第5話夢で見て覚えた
ロイドとマリーの二人と適当に話しながら、街の門から出て三十分程度の場所にある森に向かい、そこで薪や山菜を探して歩き回る。
見つけたら拾って背負子に放り投げ、また探す。その繰り返しだ。正直言って単調すぎて暇でしかないが、これもちゃんとした仕事であり、やらなければならないことだから文句ばかり言ってられない。まあ、やらずに済むなら絶対にこんなことしないけど。
僕一人しかやらないんだったらそこら辺の木からとってもいいんだけど、それをやると森の木々がハゲることになるのでやってはならないとここらを狩場にしている仲間内で決まっている。
なので、落ちている枝や、あるいは折れてあと少しで落ちそうな枝を探しているのだが、そうそう見つからない。
「んー、やっぱこの辺もそろそろ薪がなくなってきたな」
「薪もだけど、山菜の方が問題だろ。採り尽くした感があるぞ」
というか、そもそもこの場所に人が多すぎるのだ。いくら森が広いからといって、今ここに集まっているのはあのグリオラの街に暮らす子供の半分近くになる。それだけの数が薪拾いなんてしてたら、そりゃあ拾うものなんて無くなるさ。
これがもう少し森の奥に入っていいのであれば薪も山菜も採り放題なんだろうけど……
「でも、森のおくの方に行くと魔物が出るしなぁ」
そうなんだよなぁ。でも、問題はそれだけじゃない。
「そっちもだけど、魔族の奴らもだろ。あいつら、まだ移動の期日じゃないからってしばらく居座るつもりだぞ。後半年くらいはいるんじゃないか?」
魔族は元々人間よりも身体能力が高い連中が多いので、人間を見下し、おもちゃとして甚振ることが多い。実際、〝私〟だった頃もその手の問題は度々起こっていたし、それは今この時代でも同じだ。むしろ、人間側が押されているこの状況では昔よりもひどくなっている。
そして、その〝お遊び〟は最前線であるこの場所で最も多い。
迂闊に森の奥や、街中であろうと建物の陰などに入れば、いつ捕まって遊び相手にされてもおかしくない。
「最後のお遊びってことで、面倒なやつが増えそうな感じだな、それ」
「多分増えるだろうな。そこに、実際に殴られた奴がいるじゃん」
「あー、そうだった」
マリーが俺のことを見ながら言い、それに納得するようにロイドが頷いたが、ここで僕はようやく自分が殴られた理由を知った。
「僕が殴られた理由ってそんなんだったの?」
「なんだ、お前知らなかったのか? 自分のことなのに?」
「あの時のことって結構曖昧なんだよね。母さんに聞くわけにもいかないしさ」
「あー、まあ聞いたらおばさんのことだから悲しい感じで話すかもな」
「だなぁ。あの人、すっごい優しい人だし」
殴られて気を失ったからか、あいにくと気を失う少し前のことは覚えていない。
だが、ただでさえ僕が数日気を失っていたことを心配していた母さんに、何があったのか話させるのは嫌だった。聞けば答えてくれただろうけど、僕が何日も目を覚まさなかったことを思い出して、多分すごい悲しそうな顔すると思うから。
「それよりかさー、本当に何にもなくなってきたんだけど、どうするよ?」
三人で集まって話しながらではあるが、しっかりと足元を見てネズミ一匹見逃さないというほど注意している。
だが、かれこれ十分は薪となるような枝も食べられる草の類も見ていない。
ああ……山菜とは言わず草でもいいから何か食べるものないかな。贅沢言うんだったら何か動物が出てこないかな。そうすれば、朝考えていたみたいに偶然倒してしまうこともできるのに。
「……肉が食べたい」
あ、だめだ。肉のことなんて考えてたらお腹空いてきた。あまりの空き具合に、思わず言葉になってこぼれるほどだ。
「にく〜? そんなん俺だって食べてえよ」
「あたしも〜。って言っても、この間食ったばっかだけどな」
「え? マリー、それほんと? 肉なんて食べたっけ?」
肉なんてここしばらく食べた記憶ないんだけど? もしかして僕が寝込んでいた時の話だったりする? だとしたらショックどころじゃないんだけど……
「ほら、戦王杯勝利記念ってことで、ひとかけらだけ配られただろ」
「……あー、あの干し肉かぁ。いやそういうんじゃなくってさ、もっと普通の……生肉的なあれだよ」
っていうか、あれって本当にひとかけらだったじゃん。あんなの肉を食べたうちに入んないって。せめて拳大の肉をよこしてくれ。
「生肉って、そんなん確保すんの無理だろ。奥に行けば魔物がいるって言ったろ」
「そうだけど……」
ロイドはそう諌めてくるが、今の僕なら魔物であろうとただの森に出てくる程度なら倒せる。
だが、どうしようか。肉は食べたいし、食べたほうがいい。なんだったら自分だけじゃなくて母さんにも食べさせたい。じゃないと、本当に栄養不足で死んじゃいそうだし。
けど、そのためには【力】を使わなくちゃいけないんだけど……もし僕が森の奥に行くとしたら、きっと二人も一緒についてくることになるだろう。最初の一回や二回はうまく捲くことができるかもしれないけど、それをずっと続けるわけにはいかない。
力の全てを見せるのは危険だし、色々と疑われることになる。だが、全く見せないというのも過ごしづらい上に非効率的だ。
であれば、力の全てではなくとも一端くらいは見せておくべき……いや、教えておくべきかな?
僕一人が剣士としての力を持っているのではなく周りにいる二人も同じ能力を持っているのであれば、僕だけがおかしいと思われることはなくなる。それはつまり、秘密を探るために僕、あるいは母さんだけが狙われることも減るということだ。
自分や母さんの保身のために友人を盾にするようではあるけど、どのみち僕と一緒に行動する以上は教えておいたほうがいいだろう。
というか、僕が【力】を使っている様子を見れば、どのみち教えることになるはずだ。
「……二人には、秘密にして置いてほしいことがあるんだけど……約束できる?」
「「?」」
僕がいきなりそんなことを言い出したので、ロイドもマリーもお互いに顔を見合わせて首を傾げた。
「約束ってなにをだ?」
「実は俺、剣を振ることができるんだよね」
「剣? 剣ってあの剣か?」
「そうそう」
ロイドが両手で剣を持って振り下ろす動作をして見せてきたので、頷きを返す。
だが、そんな僕に対してマリーは呆れた様子を見せた。
「そりゃあお前が訓練してたのは知ってるけど、でもそんなんじゃ魔物を倒すのなんて無理だろ。動物だって狩れねえんじゃないのか?」
「まあ普通ならそうなんだけどね? んー、なんていえばいいのか……まあほら、殴られて寝てる間に、なんか変な夢を見たんだ。そこで俺剣を振って戦ってたんだよ」
話せるとしたら、この辺りだろう。まさか前世が剣王で、今の僕として生まれ変わったと言っても信じてもらえるわけがない。少なくとも、今はまだ。信じてもらうには実力を見せてからだ。
夢で見たと話しておいて、そうして力を見せればいい。それで十分理由にはなるはずだ。
「夢で剣を? でも現実で同じようにできるのかって言ったら、無理だろ」
「やっぱお前、ロイドより頭悪くなったんじゃないのか? 大丈夫か?」
「なんで俺なんだよ! 俺は関係ねえだろうが!」
「あははっ」
……なんて言ったけど、実際のところは怖いのだ。僕が〝僕〟ではなく〝私〟の生まれ変わりだと分かれば、二人は態度を変えるんじゃないかと。そんなことはないのだとわかっているけど、それでも完全にそうなのだと思うことができない。
だから、生まれ変わったのではなく、夢で見たのだと誤魔化すことにした。いつか二人に信じてもらえると、ちゃんと話すことができる日が来ると願って。
だが、今はとりあえず話を進めよう。僕と私のことを話すのは今じゃなくてもいいんだから。
「そう思うのも無理ないけど、そうじゃないんだよ。そうだなぁ……二人は肉体強化の術は使える?」
「肉体強化? そんなのできるわけねえじゃん」
「そうだよ。できたらこんなところにいないで、どっかの金持ちのところに行ってるっての」
肉体強化……あるいは身体強化と今の世の中では呼ばれている技術は、言葉の通り肉体を強化する。
だが、ただ鍛えて強化するのではなく、特殊な【力】を使っての強化だ。たとえば、僕が肋骨のヒビを治すために使ったような【力】も、肉体強化の延長線上にある技術だったりする。
そんな便利な技術だけど、当然ながら一般人にできるはずがない。ちゃんとした修行をした上で習得する技術であり、使うには修行だけではなく才能も必要とする。
だが、使うことができれば護衛として素晴らしい効果を発揮するのだから、肉体強化ができる者はどのような経歴であろうと金持ちに雇われることが可能となる。たとえそれが犯罪者であろうと、子供であろうと。
だから、僕たちみたいなスラムと言ってもいいような場所で暮らしている子供達が覚えているわけがない。それが常識だ。
……僕以外にとっての、だけど。
「だよね。でも、俺できるんだ。正確には、できるようになったんだ」
そう言っても胡乱げな表情でこちらを見てくるロイドとマリー。
信じてもらえないことは悔しいが、まあこんな反応が返ってくるのは当然か。
「まあ見ててよ」
そう口にしてから軽く……ざっと二倍ほどに肉体の性能を引き上げ、その場で思い切りジャンプしてみせる。
「ほっ、と」
「なっ!」
「おいっ!?」
二人の身長を超えて大きく跳んだ僕を見て、ロイドもマリーも目を見開いて驚いている。
「マジかよ……」
「嘘だろ!?」
僕が着地した後も、二人は驚きのあまり目を見開いたまま僕のことを見続けているが、これで肉体強化が使えることは信じてもらえただろう。
「ね? できただろ?」
「す……すっげええええ! なんだよ今の!」
「なあなあ、それどうやったんだ? あたしたちにもできるのか!?」
「わからないけど、俺ができたんだからできるんじゃない?」
二人は掴みかかってくるような勢いで問いかけてきたが、二人がどんな才能を持っているのかわからないうちは断言することはできない。
才能がなくても多分できるようになるとは思うが、どれほど時間がかかるのかはわからないので、曖昧に返事をするしかない。
「「教えてくれ!」」
「いいよ。でも、今日はこれを使って肉を確保しようか」
これで、朝考えていたことを実行することができるね。
それじゃあ、偶然、仕方なく獣に遭遇してしまいに行こうか!
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