第6話お肉狩り
「ディアス、あっちに一体いるぞ」
「種類と大きさは?」
〝ディアスが肉体強化を使うことができる〟と分かった後は話が早かった。
ロイドもマリーも進んで協力してくれて、慎重に警戒しながらではあるが森の奥へと足を踏み入れ、獲物を探すことになったのだが、森の奥に入って数分とたたないうちにロイドが何か見つけたようだ。
やっぱり、普段人が入らない地域だとすぐに見つかるな。
そんなのはわかりきったことなのに誰も入らない時点で、相応の危険があるってことなのだが、まあなんとかなるだろう。
「大きさはそんな大きくねえけど種類は、えーっと……多分マリゴルンだ。ほら、あの丸くて突っ込んでくるやつ!」
「マリゴルンか……ならいけるかな。案内してくれ」
マリゴルンは柔らかい腹と、それを守る為の硬い殻をつけている丸っこい獣だ。敵を見つけると突っ込んできて、飛びかかってくる。その際、ジャンプした時に背中の硬い殻を敵に向け、柔らかい腹を隠すように丸まる性質を持っているため、まともに食らえば文字通りの意味で骨が折れる。場合によっては骨が折れるだけじゃ済まないかもしれない。
けど、問題となるのは直撃を喰らったらの話で、避けることができるのならなんの問題もない。もっとも、勢いよく突っ込んでくる獣の攻撃を避けるのは、ただの子供には難しいかもしれないが。
「まかせろ!」
僕の指示を受けて、獲物を発見したロイドが威勢よく返事をし、歩き出した。
ロイドの先導を受けて僕とマリーはその後を続いて歩いていくが、しばらく進むと本当にマリゴルンがもそもそと草を食べていた。
「いたな」
「当然だっての!」
「で、どうすんだよ。武器なんてないけど……」
勢いばかりで突っ走るロイドは、俺の言葉に胸を張って答えるが、そのロイドと共に行動するもののロイドよりも思慮深いマリーは獲物を見てもあまり喜んでいない様子だ。
けど、この場合はマリーが正しいだろう。何せ、こっちにはマリーの言ったように武器なんて何もないんだから。あるのは己の体一つのみ。
「剣なし、兵なし、敵一、魔なし、知能低。……いけるかな」
こちらには武装も兵隊もいないが、敵は所詮ただの雑魚。であれば、五体満足であるならば、こんな状況でも十分戦える。だって、剣王は武器がない状況でも戦い、勝ち続けてきたんだから。当時の力を万全に震えるわけではないけれど、今の状態であってもこの程度で負けるわけがない。
「俺が合図したら石でも投げて気を引いてよ。二人で石を投げまくれば流石にこっちにくるでしょ」
「で、きたところをお前が倒すのか?」
なんだ、ロイド。よく分かってるじゃないか。
「そうそう。大体そんな感じ」
「それでできるのか? 武器なんてないだろ?」
「あるよ。ほら、ちょっと太めの棒」
マリーの言葉に答えながら、その辺に落ちてた木の枝をひょいっと拾って見せる。武器なんて、これで十分だ。
「そんなん武器じゃねえだろ!」
俺が見せた武器に不満があるようで、マリーは小声でありながらも器用に叫んだ。だが、小声と言っても喋っていれば敵にバレてしまう。
「シー。騒いだら見つかるよ」
「……わり。でも、無理だろ」
「いけるいける。夢で見ただけの肉体強化を習得した天才に任せてよ」
自分で自分のことを天才と呼ぶのは、ちょっと恥ずかしいな。実際には天才ではなく、すでに学んだことを披露するだけなのに。
「んー……」
「いいじゃねえか、マリー。ディアスがこう言ってんだから、大丈夫だろ。それに、なんて言っても肉体強化だぞ! 戦王杯に出るような奴らが使うような魔法を使えるんだから、できるって!」
マリーはまだ心配しているようだけど、ロイドはすでに獲物を狩った気になっているのか随分と楽観している。状況的にはマリーの方が正しいんだけど、まあこの場合はロイドがいてくれてありがたいな。
「けど……んあー……気をつけろよ」
「わかってるよ」
そう言ってまだ若干心配そうなマリーとロイドは僕から離れていった。
「さて、実戦は久しぶり……いや、初めてか」
剣王としては久しぶりと言えるが、僕としては生まれて初めての実戦だ。
これまで僕は剣を振るってきたが、それはあくまでも訓練でしかない。これからいざ敵と戦うのだとなると、手が震える。
……ふふ。武者震いか。剣王だったはずの私がこんな感覚を抱くなんて、なんとも懐かしい感覚だなぁ。まあ、僕としては初陣だしね。
「ひとまず、強化率は二倍程度にしておくか。この体ならそれで十分だろうし、無茶な強化はケガの元だからな」
強化するだけなら五倍くらいまでは余裕でできる。けど、それ以上となると少し厳しくなってくるし、何よりそんな力は必要ない。
普通の子供なら二倍にしたところで大した違いはないかもしれない。けど、僕は『剣王』だ。
「ディアス!」
「行ったぞ!」
ロイドとマリーの投石が行われ、マリゴルンが怒ってこっちに向かって走ってきた。やつからしてみれば、木々の間に堂々と立っている僕の姿は随分とわかりやすい的だろう。
「断魔の剣、一式——【断頭】」
突進してきたマリゴルンが跳んだ瞬間、一歩だけ横にズレ、すれ違う瞬間に持っていた木の枝を振り下ろした。
断魔の剣の他にあともう一種剣式があるが、そちらは対人用なのでこちらが相応しいだろう。
振り下ろした剣は、剣ということすら憚れるような木の枝だったはずなのに、硬いマリゴルンの殻を通り過ぎて下までしっかりと振り下ろされた。
その結果どうなるかと言ったら……
「すげえ! すげえよディアス!」
「なんだよあれ! あれも剣なんだよな!? 全然見えなかったぞ!」
悲鳴すら上げることなく体を二つに両断されたマリゴルンを見て、ロイドとマリーが大声を出しながら駆け寄ってきた。
「まあ、言っちゃえばただ肉体強化をして剣を振り下ろしただけなんだけどね」
後、ついでに木の枝の強化もしておいた。じゃないと振っただけで折れるし。
「だとしても、そもそも身体強化なんてできるやつがいないだろ!」
僕が肉体強化を使えることは見せたが、実際にその状態で剣を振ったところは見せていなかったからか、あるいは目の前で獲物を狩って見せたからか、ロイドは興奮した様子で全身を大袈裟なくらいに動かしてその興奮を表現している。
でも、身体強化じゃなくて肉体強化なんだよね。そこはちょっと間違えないでほしい。まあ、その辺りのことはいつか教えればいっか。
「なあなあ。それで、この肉どうすんだ?」
「どうって、持って帰るんだろ。そんで今日は肉祭りだ!」
「このままか?」
「あー……」
どうしよっか?
肉を持って帰ることまでは考えていたけど、流石にあれだけのサイズのものをそのまま持って帰ったら騒ぎになるよね?
「流石にこのまま持ってくのは目立ちすぎるだろうし、小分けにしてくしかないんじゃないか?」
「でも、容れ物とかねえけど?」
一応背負子や山菜とり用の袋を持っているけど、その中に全部入るわけじゃない。持ち帰るにしても、全部を持って帰るのは難しいかもしれないな。
「それに、肉祭りってのはやめた方がいいんじゃないかな。多分だけど、肉の匂いに釣られて厄介事が引っかかりそうな気がする」
肉を焼けば匂いが出るし、ろくに肉を食べられなかったあの街の住人達がどんな反応をするのかわからない。
「じゃあどうすんだよ! せっかくの肉を捨てるなんてしたくねえぞ!」
「僕だってしたくないよ。そもそも、捨てるようならわざわざ狩りをした意味がないじゃないか」
僕が肉を手に入れようと思ったのは、自分の体のためと、母さんの健康のためだ。まともな食事を取らなければ、近いうちに母さんは死ぬかもしれない。そう思わせるくらいやつれているのだ。
そんな状況を改善する手段が目の前にあるのに、それを持って帰らないという選択肢はない。
だが、かといって問題を起こしたいというわけでもないのだ。
「ここであたしたちだけで食べるとか?」
「それだとチビどもが食べらんねえじゃんか!」
「俺としても、母さんに肉を食べてほしいところなんだよね」
「でも無理だろ。肉の匂いがバレずに調理するなんて、できっこないぞ」
まあ、そうなんだよなぁ。焼けば匂いが出てくるのが肉ってものだ。
「干し肉はどうだ?」
「それするまで肉食べらんないけど良いのか?」
「そもそも干すには大量の塩が必要になるけど、手に入らないよ」
干し肉なら焼かないで済むけど、塩漬けにできるほど塩がない。まあ、塩がなくても気をつけてれば干し肉にできるかな? でも、んー……あ。そうだ。
「……もういっそのこと、隠さなければ良いんじゃないかな?」
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