞きたいような、聞きたくないような……伺うように彼を見たが、彼は紙束を軽く投げ寄越してその一ヶ所を指さした。


「レツ、職業剣士。レベル不明。出身はブラウレスだがこの街の孤児院にガキの頃からいるな。それから剣士の修行を経て今に至る」


 俺は伸び上がって指さされた一点を見た。

 ブラウレスって、結構遠くじゃん……孤児院にって事は、家族がモンスターにやられたのかな。

 標のある街や村から離れて点在する小さな集落は、大きな街よりも守りが弱い。その分モンスターの脅威も増える。だからこそ、剣士や魔術師がどこでも必要とされるんだけど。


 っていうか、ちょっと待って今さりげなく不自然な事言ったような……?


「ほら、そこの後ろの、隅のテーブルにいる黒髪のあいつだよ。ちょうどパーティーを探してるところだ。どうしてもってんなら行ってみな。俺は……薦めないがな」


 そう言って彼が顎で示した先には、テーブルについている二十代くらいの青年がいた。


 彼が、勇者……?


 俺はふらりとカウンターを離れると、彼に向かって近づいていった。


 テーブルに少し猫背気味についている。両腕をテーブルに載せて握った両手。向かいに座った相手に向かって唇を尖らせている。

 テーブルを回り込んだら、何だか困った表情を浮かべているのがわかった。あまり意志が強そうには見えない。


 俺は一瞬、嫌な気持ちになった。


「あの、」


 声をかけると、彼と彼の向かいに座っていた人も同時に俺に振り返った。


「あ……なたは、勇者……なんですか?」


 すると黒髪の彼は、一瞬拗ねるような顔をして、それから笑ってみせた。

 なんか、ふにゃーって感じの、ふやけた笑顔だった。


「うん、そうみたい」


 ……え? ……みたいって……


「っていうか、まだよくわかんないんだよね、とりあえずパーティーとか組まないとみたいで」


 彼は照れているんだか困っているんだか、よくわからない表情でそう言って、向かいの人に視線を戻した。


「まぁ、とりあえずめぼしいのに声かけてみて、OKだったらそれで組むでいいんじゃね?」

 その人は何となく投げやりにそう言って、傍らのグラスに手を伸ばした。


「あの、」

「やだ!」


 俺が言葉を発するのと、レツが声を荒げるのと同時だった。

 びっくりして彼を見下ろす。


「やだやだやだやだやだやだやだやだ!」


 連呼してテーブルを叩く。

 あまりの大声にクラリとした。何なんだこの人、子どもか……?


 見た目は二十代前半くらいかな。黒くて重そうな髪が顔にかかるからパッと見も貧弱だし、お世辞にも剣士には見えない。

 連れらしき人の方が体も大きいし、剣士って感じがする。


 でも黒髪がレツって言ったよな、連れの人は茶髪だし。


「絶対やだ! そういうのじゃだめなの!」

「って言ってもなぁ……」


 困った表情で頭をかくその人は、今頃思い出したように俺を見た。

「あ、そういえば君、何か言いかけてなかった?」

「あ、あの……」

 唐突に振られて思わずどもった。でもここでちゃんと言わないと!


「あの、俺をパーティーに入れてほしいんです! 俺、勇者見習いで、印もちゃんとあります!」


 俺は勢いよく左手の甲を差し出した。レツとその人は、つられて俺の手を見た。


「すごーい! キレイだね!」


 レツは単純に俺の手の甲に浮かぶ魔法陣の模様に見とれている。

 いや、自分だって持ってるんでしょ……?


「こういうの、いっぱいあればいいのにねー」

 レツはにこにこしていた。いや、問題はそこじゃなくて……


「あの、そうじゃなくて……」

「あ、パーティーに入りたいんだっけ? それって何か制約あったっけ?」


 言いながら話を振ると、茶髪の人は少し肩をすくめた。

「んーいや、勇者見習いは数に入らないんじゃなかったかな」

「じゃあおっけー! よろしくね!」

「え……いい、んですか?」


 驚いた、だって俺がどういうヤツとか聞いたりしなくていいのか? もしかしたら悪いヤツとか考えないのかな……?


「うん、これからよろしくね」

 レツはそういって、やっぱりふにゃーって感じに笑った。俺は何となく困って、茶髪の人を見た。


「ま、こいつが決めたんだからいいんじゃん? あ、自己紹介してねーな。こいつはレツね、そんで俺はシマ。こいつは剣士、俺の職業は獣使いだよ」


 そういうとシマは腰の鞭を片手でポンと叩いた。それって、モンスターを飼い慣らすっていう! すごい、本物初めて見た。


 シマは茶髪に丸い眼鏡をかけた、人懐っこい感じの人だった。意外とイケメンだよな。

 モンスターを相手にするからか、結構体も大きいしがっしりしてる。レツより年上なのかな? 雰囲気がお兄さんって感じ。


「あんまり見ないで、恥ずかしいから」

 シマは笑って俺の視線から外すように鞭を腰の後ろに回した。

「あ、モンスターたちはここにはいないから安心して。っていうか、もうここにいてもしょうがないだろ、レツ、そろそろ行くか?」

「……うん」


 シマが声をかけると、レツも何だか拗ねるような顔をしつつも二人して立ち上がった。えと、あの、どこへ……


「ああ、これからパーティーの勧誘にね。君も一緒においでよ」


 え? 勧誘って、普通ギルドに登録してる人を紹介してもらうんじゃねーの?


 俺の考えをよそに、二人は荷物を取るとギルドから出て行こうとした。

 俺はわけがわからないまま、あたふたと二人について行くしかなかった。

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