第38話 俺を……守ってくれ

「今度は姉のほうですか。やれやれ」


 ヴァウルがこちらに指を向けると、数十の分体も同じように指を向ける。


 また一斉掃射をするつもりだ。


 どうする? いくらアリアでも、ひとりでは――


「――魔撃広爆フレアクラスター!」


 叫びと共に、無数の赤い光弾がばら撒かれた。それらは地面や分体に接触した瞬間に小爆発を引き起こす。誘爆を繰り返して広範囲を炎に包んだ。


 ヴァウルたちが怯んだ瞬間、爆煙の中に突っ込む剣士がいた。


 アリアも一足飛びに集団へ切り込んでいく。


 ふたりは息の合った動きで、次々に分体たちを斬り捨てていく。


「あいつは……。それに今の魔法は……」


 俺のもとに、赤髪の少女が駆けてくる。


「カインくん!」


「レナ? じゃあ、やはりあいつは」


 煙が晴れると、よく見慣れた逆立った金髪の男子生徒の姿が見えた。


「グレン……」


「カインくん、今、魔力補給してあげる」


 レナが額を、こつん、と当ててくる。魔力が流れ込んでくるほどに、体が楽になっていく。


「グレンさんがね、色々手配してくれたんだよ。お馬さんとか」


 ちらりと見れば、立派な馬が3頭、離れた位置からこちらを眺めている。


「ラングラン家ってすごいね。グレンさんが頼んだら、すぐ来てくれたんだよ」


「あいつが自分の家を頼ったのか? それに……」


 剣を使っている。流麗な剣技に荒々しい格闘術を絡めた戦法で、次々とヴァウルの分体を倒している。


「大事なお友達が大変なときに、家がどうとか言ってられない……ってさ」


「本当に、物好きなやつめ……。だが、どうしてここがわかったんだ?」


「ここのこと、新聞に載ってたの気にしてたから。それにお屋敷にいる頃、ここにゾールさんって魔族がいるって教えてくれたでしょ。だから、きっとここだって思って」


「そんな前のこと、よく覚えていたな……」


「当たり前だよ。カインくんがしてくれたこと、言ってくれたこと、ひとつだって忘れたりしないよ」


 それからレナは少しだけ不機嫌そうな声を出した。


「だから……急にいなくなっちゃって、本当に寂しかったんだからね」


「……ごめん。もう二度としない」


 もう魔力は充分だ。そっとレナから離れる。


 アリアとグレンが一旦後退してくる。グレンは息が切れかけている。


「結構倒したと思ったんだが、全然数が減らねえぞ。どうなってんだ!?」


「やつは魔力の続く限り分体を作れるようだ」


「なら本体を狙えばいいんだな? どいつだ?」


「いや、さっき本体を殺したと思ったが蘇ってきた」


「なにぃ!? じゃあ不死身かよ」


「ああ、やつは不死身のヴァウルとも呼ばれる魔将だ。一筋縄ではいかん」


「でもカインなら、倒し方、わかるんだよね?」


 アリアが信頼の目を向けてくる。レナも、グレンも同じ眼差しだ。


 俺は大きく頷いて応える。


「当然だ。完璧な不死身など存在しない。今から俺が、手品の種を暴く! 集中する間、俺は無防備になる。だから……」


 俺も仲間たちを見つめ返す。


「俺を……守ってくれ」


「任せて!」


 アリアの返事に呼応して、レナも、グレンもそれぞれ構えを取った。


 数を整えたヴァウルたちが攻勢を仕掛けてくる。アリアたちが迎え撃つ。


「くそ、悔しいが俺たちじゃ足手まといだ。前は任せて、援護に徹するぞ!」


 ゾールたちは、消耗した魔力を節約しながら射撃でアリアたちを援護する。


 その最中、俺は探査魔法に全能力を集中した。魔力の波動を広範囲に放つ。そのすべてを掌握し、得られた情報でヴァウルの能力を分析していく。


 探査魔法を察知して、ヴァウルは俺に狙いを絞ったようだ。


 アリアたちをすり抜け突っ込んでくる。鋭い爪を振りかざす。


 俺は防御も回避もしない。ただ信じて、己の役目を果たすのみ。


 その分体はレナの魔法を受けて消滅した。次はグレンの拳が。アリアの剣が。ゾールたちの援護射撃が。なりふりを構わないヴァウルの分体を間一髪で撃破していく。


 敵はまだまだ復活を続ける。さすがは魔将。魔力の底が知れない。


 でも問題ない。大丈夫。アリアたちがいる。


 苦戦気味ではあるものの不安は一切ない。


 その気持ちは、アリアたちも同じなのだろう。戦う姿には露ほども迷いがない。俺が突破口を開くと信じてくれている。


 戦闘中のはずなのに、まるで陽だまりの中にいるように温かく心地良い。


「……わかったぞ!」


 分析完了。俺は声高に叫ぶ。


「やつは魂をふたつに分けてる! 本体がいわばふたりいる状態だ。同時に殺さないと、一方がもう一方を復活させてしまう。この分体どもは、どいつに魂を宿しているか隠すためのものだ!」


「じゃあ、あのいかにも強そうな人は!?」


「本体に見せかけた隠れ蓑だ! 本体は魔力を隠してる。探査魔法じゃ暴けない。だが!」


 俺は前進して、仲間たちの隣に並び立つ。アリアと、レナとグレン。その輪の中に。


 アリアが微笑む。


「みんな一度にやっつけちゃえば関係ないね!」


「そういうことだ!」


 胸が高鳴る。心が躍る。


 共に戦えることが、こんなにも嬉しい。


 湧き上がる想いが形になるように、俺の体から金色の光が溢れ出る。


 アリアも同じ色の光に包まれる。


「これは……聖気?」


 アリアが嬉しそうに頷く。


「一緒に、覚醒したんだ」


 まさか? アリアだけでなく、俺まで?


 ……いや、そうか。当たり前だ。


 こんなにも温かく尊い感情の高ぶりに包まれて、目覚めないわけがない。


 俺は、勇者アリアの血を分けた姉弟カイン・アーネストなのだから!




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