第4話ロイドとマリー

 〝私〟が目覚めてから三日が経過した。まだ病み上がりということで母さんは止めたが、僕は背負子を背負って街の外に向かって歩いていた。

 何をしに行くのかと言ったら、食べられる山菜類の採取と、薪に使えそうなものの回収だ。

 そうして拾った物を食べて、使って、どうにかして生き残っているのが今の僕達の現状。


 これがもう少し後方だとまともな商売とかやってるんだろうけど、ここは最前線。いつ魔族に奪われてもおかしくない場所であるため、まともな店は存在していない。存在していても、それは魔族の営む店だ。何せつい先日まで、約十年間ほど魔族に占領されていたわけだし。


 後は、領主かその周辺。その辺りだったら、こんな最前線でもそれなりにいい物を食べることができるだろう。暮らしだってそう悪いものでもないはずだ。多分、住んでる場所は剣王ディアスの居城だったあの城だろうし。

 やっぱり肉とかもっと柔らかいパンとか食べてるんだろうか?

 ……だめだ。食べ物について考えるとお腹が空いてくる。


「肉が食べたいなぁ」


 この体……少年ディアスに生まれ変わってから今日まで、母さんのとってきた野草やカッチカチのパンを水でじゃぶじゃぶして腹に流し込んできたけど、まともに鍛えて体を作るつもりならもっとまともな食べ物が欲しい。

 仮に鍛えないんだとしても、こんな食べ物ばかりで生活していればそのうち栄養が足らなくて死ぬ気がする。


「とはいえ、今のこの体は九歳。街の外に出ることはできても、獣が出るような場所まで許可が出るとは思えないしなぁ」


 薪拾いと山菜採りのために街の外に出ることはできるし、近くの森に入ることはできる。

 けど、森は魔物の住処で、奥に入り過ぎれば襲われることになる。その襲ってきたのが魔物だろうと単なる獣だろうと、僕達みたいな子供が襲われれば結果は変わらない。

 まあ、僕の場合はもう事情が違うんだけどね。だって、獣やちょっとした魔物程度なら殴れば殺せるし。


「いや、薪拾いの最中に偶然遭遇したとして獣を狩るとか? 獣でなくとも、鳥であればそこらにいてもおかしくないよね?」


 はぐれの獣に遭遇したってことにして狩れば、肉が食べられるだろうか?

 いくら獣が危ないと言っても、僕なら簡単に処理することができる。剣があれば完璧だったけど、まあ拳だけでもなんとかなるはずだ。


 でも、それをやっても定期的に食べられるわけではないし、何より母さんが心配する気がするんだよなぁ……どうしたものか。


「ディアス!」


 なんて考えながら歩いていると、街の外に向かう門の方向から僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 そっちへと顔を向けると、少年と少女の二人組がこっちに向かって駆け寄ってきていた。


「ロイドとマリーか。……えっと、久しぶり?」


 私としては初めましてだし、僕としては三日休んだとはいえ眠っていた四日間の意識がないからそんなに長い間離れていた気がしない。なので、なんと言っていいか少しだけ迷ってしまった。


 僕の名前を呼んだ少年の方がロイドで、その隣で一緒に駆け寄ってきているのがマリーだ。

 ロイドは赤っぽい茶色の髪を短く切ったヤンチャな子供で、元気そうにブンブンと手を振っている。

 マリーは茶色というよりも、くすんだ金と言ったほうがいいような髪を肩あたりで切っている、ともすれば少年と勘違いしそうな少女。どちらも僕の友達だ。


「魔族に殴られたって聞いたけど、大丈夫だったのか?」

「一週間も意識がなかったって聞いたぞ!」

「大袈裟だな。一週間じゃなくって四日だけだよ。後の三日は母さんが休めってうるさかったんだ」


 傷を治す必要があったので一日は休んでいたかったが、残りの二日はぶっちゃけてしまえば必要なかった。【力】を使えばあの程度の怪我であればすぐに治るのだ。

 ただ、それを知らない母さんは、もし何かあったら大変だからと様子見のために家で休ませ続けていた。


「四日でも十分やばいだろ」

「頭は大丈夫か? 悪くなってねえよな?」


 男勝りな調子で話すマリーに続き、ロイドが心配してくれたけど、なんの問題もない。


「頭が悪くなったとしても、ロイドよりはマシだから大丈夫だよ」

「ははっ! そりゃあそうだ! ロイドより頭悪くなったらおしまいだって」

「なんだと! せっかく人が心配してやったのに、ふざけんなよちくしょう! 薪だって、お前の分を拾っておいてやったんだぞ!」

「え? それほんと?」


 確かにここ一週間僕は寝っぱなしだったし、薪を拾うことができていなかった。薪はそんなに使うってほどでもないけど、全く使わないわけじゃないし、余ったら売ればいいんだから収入になる。

 だから、僕たちみたいな子供は山菜採りと薪集めをすることで生活の助けとしていたんだけど、それを僕の分までやってくれたってことは、自分の稼ぎを減らしてまで気を使ってくれたってこと。それは素直にありがたいことだ。


「そうだよ! 怪我したんだったら、起きた後すぐに動くのは大変だろうなってマリーと話して、じゃあ起きた後は楽できるようにって集めておいてやったんだ!」

「それは……ごめん。それと、ありがとう」


 先ほどの発言は冗談ではあったけど、自分のために助けとなるべく動いてくれた人に言うべき言葉ではなかった。だから、素直に謝罪を口にして頭を下げる。


「……ん。まあ、いいよ。元々、言い出したのはマリーだし」

「そっか。マリーもありがとう」


 照れた様子のロイドの言葉に頷いて、隣にいたマリーへ視線を合わせて礼を言う。


「おう。盛大に感謝して……えっと、たたえろ?」

「なら、キスでもして感謝してあげようか?」

「うげー。いらねえよそんなの! 酔っ払いのおっさんどもじゃあるまいし、そんなのやるんじゃないぞ!」


 そうやって冗談を言って笑い合うことで、僕は日常に戻ってきたんだな、と感じることができた。


 でも、よかった。少し心配だったんだ。僕は〝僕〟でいるつもりだとはいえ、〝私〟が存在しているのも確かで、その記憶も全部残ってる。もしかしたら、今の僕としての日常を自分のものとして感じることができないかもしれないと、少しだけそう考えていたんだ。

 でも今の僕はちゃんと二人との再会を喜び、会話を楽しむことができている。だから、ここにいる僕は〝私〟であることも確かだけど、ちゃんと〝僕〟なんだろうな。


「とりあえず、森に行こうか」


 少しの間三人で無駄話をしてから、僕達は薪拾いのために森に向かって歩き出した。

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