第4話 結局は進むしかない

 頑強なる岩盤に覆われた神宿ダンジョン。

 偶発的に一五階層へ跳び込んでしまった女子高生、飛田貫伊織。そしてそんな彼女と偶然にも顔を合わせてしまった機械義手の少年、加古川誠。

 たった二人の侵入者へ攻め込むは、岩を彷彿とさせる凹凸が目立つ緑の皮膚を持つ魔物。子供程度の体躯に通常の倍程ある細腕を伸ばし、手には棍棒や刃毀れの目立つ剣。もしくは無手にして人類が進化の中で切り捨てた鋭利な爪を煌めかせる。

 幻想の中で名付けられたそれは、ゴブリン。


「か、かこ、加古川さんッ。こここれって大丈夫なんです?!」

「ハッ。全滅させるのも訳ねぇが、守りながらってのは始めてだからな」

「無理に初経験を積む必要はないですが?!」

「いいから下がってな!」


 フレームやシリンダーが剥き出しの義手を掲げ、加古川は肩のスターターを引き抜いて闘争本能と涎を撒き散らす悪鬼と対峙すべく突貫。

 先手を繰り出したのは、加古川。

 唸り声を上げる右腕を力任せに振り被り、先頭を走るゴブリンの上半身を穿つと吹き飛ぶ衝撃で後続を二体道連れに霧散させる。

 更に裏拳の要領で腕を振るうも、距離が近すぎたのか。


「ヴゥアァ!」

「お」


 柄だけではなく腹も使って剣を盾に見立て、ゴブリンは勢いの乗り切らなかった加古川の拳を受け止める。鳴り響く甲高い音は、鍔競り合いの様相を告げた。

 魔物とは総じて群体。

 個体単位での勝利に固執するモノは少なく、故に数的優位を確保していれば一瞬の足止めでさえ致命傷となり得る。フリーとなった二体が左右から迫り、各々が握る得物を少年へ突き立てるために振り上げた。


「加古川さんッ!」


 金切り声にも似た悲鳴を伊織は上げるも、肝心の相手は気にする様子も見せず。むしろ口角を吊り上げる余裕さえも伺える。

 そして放熱フィンが蒸気を噴き出す。

 元より持ち帰ることの叶わなかった冒険者の落とし物を流用しているに過ぎない剣。少し力を加えてやれば軋みを上げて撓み、やがて亀裂へと派生する。


「ヴオ?」

「吹き飛び、なぁッ!」


 硝子よろしく砕け散った剣の欠片を周囲に纏い、加古川は身体を回して迫るゴブリン達を薙ぎ払う。

 計六体のゴブリン達は音の壁を突き破って岩盤に直撃した肉体を次々に霧散させ、幾つかのドロップ品や怪しく輝く紫の鉱石へと姿を変えた。

 油断なく周囲へ目を配ると、遅れて少年は魔鉱石の落ちていた地点へと足を運ぶ。


「ケッ。これだけかよ、シケてんな……」


 一つ一つ、ドロップ品を左手で摘んでは腰に携えた布袋へと収納していく。豪快に吹き飛ばしたためか、幾つかは完品とは言い難いものの、後方に控えた少女を思えば虱潰しに探す訳にもいかない。

 嘆息を零し、頭を掻くと加古川は不満気な表情で伊織の方へと歩み寄った。


「オラ終わったぞ。次行くぞ、次」

「次って何処ですよ。こっちに出口があるんですッ?」

「あー、俺らが行くんは一六階層だ」

「なんで下がってるんです?!」


 地上を目指して下層へ向かうなど、矛盾していることこの上ない。

 伊織の突っ込みは全うなものではあったが、加古川が足を止める気配は皆無。彼我の知識差もあり、少女の口は止まらない。

 そも、彼女としては犯罪者と同行している現状そのものが異常事態である。


「だいたい、なんで外側なんですッ。㒒は華のJKで、粉とゴムに塗れた青春なんて真っ平ですけど?!」

「どんな偏見だよ、それ……」


 このままでは延々横で騒がれることになる。

 そう予感したのか。嘆息を一つ零して幸運を逃がすと、加古川は頭を掻きながら説明を開始した。


「俺もガキ連れてより下の階層へ下りるなんざしたくねぇよ。けどな、あっちのルートに内側の奴がいるなら、顔合わせねぇよう下の階層から直接帰るしかねぇだろ」

「だから、それがおかしいって……!」

「あるんだよ、下の階層には。お前が落ちた穴のように直接地上へ帰れる穴が」

「へ?」


 自身が落下した穴を引き合いに出されては、伊織も無碍にすることは叶わない。

 確かにダンジョンと地上を直接繋ぐ穴が一つとは限らない。それは道理であろう。

 伊織が顎に指を当てて思案したことで沈黙が得られたためか、加古川は再び口を開く。


「詳しいやり方は知らねぇが、外側の連中が勝手にダンジョン直通の穴を幾つか作ってんだよ。そこを通るしかねぇ連中から金をふんだくるためにな。だから外側冒険者は政府公認の出入口を経由せず、直接潜れるって寸法だ。

 お前が落ちた穴も、そういう意図で作られたもんだろ。一五階層ともなれば誰かがめつい奴が見張ってておかしくねぇんだが……」

「な、なるほど……です?」


 加古川の歩みに迷いはない。

 確かな心当たりがあると、確信を以って前へ進んでいる。ともすれば一六階層にあるという穴を利用したことがあるとでも言わんばかりに。

 彼の自信を持つ者に特有の動きは伊織の心中から騙されたという不安を取り除き、ひとまず付いていくべきだと認識を深めさせる。元より一人で脱出できる可能性は、皆無なのだから。

 先程のゴブリンのような魔物と遭遇しなかったのは幸運か。

 二人は然したる障害もなく、一六階層へ通じる坂を発見すると即座に下層へと下りる。

 地上より染み込んだ水気が水滴となり、ダンジョンの地面へと落下する。あるいは目に見えないだけで、天井には犠牲者の骸が晒されているのか。

 光源に乏しい薄暗い空間故に、伊織は周囲で音が鳴る度に内心を震えさせた。

 無意識の内に、加古川の左腕へ捕まる程に。


「……」


 鬱陶しさこそ感じるものの、加古川は一瞥するだけで伊織を邪険に扱うこともなく左腕の自由を差し出すことを受け入れた。幸いにも懐中電灯を振る程度の余裕は持ち備えていたのも、彼の軟化した態度に繋がったのだろうか。


「そ、そういえば……ダンジョンから出たらどうしようです。ぼ、㒒、無断でダンジョンに潜った訳だし、これで華の青春時代も牢屋暮らしに……!」


 周辺への不安を取り除くためか、知らずの内に伊織は口数を増やしていた。

 もしくは地上脱出が現実味を帯びたことで、先のことを考える余裕が生まれたのか。桜の瞳はどこか遠くを見つめている。

 彼女の気持ちを思ってか、ぶっきらぼうながらも加古川は応じた。


「なるわきゃねぇだろ。穴に落ちたら不可抗力でこうなりましたって言えばいい」

「で、でも外側冒険者と一緒に出たなんて……天国のお父さんお母さんにも顔向けできないし……ダンジョン直通の穴なんて誰も信じないですし」

「信じるだろ、実物を見せればいいだけの話だ」

「で、でも……でも……あ、そうだッ」


 変に弾んだ声を出したことで加古川は一抹の不安を抱くも、憂いの晴れた伊織は相手の心中に構うことなく言葉を選択する。

 思いつきに塗れた、短絡的な言葉を。


「ここから出たら、加古川さんの住処に泊めて下さいですッ。どうせ待ってる家族もいないですし!」

「お断わりだッ。さっさと家に帰りやがれ!」

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