ファイナルキル2

 スマホの画面越しに映像で見たことはあったけど、生でアイドルのライブというものを見るのは生まれて初めてだ。鬱鬱少女のライブ映像もたくさんユーチューブにアップされていて夢中で見ていた時期があった。


 鬱鬱少女とメルちゃんに出会ったきっかけは、ティックトックで鬱鬱少女の『ばっきゅん!少女の抵抗』っていう曲で踊っている友達の動画を見たことだった。私はその曲が一瞬で好きになった。訳も分からずただ惹かれた。聴いていると勇気が沸いてきた。アップテンポで踊りたくなるけれど、決して明るい曲じゃないし、歌詞もどっちかというと重たい。いじめられてる女の子がいじめっこに復讐するみたいな歌詞だった。なぜだか私の人生に寄り添ってくれている気がした。

 アイドルの曲なんて恋愛の曲ばっかりだと思ってたけど鬱鬱少女の曲は違った。恋愛ソングはひとつもない。女の子の悩みとか葛藤とかを歌った曲がメインだった。


 ユーチューブで鬱鬱少女のライブを見た時、感動で涙が出てきた。メンバー全員素敵だった。かわいい顔をくしゃくしゃにしながら汗をかいて歌って踊る姿が凄くかっこよかった。でも歌い終わると、にこって笑顔になる。その笑顔は胸が張り裂けそうになるくらい本当にかわいかった。歌ってるときとのギャップに頭がくらくらした。


 そんな鬱鬱少女のメンバー中でも私が一番惹かれたのが南雲メルちゃんだった。

 目は吊り目気味だけど凄くぱっちりと大きくて、鼻筋がしゅっと通っていた。シャープですっきりとした輪郭と程よい大きさの唇。黒髪はボリューム少なめだけどさらさらで長くて、高めの位置で結んだツインテールがとても似合っていた。細身でスタイルも良い。

 真顔はクールでかっこいいのに、笑顔はとても無邪気でかわいらしかった。

 パフォーマンスも凄くかっこよくて歌も上手い。声もすごく繊細でピュアな雰囲気で胸に刺さった。

 メルちゃんは憧れだし、メルちゃんみたいな女の子になりたかった。


 メルちゃんはいつの間にか毒舌アイドルとしてテレビで人気者になっていた。メルちゃんの出てるテレビは頑張って見ようと思った。スマホで見逃し配信を見れるからお客さんを待ってる間なんかに見ていた。

 メルちゃんのラジオ番組も始まった。毎週聴いた。凄く面白かった。ある日メルちゃんが、ホストが刺されたことについて話していた。私はどきっとした。その頃リョウマへの憎しみを持ち始めてて、私も刺してやろうかなって思い始めていたときだったから。

 メルちゃんはホストを刺す子は本当に殺す気なんてないって言っていた。でも私はリョウマを本当に殺したいと思っていた。私は違うよってメルちゃんに言いたかった。

 

 ある日、偶然歌舞伎町で出会ったお兄さんから熊のぬいぐるみを無理やり奪った。プラスワンの入り口のドアに耳をくっつけて、漏れてくるイベントの音を聞いていたら、お兄さんがぬいぐるみの特別な呪いのパワーについて語っていた。その呪いのパワーを使えば私はやり遂げられるって確信した。リョウマを殺すことを決意した。

 その決意をラジオに出てメルちゃんに伝えたかった。応募したら番組のスタッフさんから電話が来て、出演してくださいと言われた。嬉しかったけど滅茶苦茶緊張した。

 いざメルちゃんと喋るとなったら案の定緊張して上手く喋れなかった。どうにかしてオブラートに包んでリョウマを殺す決意を報告したかったけど上手くいかなかった。くまちゃんもいっぱい話しかけてきて邪魔した。せっかくメルちゃんと喋れたのにあんなことになって落ち込んだ。でもリョウマを殺す決意は変わらなかった。

 そういえば昨日ラジオの放送日だったけど、聞き逃したわ。

 

 そして今日、メルちゃんに直接会える。画面越しで見ていた子が目の前に現れる。メルちゃんに熊のぬいぐるみを見せたら私に気づいてくれるだろうか。メルちゃんは私を見てどんな反応をするだろう。怖い。凄く怖い。でも確かめたい。絶対にあるはずの私とメルちゃんの絆を。


 鬱鬱少女のひとつ前のグループのライブが終わった。いよいよ次が鬱鬱少女だ。やばい。電話のときみたいに緊張してきた。

 マスクを取って、伊達眼鏡を外した。そしてバッグの中からくまちゃんを取り出して顔がステージから見えるように胸のあたりに抱いた。

 工事現場から聞こえてくる騒音みたいな楽器の音に乗せてメンバーが一列に並んで袖から出てきた。やばい。先頭のまりなっぺの姿が見えたとき私は思わず悲鳴を上げそうになった。

 メルちゃんは列の真ん中にいた。メンバーがステージの中央で立ち止まった。そして客席の方へと顔を向けた。メルちゃんは私の真ん前にいた。メルちゃんの顔が見えた瞬間、私は悲鳴を上げた。本物だ!生で見るメルちゃんはこの世の人とは思えないくらい綺麗だった。気を失いそうになる。


「みなさんこんにちは鬱鬱少女です」


 まりなっぺが低くクールなトーンの声で自己紹介すると、音楽が鳴り始めた。いきなり『ばっきゅん!少女の抵抗』から始まった。また私は悲鳴を上げた。

 メルちゃんのパフォーマンスは映像で見てた通り凄くかっこよかった。いや映像で見るより凄かった。迫力が違った。夢中でメルちゃんを目で追った。 

 メルちゃんはパフォーマンスに夢中で客席を見る事はなかった。それだけ世界に入り込んでるってことだと思う。そんなメルちゃんもまたかっこいいし、尊い。


 MCは挟まずに五曲を立て続けにパフォーマンスした。あっという間に三十分がたった。本当に来て良かった。見れて良かった。感動で泣きそうだった。

 ここでようやくMCになった。まりなっぺが次のライブの告知をしている。その間、他のメンバーは客席のファンに向かって手を振っていた。私もメルちゃんに向かって手を振った。なかなか私に気づかない。メルちゃん!メルちゃんこっちだよ!心の中で叫んでたら思いが通じたみたいにメルちゃんが私を見た。


 メルちゃんと目があった!メルちゃんは私を見て手を振りながら、にこって笑った!心臓が止まるかと思った!メルちゃんやっぱり私たち見えない絆で結ばれてるんだね!メルちゃん!メルちゃん!メルちゃん!

 

 そうやって喜んだのも一瞬だった。メルちゃんがぬいぐるみに気づいた。さっきまで笑顔だったのに、急にひきつったような顔になった。そして私からぷいっと目を反らすと、隣のメンバーに耳打ちしてから一人だけ足早にステージ袖に捌けていった。

 私はメルちゃんの後ろ姿を見つめていた。心なしか足がガクガクしてるみたいで、真っ直ぐ歩けてなかった。大丈夫かなメルちゃん。メルちゃんごめんね。やっぱりこういうことになっちゃったね。

 さっきまであんなに楽しかったのに、嬉しかったのに、一瞬でそれは終わりを告げた。

 私の胸は後悔と虚しさでいっぱいになった。


 私はぬいぐるみをバッグにしまうと、ぎゅうぎゅうのお客さんをかき分けて、前方エリアから出た。


 後方エリアに行って地面に座りこんだ。

 やっぱりメルちゃんは私を怖いと思ったのかな?よく考えたら当たり前だよね。だって私、殺人犯だもんね。メルちゃんの反応が普通だよね。メルちゃんは何も悪くない。メルちゃんなら私の事を理解してくれるって、絆があるなんて、そんなの私の身勝手な勘違いだったよね。

 私とメルちゃんは違う世界に住んでるんだよね。メルちゃんは私の手の届かない所にいるんだよね。わかってる。わかってるよ。そんなの。

 そんな事を考えてたら涙が出てきた。気づいたら顔を覆って号泣してた。どのくらい泣いていたのか分からないけどずっと泣いていた。


 気づくと肩を叩かれていた。

 顔を上げるとスーツ姿の男とおばさんの二人組が私の側にいた。


 スーツ姿の男の方が私に向かってこう言った。

「高橋ミズキさんだよね。警察です」



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